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雪なき低山をゆく。熊さん珍道中の舞台は今でも人気の山だった!【丹沢・大山】

(2017.12.06)

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「大山詣り」といえば、言わずと知れた古典落語の演目のひとつ。酒癖の悪い熊さんを主役に、先達の大家さん率いる長屋連中が繰り広げる珍道中の顛末は、抱腹絶倒の物語。喧嘩をしないはずの誓いを破り、坊主にされた熊さんが、こともあろうか長屋連中の奥方様方を一人残らず丸坊主に……と、ことの仔細は寄席にでも行って腹を抱えちゃってください。

11月の末、大山阿夫利神社の下社周辺は紅葉真っ盛り。石段の下に鳥居が見えるが、こちらが門扉付きの鳥居。本社へと続く登山道はこの上に続く。紅葉の季節はそろそろ終わり、雪の季節も近づきつつある。

 そんな大山詣りが、数年前に文化庁の牽引する日本遺産に認定されていた(と、最近知った)。遺産認定されたのは落語の方ではなく「大山詣り」そのもの。考えてみれば、落語のテーマにもなるくらいだから、江戸の昔にはたくさんの人たちが大山を目指したのでしょう。西のお伊勢さんへは行けないけれど、近くの大山にならと年間20万もの江戸っ子たちが押し寄せたとか。当時の江戸が百万都市だったことを考えると、なんと5人に1人の割合に。これはもう当時の一大ブームでしょ。関東一円には大山道(大山街道)が整備されていたというから、大山信仰の盛り上がり方も半端じゃなかったはず。ちなみにいまの国道246は、大山道のメインストリートだそうですよ。

 そんないにしえの大山詣りの賑わいを想像しながら、大山阿夫利神社の山道を登る。今でも山そのものが大きな信仰の対象となっているようで、下社の上界に行くには門扉付きの鳥居をくぐって行くような具合。熊さん道中の面影は今は昔と、色とりどりの山スタイルに身を包んだ老若男女の山好きが、平日の水曜日というのに数珠つなぎに続くという時代になりかわり……これこそ現代の大山詣り。このストーリーが日本遺産に認められたのでしょう。落語も納得、大山人気は衰えていないようでして。

山頂から相模湾方面を望む。右手から延びる岬は真鶴半島。海に向かって鶴が翼を広げたように見える地形からこの名があるとか。標高も1200mを超えるとすでに落葉は終わり、冬支度が始まっていた。

 

■大山(1252m)
 丹沢の前衛でもある大山は、伊勢原にそびえる独立峰。目の前に相模湾の広がる山頂からの景観は、一見の価値あり。天気がよければ、三浦半島から江ノ島はもちろん、真鶴から伊豆の先の方まで見渡せる。山頂には大山阿夫利神社の本社がある。「阿夫利」から来るのか、大山はまたの名を雨降り山といい、雨乞いの神様とも言われている。また、勝負事の神様という説も。江戸時代の大山詣りブームでは博打打ち、鳶、遊び人も物見遊山に多く訪れたというから古典落語のテーマには事欠かなかったのでしょう。今では、麓から大山ケーブルが敷設され、大山阿夫利神社の下社までは簡単にアプローチできる。下社から本社までは、かなり息の切れる急登が続く。山頂まで1時間半弱。下山は雷ノ峰尾根がおすすめ。ガッツリと歩けます。

*登山時の注意点 大山は関東近辺に冬場の南岸低気圧が近づくと、雪になることが多いので注意したい。大量に積もることは少ないが、朝夕の冷え込み時には軽アイゼンなども必要に。雪なし低山が楽しめるのは、あと幾日か。

大山のケーブルカーは旧車両から新車両にリニューアル。窓いっぱいに広がる山の景色を見ていると、なるほどこの山の人気がわかるようにも思う。熊さんたち江戸っ子が歩いて登った山道も、いまはケーブルカーで数分の旅路に。

 
 
ライター
tetsu

山岳•アウトドア関連の出版社勤務を経て、フリーランスの編集者に。著書に『テントで山に登ってみよう』『ヤマケイ入門&ガイド テント山行』(ともに山と溪谷社)がある。

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