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映画『エヴェレスト 神々の山嶺』。 山のプロは、この映画をどう見たのか?

2016.02.13 Sat

©2016「エヴェレスト 神々の山嶺」製作委員会
 来月12日に、いよいよ『エヴェレスト 神々の山嶺』が公開される。原作の『神々の山嶺』(角川文庫刊/夢枕獏著)は、1994年から97年にかけて『小説すばる』に連載された長編大作。20年の時を経て、このほどようやく映像化された。実際にヒマラヤでの撮影が敢行され、迫力ある映像が話題になっている。世界最高峰であるエベレストを舞台に、孤高のクライマー・羽生丈二と、山岳カメラマン・深町誠、そしてふたりの男に翻弄される女・岸涼子の物語だ。

 本作品に実際のエベレストでの映像や写真の提供などで協力した国際山岳ガイド・近藤謙司氏に作品を見た印象などについて話を伺った。近藤氏は、エベレストに5回登頂しているエベレストのサミッターでもある。
こんどう・けんじ 1962年生。公益社団法人日本山岳ガイド協会公認国際山岳ガイド。アドベンチャーガイズ代表取締役。日本国内をはじめ、ヨーロッパアルプス、ヒマラヤ、北米など世界各国の山々を案内している。 ©アドベンチャーガイズ

フィクションとノンフィクションが交錯する。
ふたつのストーリーには、不思議な因縁がある

—いよいよ封切りまで一ヶ月。ここ数年山岳映画が多いですよね。

「そうだね、『エベレスト 3D』が去秋に公開されて、その半年後にこの『エヴェレスト 神々の山嶺』があるという…。エベレストづいている感じがするね。じつは、『空へ INTO THIN AIR』(ジョン・クラカワー著)は、『神々の山嶺』と同時期の1997年に出版されていて書店に並んでいた。一般の人は、混乱しちゃうよね、両方エベレストの話しだし。片やドキュメント、片やフィクションだけれど。今回も近い時期に映画が公開されるし、タイトルにもエベレストってついているし。本が出た時期も同じで、映画化も同じ。ほんとうに偶然なのかなぁ」

ローツェからのぞむ神々しいエベレスト。この映画の舞台だ。8,848メートルの山頂が天に刺さっているよう。©アドベンチャーガイズ

 2つの作品が、ともに「エベレスト」と冠しているだけに、山に精通していない人にとっては、「なにがどう違うのか?」と疑問を抱くかも知れない。

 映画『エベレスト 3D』は、1996年に実際に起きた大量遭難事故を描いた作品だ。ジョン・クラカワー氏は、この事故で生還を果たし、自身の体験を『空へ INTO THIN AIR』という本に綴った。そして、『エヴェレスト 神々の山嶺』は、夢枕獏氏が構想から20年という歳月をかけて書き上げたストーリー。しかし、物語の軸になるイギリス人登山家ジョージ・マロリーは実在の人物。1924年にエベレストに初登頂したか否かはいまでも謎のままになっており、遺体は発見されたものの、持っていったカメラは発見されていない。フィクションとノンフィクションが入り交じるストーリー展開だ。

昔は羽生丈二がうじゃうじゃいた。人間くさいキャラクターたち

阿部寛さんが演じる羽生丈二。彼はいったいネパールでなにをしようとしているのか?
©2016「エヴェレスト 神々の山嶺」製作委員会

ー阿部寛さん演じる羽生丈二という孤高のクライマー。同じ山ヤとして憧れる部分ってありますか?

「羽生は、昔ながらの登山家だよね。俺の人生、山! 山のためなら仕事辞めるだろ!って。いまはそういう人いないけれど、昔はそんな人だらけで。剣道や柔道にちかい、精神鍛錬、登山道みたいな雰囲気はあって、羽生丈二みたいなのがうじゃうじゃいた。"単独"という言葉が70年代、80年代に出はじめてきて、野心に溢れた人がいっぱいいた。」

