line_box_head

すぐそこにある外国! ホーボージュン「オホーツクの風と謎だらけの巨大島サハリン」中編

(2017.08.10)

登山のTOP

icon

北海道の北にある巨大な島サハリンは、
じつは稚内からわずか40数キロしか離れていない
〝日本にもっとも近い外国〟だ。
昨年の夏、香港・ベトナム・台湾・モンゴルのアジア諸国を放浪した
さすらいの旅人ホーボージュンさんが、
この夏は北方の島サハリンへ旅に出た。
まずは宮沢賢治も旅したという
オホーツクの海岸線を歩き始めた。
(サハリン前編はこちらから)

 

ロシア美人は笑わない

「ロシア人はまったく笑わないけど、別に怒ってるわけじゃないんだからね」

 ここに来る直前、サハリン事情に詳しい友人からそう聞いていたが、それは100%本当だった。州都のユジノサハリンスクに到着し、予約してあったホテルで僕はまずその冷徹な洗礼を受けた。

「あのう、予約を入れておいた者なんですが」

 カウンターに座った金髪の受付嬢にそう声をかける。すると受付嬢はニコリともせずに言い放った。

「Пожалуйста, покажите мне свой паспорт」
「……えっと、すみません、ロシア語わかんないんですけど」
「паспорт! 」

 いきなり叱られ動揺する。駅前の一等地にあるけっこう大きなホテルなのに英語がまったく通じなかった。しかも受付嬢は「このクズどもが」というような冷たい目でこちらを見ているのだ。

 事情がよくわからないままパスポートとbooking.comの予約確認書を手渡す。こんなこともあろうと確認書はロシア語でプリントアウトしてきた。俺ってやっぱり天才だ。しかし受付嬢は書類を一瞥すると冷たく言った。
ユジノサハリンスク駅前、レーニン公園脇にある「ホテル・モネロン」。立地は抜群。部屋もきれい。でも受付のおねえさんがちょっとサディスティック

「Копия у вас есть?」
「……えっと、何ですか?」
「Вы скопировать все?」
「……すみません。わかりません」

 さげすむような目線に気圧されて、ペコペコと頭を下げる。そんな僕に「ちっ」と舌打ちをすると受付嬢は古ぼけたコピー機で僕のパスポートを複写し始めたのだ。

「いったいなんなんですかね?」

隣にいたケイジ君が声をひそめて僕に言う。

「さあ……。なんで怒ってるんだろうね」
「謎ですね」
「うん。謎だ」
「でも、あれですね」

ケイジ君がイタズラっぽい目を輝かせながら言った。

「なんか女王様っぽくていいですよね」
「はははは」

 その時だ。金髪の女王様がケイジ君にピシャリと言った。

「Вы следующий!」
「す、すみません」

 弾かれるようにしてパスポートを差し出す。

 あとで知ったことだが、サハリンのホテルでは外国人客はパスポートの全ページをコピーして提出する規則になっている。僕もケイジ君もパスポートを増補してあったからふたり分で100ページもあった。それをすぐ紙詰まりするオンボロのコピー機でやるのだから大変だ。

 しかもその間にも次々と宿泊客がやってきて「早く部屋の鍵をくれ」とか「2階のトイレが詰まっているぞ」とか「この近くにウォッカが買える酒屋はないか」みたいなことをギャンギャンいうのでコピー作業はまったく進まなかった。ブロンドでブルーアイでナイフリッジのように鼻筋の通った受付のおねいさん(撮影=オレ)

 パスポートに押されている各国の出入国スタンプをせっせとコピーする受付嬢は「いちいち手間を取らせるんじゃないよこのブタ野郎」みないな顔をしていたが、僕もまったくそう思う。だってすでに入国時にイミグレーションでチェック済みなんだし、そもそもビザを発給した段階でロシア大使館が精査してるじゃないか。

