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雪なき低山をゆく。いにしえの涙に霞む南の島の展望台【石垣島・野底岳】

(2017.12.08)

登山のTOP

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*編集部注:この木版には「享保七年(一七三二)」とあるが、享保七年は1722年。以下は、原文ママ。
伝説 ヌスクマーペー
 昔琉球王国時代役人が国王の命として人々を一人残さず強制移住させる「道切りの法」という制度があった。当時黒島宮里村のカニムイとマーペーは恋仲であったが道切りの法により享保七年(一七三二)、建立された新村野底村へマーペーは強制移住させられた。
 毎日カニムイの事を思い泣きもだえていたマーペーは近くの高い山に登ってふる里を見ようとしていたがオモト山が立ちはだかり何も見えなかった。幾日もなげき悲しんだマーペーは頂上で祈る姿で石となった。その後人々はマーペーをあわれみ、この山を野底マーペーとよぶようになった。(八重山歴史家 牧野 清 山水会)

野底岳の山頂からは眼下一杯にスダジイの森が見渡せる。標高が低いとはいえ、それは感動とは比例しない。朝靄の中、亜熱帯のジャングルがその存在感を誇示していた。
 マーペーの化身と思しき山頂の大岩。その直下に野底マーペーの由来が墨書された木版が掲げられていた。黒島方面を振り向けば、たしかに、オモト山(雄茂登岳・526m 沖縄県の最高峰)が視界を遮っている。眼下には圧倒的な石垣のジャングルが茂り、ピィキュロロロロ……と、アカショウビンの甲高い鳴き声がこだましていた。昔人の恋心に想いを馳せつつ、南国の朝焼けにしばし佇む。

 雪のなき低山ハイクも、ここに極まり。
登山口までの林道はとにかくゆっくりと走ること。なにせ、ここはヤエヤマセマルハコガメの生息地。カメの時間が流れています。国の天然記念物が、ふつうにそこらをノソリノソリと這っているのだから。
 
■野底岳(野底マーペー/281.6m)
 石垣島の絶好の展望台。野底の集落から県道79号線を伊原間方面へ少し行った先に兼城公民館がある。そのすぐ先の小道を右折すると、野底岳へと続く山道に。車で10分も進めば「野底マーぺー登山道入口」に到着。ここがいわゆる「近道」ルートの起点となる。シダジイのジャングルにつけられた赤土の道を15〜20分ほど登れば山頂直下に到達できる。途中、分岐点はひとつ。この道は、麓から登ってくるルート。麓からフルで歩けば、45分ほど。

*登山時の注意点 石垣島にはサキシマハブが生息しているため、山中での肌の露出は極力避けたい。短パンTシャツゴムゾーリの島スタイルでの登山は厳禁。また、ジャングルの中は一見、道と思しき踏み跡も多い。しっかりとルートを確認しながら歩きたい。登山道はかなりハッキリとしているが、下を向いてボォッと歩かない方が無難。上を向いて歩こう。
遠くからでもわかるその特徴的な山容は、野底岳ならでは。300mにも届かない山とは思えないほど高度感のある山だ。もちろん、そのぶん、登り甲斐もある。野底岳の土壌は、国頭マージとも呼ばれる沖縄独特の赤土。水が浸透しにくく土壌流出がしやすいとされるためか、やや滑りやすい。

 
 
ライター
tetsu

山岳•アウトドア関連の出版社勤務を経て、フリーランスの編集者に。著書に『テントで山に登ってみよう』『ヤマケイ入門&ガイド テント山行』(ともに山と溪谷社)がある。

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