—映画は80年から90年代にかけての話しです。近藤さんは20代の頃でしょうか。

「僕もエベレスト北壁にいったのは20代前半で、この映画の時代。羽生が40から50代くらいとすると、長谷川恒男さんとか、大蔵喜福さんとかがちょうどそのくらい。羽生丈二なんて、森田勝さんの化身。羽生の生き方は懐かしい感じがする。僕自身は羽生のようにはならなかったけれど、先輩たちにはいた。そうした先輩たちに憧れを持っていた僕は、岸文太郎(風間俊介)の世代だね」


羽生丈二(左)と長谷渉(右)。羽生は、自分がエベレストの第一次アタック隊メンバーでないことに不満を漏らす。 ©2016「エヴェレスト 神々の山嶺」製作委員会

 物語とはいえ、劇中には実在の人物を彷彿とさせるキャラクターが登場する。孤高のクライマー・羽生丈二は、1960年代後半に彗星のごとく現れた天才クライマー森田勝。そして、羽生のライバルとなるクライマー・長谷渉(佐々木蔵之介)は、日本人初のヨーロッパ三大北壁冬季単独を登攀した長谷川恒男だ。映画は、そうした実在のクライマーたちが見え隠れし、リアリティを感じさせる。

 岡田准一さんが演じる山岳カメラマン・深町誠も、じつに不器用で人間くさいキャラクターだ。ジャーナリストとして羽生を追いかけつつも、山ヤとしての自分がそれを邪魔しさまざまな葛藤を繰り返す。

—劇中では、岸涼子という"待つ女性"が登場します。実際、涼子のように近藤さんを待つ人もいますよね。


尾野真千子さん演じる岸涼子。兄である岸文太郎は羽生との山行で命を落とした。©2016「エヴェレスト 神々の山嶺」製作委員会

「試写会には家族と一緒に行ったんだけれど…、涼子の気持ちが分かる! と言っていた。怒りみたいなものだったり、ガマンしなきゃいけないことだったり…。見終えた後に、待っている人の気持ちが少しは分かったでしょ!? なんて、家族からすごまれちゃったけど(笑)。待たされている人の気持ち、待っている側の描写もこの映画では、しっかりされていたよね」

この映画には特別な思い入れがある

—ヒマラヤ撮影は昨年の春ごろ行なわれていたそうですが、ネパールでは大地震が発生しました

「俳優さんたちを含めた撮影クルー本隊がベースキャンプにいた同じ時期に、僕も自分の会社主催のツアーのために現地にいて。地震は、俳優さんたちが帰国した直後の4月25日に起こった。撮影クルー本隊とは別に、山の風景を撮影するクルーが入ってくる予定だったんだけど、結局アイスフォールのルートは復元されなかった。それで、本来撮影するはずだった映像が撮れなかったようで、僕のところへ相談がきたんだよね」


エベレストのベースキャンプへの道のり。出演者もこの道を自分の足で歩き、5,300メートルのベースキャンプまでたどり着いた。 ©アドベンチャーガイズ

 地震のとき、ベースキャンプは雪崩に見舞われた。テレビの報道番組で、近藤さんのコメントともに、放送された雪崩の映像を見た人もいるかもしれない。幸い近藤さんの隊は難を免れた。

 かつてエベレスト登山のドキュメンタリーを制作したという話しが、映画の制作ディレクターの耳に入り、近藤さんに映像提供依頼の連絡がきた。近藤さんは、当時ドキュメンタリーの制作を担当した共同テレビの黒川隆史ディレクターに事情を説明し、橋渡しをしたという。


近藤さんは、世界各国、エベレスト山頂まで案内する数少ないガイド。春から夏にかけては、ヒマラヤやヨーロッパを飛び回っている。 ©アドベンチャーガイズ

「僕は黒川さんには本当によくしてもらっていて、近藤謙司の生き方が面白い!と思ってくれて、僕の番組を作りたいと言って企画をずっと温めてくれていたんだよ。しかも10年もの間! それが、やっと形になって。その映像が、2011年にWOWOWで放送されたエベレスト登山のドキュメンタリーだった」

 映画への映像提供の話しはスムースに進んでいったという。近藤さんは、昨年ヨーロッパの登山ツアーに向かう前日に、黒川さんと再会し久々に酒を酌み交わした。しかし、それが黒川さんと会った最後になってしまった。

