• 山と雪

コミック『山と食欲と私』の執筆ウラ話

2016.08.27 Sat

柳澤智子 ライター、編集者

主人公・日々野鮎美の山ごはんレシピと愛読書を聞いた前編に続いて、後編では作者・信濃川日出雄センセイに山をマンガとして描くことについてうかがいましたよ。人気コミックが生まれたのは、まさかの打ち切りのたまものだった!?

2巻も好評発売中。11月には3巻も発売予定

 そもそも山をテーマにした連載のきっかけはなんだったんですか?

 登山やアウトドア、食が好きだから、というのがすべてです!
詳しくいうと、きっかけは6年前なんですけど。
連載しているのは新潮社のWEBサイト「くらげバンチ」で、担当編集者O氏から声をかけていただいたのは、2010年なんです。僕は、他社の雑誌でまったく違う題材の作品を連載していたのですが、O氏は新しく雑誌を立ち上げるにあたり、僕に「島の漫画を描きませんか」と声をかけてきてくれたんです。

 島ですか?

 そう、島。その時、僕はちょうど登山を趣味にしはじめたばかりの頃で、友人たちと高尾山や筑波山、塔ノ岳、谷川岳、富士山などに行ってたんですよね。連載が忙しい中で、このままだと自分の引き出しが空っぽになってしまう、自分自身の新しい趣味を見つけなければ……と、もともと関心のあった外遊びに挑戦し始めた時期だったんですよ。バーベキュー道具を一式買いそろえて、自分主催で漫画家仲間を誘って河原でBBQパーティーをしてみたり。O氏から「島の漫画」と言われたとき、「?」とは思いましたが、具体的に話を聴く中で屋久島を舞台にするのはどうかとなり、「屋久島といえば苔の森……、じゃあ、この機会にトレッキングに行きたい!」となったんです。そこで急遽単独で屋久島に取材に行く事になりました。これが自分の単独登山デビューでした。一人でザックを担いで不安いっぱいに屋久島に降り立った時のことは今でもよく覚えています。

 取材旅行ってひとりで行くんですね。しかも、いきなり屋久島!

 うっかり踏み跡に入ってしまい滑落しかけたり……(笑)。取材には行ったものの、結局連載は実現せずO氏との企画もうやむやになってしまったんです。それから、しばらくして2015年。僕が2つの雑誌に描いていた連載が、それぞれ掲載誌の廃刊などの都合で同時期に打ち切りになり、仕事がなくなってしまったんです。

 ま、まさかの2本同時打ち切り!

 途方に暮れていた時期に再びO氏と連絡を取ったところ、O氏も登山やアウトドアを趣味にしはじめていまして。僕も6年前に比べて、より知識や経験も増えていましたし、満を持して山やアウトドアを題材にした漫画をやりましょうということになったんです。ちなみに、月刊@バンチの編集長氏もULハイカーだそうで、企画実現に対して心強い後押しもありました。「登山」に加えて「食」を題材にしたのは、僕が食いしん坊だからです。食べ物を描くのも大好きですし、おいしそうに描く自信はあります。自分の描いた食べ物をみておなかを鳴らせているくらい。

 確かに、細かいところまでていねいに描いてらっしゃる!
私マンガ好きでいろんなマンガを読み漁っているんですが、はじめてくらげバンチで「山と食欲と私」を見つけたときにまだコミックスになる前で、山を知っている人なら笑える細かいセリフがあって、この作者の人は登山ちゃんとするんだなと思ったこと覚えてますよ。そのセリフ、コミックスでは改定されてましたけど。WEBと掲載順番もかわるから、WEBでも読んでコミックスも買うのがオススメですね。

第1話。アー⚪︎テリクスって!笑

 笑

 ところで、どんな山に登るんですか?

 基本的には単独行で、登攀への興味よりもとにかく歩くのが好きですね。さっき話した筑波山や丹沢、北アルプス、八ヶ岳などに加え、奥多摩の低山歩きもしますし、自然好きが高じて現在は北海道・札幌に住んでいるので、北海道の山にも挑戦しています。羊蹄山や支笏湖周辺の山、札幌近隣の山など。藻岩山はトレーニングコースとしてよく歩きまくっています。北海道はとにかくヒグマが怖い!

 取材山行も多いんですよね?

 4月の取材では丹沢主脈を北から南(焼山登山口〜姫次〜蛭ヶ岳〜丹沢山〜塔ノ岳〜鍋割山)に、1泊2日で単独縦走しました。そのとき、地下足袋で歩いてみたんですよ。

 地下足袋ですか!

