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パタゴニアがついに到達した、シンプルで美しき、より困難な高み Shell Yeah !

2019.12.09 Mon

滝沢守生(タキザー) よろず編集制作請負

 パタゴニアのモノづくりを深く理解するためには、アルピニズムという文脈で見ていくといいだろう。しかし、アルピニズムを理解するためには、かなりの予備知識と多少の経験がないと、その本質に迫るのは容易ではない。

 さらにアルピニズムを実践するには、高い教養と経済的な余裕、そして、生物としての強さに加え、豊かな感受性が不可欠である。そもそも、クライミングギアメーカーとして出発したパタゴニアは、今もアルピニズムに裏打ちされた哲学を企業活動において実践し、まだ誰も到達していない高みへと向かっている。

 パタゴニアは、今シーズンに発売されるすべての防水性アウターシェルに、リサイクル素材を100%使用し、そのすべてを、フェアトレード認証された工場で縫製、縫製に従事した労働者に賞与を直接支給する「フェアトレード・サーティファイド縫製」を実現した。

 このトピックは、「ついに、やったぜ」というキャッチコピーで、この秋から日本の各店舗、各メディアで発信されている。

 「ついに、やったぜ」というキャッチコピーはまさに、未踏の山に、然るべきルートから登頂した喜びを表現している。これまで、不可能だと思われ、誰も挑戦することのなかった困難なピークに、合理的でオリジナリティあふれるラインを引き、たゆまぬチャレンジの末に到達した今回の成果は、まさにアルピニズムそのものではないだろうか。

 これまで、ポリエステルやナイロンなどの化学繊維をはじめ、コットンやウールなどの天然素材など、アウトドアウェアに使用されてきたバージン原料の採取と加工には、大地と水と空気の多大なる犠牲が強いられてきた。そこで、パタゴニアは、クライミング エクイップメントとしての品質と機能を優先する一方で、すべての製品を環境負荷の少ないリサイクル素材で製造するという目標を自らに課した。

 パタゴニアでは、自然環境へのインパクト、そして、自らの社会的責任を果たすため、バージン素材を使わない100%再生可能なリサイクル原料への切り替えに取り組んできた。限りある資源を有効に使うことはもちろん、製造される過程で排出される二酸化炭素の排出量を削減し、持続可能な循環型社会を形成するため、このチャレンジは1990年代から続けられてきた。

 そうして1993年に世界で初めて、回収・リサイクルされたペットボトルからフリースを製造・販売するなど、サプライヤーとともに、数百の素材を徹底的にテストし、300種類以上の製品をリサイクル素材に切り替えることを達成した。そして今シーズン、すべての防水アウターシェルを、100%リサイクル素材に切り替えることに成功したのだ。

 パタゴニアがモノづくりでめざしたのは、まさに、アルピニズムの哲学である。アルピニズムとは、己と大自然との対話にこそ価値があり、他者との比較や競争ではない。自然環境に影響を与えることなく、人間らしい生活を持続するためにという、シンプルで誰もが共感する課題に真っ向から挑んだのだった。それが正義であり、困難であればあるほど、たとえ孤高の道であろうと、取り組むべき価値があるということを知っていたからだった。

 社名にもなっているパタゴニアというエリアは、ヨーロッパやヒマラヤの高峰が次々に登られた後、新時代のアルピニズムを創造的に実践できる、夢のフィールドとして見い出された山域でもあった。そのパタゴニアの名を冠したことからも、企業の目的は、自ずと知れよう。

Shell Yeah!

 日本語では「ついに、やったぜ」と訳されてはいるが、本国では「Shell Yeah!」という表現で、この画期的な取り組みを伝えている。アメリカの映画などで、俳優がハイタッチをしながら「Yeah!」と話す場面の字幕を追って見ていると、「最高だぜ!」と訳されていることに気づく。「Shell Yeah!」の意図するところには「やったぜ」というニュアンスもあるが、「最高/ハッピー」というニュアンスも含まれているのだ。

 では何が最高なのか。

 ウェアに求められるのは、その衣服を着ているときの快適性にほかならない。とくに厳しい自然環境の中で使用されるアウトドアウェアには、これまで高い機能性が求められてきた。しかし、その一方で、道具に頼り、快適さを求めるばかりに、人間の能力そのものが、スポイルされてはいないだろうか?
 
 私たちは、もはやこれ以上の何を望むのだろうか。アウトドアが大自然との対話であるならば、自然に対して、できるだけフェアなスタンスをとることで、アウトドアは、より楽しく、快適になるに違いない。ここで言う「YEAH!(最高)」とは、オールリサイクル素材で作られたアウトドアウェアを着て、フィールドにいるときの居心地のよさを表しているのではないだろうか? 

 「こいつを着ているだけで、なんだか、じつに気分がいい!」 

 自然へのうしろめたさのない感謝やリスペクト、自然エネルギーの気持ちよさや、廃棄物を生み出さない心地よさ、など、「Shell Yeah!」の中に込められた意味はとても深い!  

 パタゴニアの創始者であるイヴォン・シュイナードは、石川直樹氏の著作『全ての装備を知恵に置き換えること』(集英社文庫)の中で、
「冒険というものの究極は、自分の身体ひとつで行なうことだと思っている。私にとっての究極は、なんの道具も使わない"ソロクライミング”なんだよ。すべての道具を知恵に置き換えること。それが到達点だと思っている。」
と語っている。

 また、「よりシンプルに、より純粋なものを追求していく過程すべてが冒険である。」 そして、「Tシャツに短パンでヨセミテのエルキャピタン北壁を3時間で登るやつが最高のクライマーだ!」とも言うように、機能的な道具や衣類に頼ることなく、徒手空拳で大自然と向き合うことこそ、アウトドアの醍醐味であり、めざすべき姿なのである。

 機能的な快適さだけを求めるのなら、なにも不便で不快極まりないアウトドアや登山などせず、快適な家でじっとしていればよい。

 

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