「翌日ヨーロッパに着いて、空港から電車で移動しているときに日本から電話が入って、いま黒川さんが亡くなりました、と。くも膜下出血で倒れて。前日まで一緒にいたのに、ショックでね…。また、映画のロケに山岳サポートとして入っていた山岳ガイドの今井健司くんが、11月にヒマラヤで亡くなってしまった。今井くんとは一緒に山を登ったことはなかったけれど、ガイド協会の後輩だったりするわけでね」

 大切な人、仲間の死が、この映画完成までの間にあった。映像提供の件では、黒川さん亡き後にも連絡を受けいろいろと協力をしたという。失意のなかでも、そうしたやり取りが続いたこともあって、近藤さんには、「ようやく映画ができあがった!」という万感が胸に迫る。


カトマンズの貴重な映像にも注目してほしい

—迫力ある登攀シーンはもちろんですが、カトマンズの町並みも見どころですね

「映像は地震が起こる前のもの、本当に直前だったと思う。ハヌマーン ドゥカとか、ツアヤンブバートとか…懐かしい感じさえした。寺院とかも地震で壊れる前のもの。すべてではないけれど、いまはもうないものが貴重な映像として記録されている。映っている場所はリアルなところだからね」

 ネパールで未曾有の大地震が起き、大きな雪崩の事故もあった。たくさんの人が犠牲になった。近藤さんは、地震直後からタレントのなすびさんたちとともに、” しゃくなげの花プロジェクト”という支援活動や講演を続けている。


なすびさん(左端)、近藤さん(右端)。ともに、ネパール現地での支援活動も続けている。©アドベンチャーガイズ

「ネパールのことを忘れてもらいたくないな…と思った時期に、エベレストを舞台にした映画がやってきてくれた。すごく嬉しい。映画を通して、一般の人が、ネパールやヒマラヤを思ってくれる。ネパールに行ってみたいという人が増えたらいいね」

ネパールの資源はおもに観光だ。募金はもちろん、実際にネパールに旅行することが一番の支援になるのだという。映画をキッカケに、ヒマラヤやネパールに関心を持つ人がひとりでも増えてくれたら…と近藤さんは願っている。

 映画『エヴェレスト 神々の山嶺』は、3月12日(土)全国ロードショー。そして、今回特別に、Akimama読者10組20名を試写会にご招待します!
日程:3月1日(火) 時間:18時開場/18時30分開演(上映時間:2時間20分)
場所:有楽町朝日ホール

 ご希望の方は、下記からお申込みください。2月21日正午〆切。たくさんのご応募お待ちしております!当選された方には、こちらからメールいたしますので、パソコンメールを受信できるように設定ください。

終了いたしました。

映画『エヴェレスト 神々の山嶺』 3月12日全国ロードショー
出演:岡田准一 阿部寛 尾野真千子
ピエール瀧 甲本雅裕 風間俊介 テインレィ・ロンドゥップ 佐々木蔵之介
原作:夢枕 獏「神々の山嶺」(角川文庫・集英社文庫)
監督:平山秀幸  脚本:加藤正人  音楽:加古隆 主題歌:イル・ディーヴォ「喜びのシンフォニー」(ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル)
製作:「エヴェレスト 神々の山嶺」製作委員会  
配給:東宝/アスミック・エース 

<STORY>
 山岳カメラマンの深町(岡田准一)は、ネパールの首都・カトマンドゥで古いカメラを発見する。それは、イギリスの登山家ジョージ・マロリーは1924年にエヴェレスト初登頂に成功したのかという、登攀(とうはん)史上最大の謎を解く可能性を秘めていた。カメラの行方を追う深町は、一人の男に辿り着く。孤高の天才クライマー、羽生(阿部寛)。突然日本から姿を消して消息不明だった彼が、なぜカトマンドゥにいるのか…。
 羽生の目的に興味を持ち、その過去を調べるうち、深町は彼の生き様にのみ込まれていく。そして、羽生に人生を翻弄されながらも、彼を愛し続ける女性・涼子(尾野真千子)と出会う…。二人の男と、一人の女。それぞれの運命を変える、山岳史上最大にして、最も過酷な挑戦。
己の人生を賭けて挑む“宇宙に一番近い地上”には、何が待っているのか?

(文=須藤ナオミ)

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