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<書評>ウンコをする、すべての人に。伊沢正名『ウンコロジー入門』

2020.01.17 Fri

藤原祥弘 アウトドアライター、編集者

 事件は某書店でおきた。

私 「……ンコロジー入門はありますか?」
女性書店員 「は?」
私 「ウンコロジー入門、です……」
女性書店員 「!!!(ヤバイ人、来ちゃった!)」

 フロアに動揺と緊張が走った。書店員と周囲にいた客、全員が私のことをそっちの趣味があるセクハラ野郎だと断じていた。
 
 しかしそこは書店員もプロ。なに食わぬ顔をしてパソコンで検索をかけると「当店には入荷していませんね」と冷たく言い放った。ここは自然図書コーナー、いかがわしい本が並んでいるわけがないのだ。ところが途中で表情が変わった。データから『ウンコロジー入門』が児童向けであることに気づいたのだろう。

 書店員は、ほっとした様子で「児童書のようですが……担当するフロアにもないですね」と言った。私も、ほっとした。

 誤解をした書店員のことは責められない。認めよう、私はいかにもそういった嫌がらせをしそうな目つきをしている。
 
 次に入った書店の児童書コーナーでも、私はウンコ大好きセクハラ野郎となってフロアを戦慄させたが、ここには在庫があった。そんなタイトルの本があったことに書店員も驚いていた。このようにして『ウンコロジー入門』は私の手元にやってきたのだった。

 誤解をまねきそうなタイトルだが『ウンコロジー入門』は至極まっとうなウンコの解説書である。著したのは野糞界の巨人・伊沢正名さん。キノコとコケの写真家として活動したのち野糞を通じて命を自然へと還す「糞土師」へと転身した伊沢さんは、今も野糞を続けながら各地で講演会を開いている。テーマはウンコを通じて自然との関係を結び直す「糞土思想」だ。帯で「伊沢さんは私の師匠」と推薦しているのは探検家の関野吉晴さん。そして大きく「ウンコをする、すべての人に」のキャッチコピー。児童書の区分になってはいるが、本書の対象は全人類である。

 その野糞にかける情熱たるや尋常ではない。1974年に野糞をはじめて以来、46年の間ほとんどの排泄を野外で行なってきた。野糞の通算回数は1万4700回を超え、21世紀になってからトイレを使ったのは14回だけ。どれも入院や下痢など止むを得ない事情によるものだという。トイレが普及した国において、これほどまでに野糞を続けた人はほかにいないだろう。

 伊沢さんが野糞の道に入ったきっかけは、青年時代に出会った屎尿処理場建設の反対運動のニュースだった。

 当時、自然保護活動に力を入れていた伊沢青年は「自分でウンコをしながら、いざ処理場が近隣に作られるとなれば反対するのは身勝手ではないか」と憤ったが、我が身を振り返れば、自分もトイレでウンコをし、そのウンコはどこかで誰かに迷惑をかけていた。

 それに居心地の悪さを覚えていた頃に出会ったのが、自然界の分解者であるキノコ。菌類が動植物の遺骸や排泄物を分解して循環させていることを知った伊沢青年は、野糞こそもらった命を自然へと還し、屎尿処理の問題を解決する方策だと確信。1974年の元日から野糞を始め、その一年後にはキノコやコケを専門とする写真家の道へと入っていく。

 糞土師としての歩みについては、伊沢さんが野糞について初めてまとめた『くう・ねる・のぐそ 自然に「愛」のお返しを』(山と溪谷社)が詳しい。そして、野糞をするなかで深められた快適かつ最新の野糞の技術については『「糞土思想が世界を救う」葉っぱのぐそをはじめよう』(山と溪谷社)がおすすめだ。

 それでは最新作の『ウンコロジー入門』が過去の著作とどう違うかといえば、ウンコをめぐる世界の成り立ちが、よりわかりやすく紹介されていることだろう。

 1章の「世界はウンコとごちそうでできている」では、動物の排泄物が菌類のごちそうになり、菌類が分解した養分で育った植物が光合成を行ない、光合成で生まれた酸素や葉が動物や菌類に供給される循環を科学の視点から解説する。化学式などを用いながら、酸素、炭素、糖類、水がそれぞれをどのようにめぐっているかを丁寧に説明する。

 ウンコに秘められた力に読者が感動したところで、2章の「正しくたのしいノグソをしよう」では、下水に流されたウンコが燃やされて灰になることが明かされる。地球上の生物で人間だけがブラックホールのように命を飲み込み、循環の輪を断ち切ることを知らせたところで、命を還す方法として快適な野糞の方法が紹介される。

 3章の「ウンコで生まれた新しい命」では野糞が土に還るまでを解説する。サンプルとなったのは、自身の野糞180点。これらを掘り返して追跡調査した結果、野糞が高頻度で野生動物に食べられることや、分解が進む中で昆虫や菌類、植物に代わる代わる利用されて土に還ることが判明する。そして、分解後のウンコの食味調査といった驚きのチャレンジも披瀝される。

 むすびの4章で、ウンコは過去、未来、世界へと飛躍する。この章のタイトルは「自然と共生するために」というもの。ウンコと人と自然の関わりを歴史的、文化的な側面から振り返り、共生こそが世界の理り(ことわり)で、奪う一方の自然利用ではなく、自然の循環の輪に戻ることが人類が生き延びる道であることを指し示す。

 一巻を通じて平易な言葉で語られるが、扱うテーマは深い。小学生の高学年から読み解けるが大人でも手応えがある。各論は数分でよめるほど短いので、トイレの片隅において少しずつ読む、なんて楽しみ方もできる。

 最後の一文を読み終えるころには、ウンコを下水に流すことをためらうはずだ。読者のうちの何割かは、スコップを手に野に出ていくことになるだろう。

装画とイラストを担当したのは、『ウルトラへヴン』などを描いた漫画家の小池桂一! なんて贅沢! 書中のイラストも素晴らしいぞ。

ウンコロジー入門
¥1,500+税
伊沢正名 著
偕成社

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