 地下足袋は庭仕事の時に履いてみていたので、イケるかなと思ったんですが、丹沢は登山道が整備されすぎててけっこう足の負担が大きかった! 地下足袋はふかふかの山道には適しているですが、木道とかだとキツいということが確認できました(笑)。ブーツと違って踵のクッションがない代わりに、足首の関節をサスペンションにするので、ふくらはぎが異常に張りました。慣れだとは思いますけど。
あと、「山頂で友達と合流する」という遊びもやってみたんです。北から僕が歩いてきて、大倉からあがってきた友人と塔ノ岳で落ち合い、さらに2人で鍋割山まで歩いて、もう1人の友人と待ち合わせ、合流、一緒に下山という。おもしろかったのが、時間を決めて待ち合わせしたんですが、僕が1時間くらい早く着きそうだったんですね。まぁ、山頂でのんびり待とうかと思っていたら、友人はさらに10分くらい早く着いていた。さらにもう1人の友人も、とっくに鍋割山に着いていて、全員「1時間以上早すぎる!」という。街での待ち合わせではあり得ない、山の時間ですよね。時間があることは贅沢だなぁと思います。

 ブログを読んでいるとこの夏は、南アルプス、白馬、立山、佐渡島などに取材旅行に行かれていますね。いろんな出会いや出来事があったけどそれはマンガに書く、と。鮎美ちゃんの山行は、センセイの好みが反映されているんですか? 物語がすすむにつれて、鮎美ちゃんがどんどんたくましくストイックになってきている気がしますが。まさか、地下足袋履いちゃう?

 本人は楽しんでいるだけなので自覚がないと思いますが、他者からみたらストイックにみえる山歩きをするようになったのかな。まだ本編中では描けていないですが、学生時代の卒業旅行として"とある山(まだ内緒です)"のツアーに参加したというような理由で山に登り、山ガールブームにのったあと、山の魅力にハマったという感じなんですよ。

 「山ガールって呼ばないで」というセリフから始まりますもんね。山ガールっていう言葉を嫌がる人は多いですよね。40超えた私はガール扱いしてもらえるとありがたいですけど。しかし、鮎美ちゃんは会社の昼休みに筋トレしているくらいだし、ストイックだと思います。でも、彼女の目的は頂上ではないんですよね。自然の中に身をおいて歩いたり食べたり飲んだりすることが一番大切にしていることで、すごく楽しそうだからこのマンガを読んで登山やってみようかな、と思う女性が多いのはよくわかります。

 それは嬉しいですね。僕思うんですけど、登山は苦しい、登山は危険だ、というのはその通りなんですが、初心者に対して"山を甘く見ないように"注意喚起の意味で大げさに言いすぎる部分があるんじゃないかな。少なくとも整備された登山道を歩くようなハイキング、トレッキングは、装備と計画、体調管理が万全ならば、誰でも楽しめる娯楽だと思うんですよ。もちろん知識や準備不足だと、そのへんの里山でも簡単に遭難するので、登山を始めようという方はちゃんと勉強して欲しいですが。
これまでの映画、小説などエンターテイメント作品でも、登山を題材にしたものはより過激な煽りをするので、そのイメージが強すぎるんだと思うんですよね。あとは、子供の頃の遠足でのキツかった思い出とか。興味はあっても、キツい、ツラいという先入観を強く植え付けられたまま踏み出さない人も多そう。

 確かに私が登山に苦手意識があったのは、子供の頃の体育会系遠足の苦い思い出のせいでした。

 子供の遠足登山でキツい思いをした人に思い出してほしいのが、「靴が足に合っていたか?」「自分の好きなペースで歩いたか?」ということ。登山は靴が足に合っているかどうかで楽しさが100%決まると思います。足に合った靴で歩くとどこまでも歩けるような気がして、雲の上の稜線歩きなんか嬉しすぎて天国にいるような気分なりますよね。あとは自分のペースも大事。遠足は強制的にみんなのスピードで歩くので、キツいですよね。自分自身のペースで、快適な靴や、お気に入りの装備、かっこいい調理道具なんか持って、豊かな自然の山を歩く快感を発見すると、とたんに山歩きが好きになるような気がします。鮎美もそのタイプで、どっぷりハマってしまったんだろうと思います。

 自分のペースをかなえてくれるのが、自分にあった靴なんですよね。
さて、11月には3巻が発売されます。鮎美ちゃんはどこへ行くんでしょうか。
個人的にはお母さんの再婚話が気になります!

またまた、11月につづきます!

柳澤智子 ライター、編集者

フリーランス編集者・ライター。食・住・自然・手仕事を主なテーマに、雑誌、書籍を手がける。アウトドアのいろはは、akimamaの運営母体である「キャンプよろず相談所」に所属したことで鍛えてもらいました。出版ユニットnoyamaの編集担当としても活動。著書『住まいと暮らしのサイズダウン』(マイナビ出版)が発売中。

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