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雪なき低山をゆく。歩いてみたい日本のトレイル。御神火がつくった東京裏砂漠【伊豆大島・三原山】

(2017.12.29)

登山のTOP

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 洋上を吹き荒ぶ冷たい空気の塊が、山肌にドンッとぶつかって来た。飛ばされまい、とへばりつくようにして黒々とした大地を登っていく。人の姿なぞなきもののように、稜線に容赦なく叩きつけてくる風。この圧倒的な生々しい自然の前では、さすがに人間の儚さを感じざるを得ない。眼下には、地球そのものがポッカリと大きな口をあけている。
12月のこの時期でも火口付近は眩き陽光に満ち溢れていた。あたたかな日和に見えるが、強風が吹き荒れて身が痺れるほどに寒い。登山道は、三原山の火口の縁をグルリとめぐる。
 三原新山。火口の縁のこんもりとしたこの出っ張りが、島でいちばん高い場所だ。標高にして758m。1950-51年の三原山噴火時に成形された火砕丘である。いまだボロボロと崩れ落ちる細々とした火山の石塊が、ただ積み重なっただけのピーク。86年の全島避難のときは、ここにもたくさんの火球が降り注いだにちがいない。優しさなんて微塵もない。何処に目をやっても、荒々しき爪痕が其処彼処に存在している。パホイホイ溶岩、アア溶岩、縄状溶岩、クリンカー、スコリア、火山弾、スパター……。もしも地質学を学んでいたら、もう一歩たりとも先へは進めないほどに、火山にまつわるすべてがこの地に刻まれている。
山頂から南のほうを振り返ると、三角小山が特徴的な利島が洋上に頭をもたげていた。その先には神津島も見える。それにしても風が強い。遠く離れた波間にも、白兎がピョンピョンと跳びはねているのがわかる。
 山頂から火口を時計回りに降りた先にホルニトと題された説明板があった。日本ジオパークが云々とあったから、関係機関が設置したものなのだろう。目の前にある小高い岩の塚の事を言うらしい。ふと近づいてみると、岩の根元に割れ目があった。説明版にあった空洞のことだろうと覗き込んでみて、驚いた。

 暖かい。肌で感じられるほどの熱量が地の底から吹き上げていた。吹き付ける烈風との対比が痛いほどだ。ここは三原山。と、思い至れば、その熱源は……。本来、地球という惑星が持っている根源的なパワーが、人間の行為とは交わることなくそこに在り続けていた。敵うわけもない存在ながら、だからこそ自分を感じられた山。何度踏み入れても尽きることのない大島の引力からは、逃れる術を知らない。

  
 

■三原山(三原新山/758m)
 三原山に登るなら、表を攻めるよりも裏を攻めた方がいい。いちばんメジャーな登山ルートは、御神火茶屋を起点に表砂漠の縁を登っていくルートであるが、こちらの道は現在、ほぼ全面がアスファルトで覆われている。歩きやすいうえにあの景観をより多くの人が共有できるという意味では、とても意義のある道。でも、より原始の地球を感じたい人なら、断然、裏砂漠方面から山頂へと延びるルートがオススメだ。三原山温泉ホテルの駐車場からのルートでも、島の東側、一周道路を起点とする奥山砂漠からのルート、または月と砂漠ラインの終点駐車場に車を止めて、櫛形山経由で三原山に登るという手もある。普段から山登りに慣れている人であれば、どのルートからも数時間程度で山頂へといたることができるはず。1984年の『ゴジラ』では、三原山が最後の舞台となるが、いつどこにゴジラが現われてもまったく不思議はない。ゴジラと三原山。そのインスピレーションには思わず納得してしまうほど。
裏砂漠はどこを歩いても真っ黒な大地が印象的。ゴジラはどこだ?と思わず探したくなってしまうほど。ここは東京裏砂漠。右の写真は、三原新山から覗く巨大な爆裂火口。この穴に満ち満ちていたマグマを思うと、ちっぽけな自分が身に染みる。

 
 
ライター
tetsu

山岳•アウトドア関連の出版社勤務を経て、フリーランスの編集者に。著書に『テントで山に登ってみよう』『ヤマケイ入門&ガイド テント山行』(ともに山と溪谷社)がある。

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