「見た目は近代化されているけど、中味はあちこちソ連時代のままだからね」

サハリン通の友人の言葉を思い出す。

「でもみんな根はいい人だから心配しないでいいよ」

不機嫌な女王様を眺めながら、僕はひとり首をかしげた。

 友人の言葉が本当だとわかったのは、その不可解なチェックイン作業が終わった時だった。ルームキーを受け取った僕は早く部屋に行きたかったのだが、ケイジ君は女王様の写真が撮りたいと言い出した。面倒なことになりそうだから止めておけと言ったのだが、なぜかケイジ君はかたくなで、バックパックからカメラを出したのである。

 案の定それを見た女王様は「なにをするんだこのブタ野郎」みたいな顔になった。眉間にしわがより、目がつり上がっている。まるで青い目の般若みたいだ。その騒動を見た警備員がロビーを横切りこっちにやってきた。「やばいよ、やめておけよ」と僕は止めたがケイジ君はそれでもあきらめない。

 今度はポケットからスマホを取り出すとテキストファイルを呼び出し「お願いしまっす!」と女王様に差し出した。画面には「あなたの写真を撮らせて下さい」とロシア語で書いてある。その瞬間だ。

「いや~ん♡」

 女王様がありえないぐらいの笑顔になった。

「無理無理無理! 恥ずかしい♡」

 ほっぺたに手を当てて、カウンターのなかを逃げ回る。羞恥心なのか喜んでいるのか、白い肌があっという間にピンクに染まった。さっきまでの女王様はどこへやら、はにかむ笑顔はまるで無垢な少女みたいだ。

「か、かわいい……」

 僕はおもわずタメ息をついた。ロシア女性のこのツンデレっぷりはすさまじい。

 それは男もそうだった。殺し屋のような冷徹な顔が破顔の笑顔になる。いっけん冷たそうに見えるけどじつは優しい人ばかりだった。

 そんなサハリンを僕らは歩いてみた。
左上)ユジノサハリンスク市内。サハリン州の州都で人口は20万人の人が住んでいる。右上)州政府庁舎の前でトリックに明け暮れるスケーター。左下)サハリンは日本の中古車だらけ。これはかつて名鉄で使われていたトラック。右下)クルマの8割は日本車。人気が高いのはランクル、パジェロ、カローラフィールダー左)この日はレーニン公園でお祭りが開かれていた。ミルコ・クロコップみたいなムキムキのお兄さんたちが公開トレーニングや力比べをしている。何故だ?? 右上)地元の子どもたちに混じって戦争ごっこ。オマエは何歳だ! 右下)パレード用の馬をみつけ、おもわずナデナデ。ああ、また馬で旅したいなあ左上)サハリン州立郷土博物館。日本時代の樺太庁博物館の建物を受け継いだ歴史的建造物で、昭和12年に建てられた。サハリンの自然、民族、歴史を学ぶことができる。左下)結婚式のあとカップルが必ず立ち寄る記念撮影スポットでもある。でも、何故だ?? 右)自撮りするイマドキカップル。それにしてもロシア人花嫁の美しいこと……! まるでフィギュアみたいです。街中探検中にケイジ君がスナップしたサハリン市民のみなさん。いっけん怖そうだけどカメラを向けると素敵な笑顔を見せてくれましたせっかくなのでロシア郷土料理を食べにいった。右上がボルシチだ。でもサハリンでは日本料理や韓国料理のほうが人気が高いそうで、いわゆるロシア料理のレストランは数少ない市場で行動食の買い出しをする。香辛料やドライフルーツはウズベキスタンやトルクメニスタンなど、中央アジアの商人が商っていたホテルの目と鼻の先にあるレーニン広場で花火が上がった。低空の至近距離に上がるので爆音と衝撃が凄まじい。最初は爆撃でも始まったのかと思った。おそロシア

1 2 3 4
 
 
ライター
ホーボージュン

全天候型フリーライター。6,000mの高所登山からシーカヤックの外洋航海まで、フィールドとスタイルを問わない自由な旅を続けている。『山と渓谷』『ビーパル』『PEAKS』『Field Life』などアウトドア各誌で連載中。公式Twitterアカウントは「@hobojun

line_box_foot