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ホーボージュン アジア放浪最終回! モンゴル後編「ノマドの海、旅人の夢」

(2016.09.05)

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All photo by Yuriko Nakao



世界中を歩きめぐってきたサスライの旅人ホーボージュンが

アジアへバックパッキングの旅へ出た。
連載最後の国は大草原と遊牧民の国・モンゴル。
最終回となる今回は、フォトライブラリーや旅の映像も盛り込んだ
スペシャルエディションでお届けいたします!

(モンゴル前編はこちらから) 
 

騎馬民族とマーモット

 あたたたたたた……。

 翌朝起きると身体中がひどい筋肉痛だった。下半身はガニ股のまま固まってしまい、うまく歩けない。膝が曲がらないからテントをたたむのに15分もかかり、荷物の積み込みにも難儀した。一晩にしておじーちゃんになってしまったような気分だった。

 しかしいったん馬に乗るとこのガニ股は馬の背中にぴたりと吸い付き、その動きになめらかに追従した。上半身からも余計な力がすっかり抜けおち、トロット(速歩)の大きな上下動もうまくいなせる。地上ではヨレヨレだが、鞍上では絶好調。僕は自分の身体がノマドに近づいたようで、それがなんとも嬉しかった。
アルタン・ウルギー山(2,656m)が見えてきた。正面の大きなザレ山の左に尖って見えるのが山頂だ
 キャラバンは順調に進んでいった。午後になると、地平線の向こうに灰色の山が見えてきた。それは中央アジアにそびえる山々のような尖った山容ではなく、大きく緩やかな姿をしていた。山肌は細かなザレ石で覆われ、草原の明るいグリーンと美しいコントラストを成している。これまで僕が思っていたモンゴルのイメージとはかなり違った風景だった。

「あれがアルタン・ウルギーだ」

 オンドラホが巨大なリッジラインにツンと尖ったピークを指さしそういった。いよいよ山岳エリアに足を踏み入れたのだ。

 キャラバンは午後3時過ぎにアルタン・ウルギーの山麓に到着した。ここにベースキャンプを設置し、荷物と荷馬を置いていく。僕はてっきりここから歩き始めるのだと思ったが、そうではなかった。

「森林限界のギリギリまで馬で行けるんだ」

 オンドラホはそういって山の八合目あたりを指さした。なるほど。しかしここから見ると斜面はかなりの急勾配だし、山の中腹は深い森林に覆われていた。あんなところを馬が上がれるんだろうか?

 するとオンドラホは「なんの問題もない」と首をすくめた。その隣ではチンゾリクが「馬で行けるところをわざわざ歩くなんてバカみたいだ」と笑っている。

 彼ら騎馬民族には「歩く」という習慣はない。彼らにとっては馬は「クルマ」や「バイク」の代わりではなく「靴」の代わりなのだ。いや、もっといえば「足」の代わりといってもいい。「歩く」というのはつまり「馬で歩く」ということなのだ。

「そんじゃあアタシはここで夕飯の仕度をしてるから、アンタたちは山でもなんでも行ってらっしゃい」

 オトゴかあさんはそういうと、薪ストーブを組み立てて調理の準備をし始めた。今日は大量の塩に漬け込けこんだ羊肉を煮詰めて、キャンプ後半に備えて保存食を作るという。このところうだるような暑さが続いて、生肉の痛みが激しいのだ。

「それからチンゾリク! あんた今日こそはちゃんとマーモットを撃ってくるんだよ! せっかく日本から来てくれてるんだから、ジュンにも新鮮な肉を食べさせてやりな!」

 チンゾリクは「わかってるよ」というような顔をしてライフル銃を背中に背負った。1965年製のオンボロライフル。ソ連侵攻時代に手に入れたものらしいが、父親のビャンバはこれでムース(ヘラジカ)を仕留めたこともある。そのころはまだこのあたりにオオカミの群れがいて、野宿も狩猟も命がけだったそうだ。

「マーモットの肉は軟らかいし、脂身に甘味があって最高に旨いんだよ」とオンドラホが教えてくれた。

 あんなかわいい生き物を食べるのは気が引けるのだが、モンゴル人は古くからシベリアマーモットを食用にしていた。またマーモットの油はやけどや凍傷の薬として珍重されたし、柔らかくて暖かい毛皮は国際市場で高値がついた。そのため20世紀になると乱獲が進み、90年代に入るとその生息数が激減してしまった。現在マーモットは国の保護対象になっているが、ビャンバ一家には先住民の既得権として今も狩りが許可されているそうだ。
オンボロライフルを構えるオンドラホ。銃身調整のために試射をしているところ
 ちなみにマーモットはルバーブの草の根本に巣穴を掘ることが多い。巣穴の入り口は直径が20~30cmあり、疾走中の馬がこれに前足を取られ転倒する事故が後を絶たない。

「ルバーブの花を見たら、マーモットの巣穴に注意しろ」

 これは馬上で何度も注意されたモンゴル乗馬の鉄則だった。

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ライター
ホーボージュン

全天候型フリーライター。6,000mの高所登山からシーカヤックの外洋航海まで、フィールドとスタイルを問わない自由な旅を続けている。『山と渓谷』『ビーパル』『PEAKS』『Field Life』などアウトドア各誌で連載中。公式Twitterアカウントは「@hobojun

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