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大衆のアヘン⁉︎ を堂々と引っ提げ、あの斎藤幸平がフジロックに出演!

2021.08.02 Mon

藍野裕之 ライター、編集者

行くぜフジロック!

 7月16日にフジロックフェスティバル21の最終ラインナップ、タイムテーブルが発表された。そして、それと同時に、多数のフォロワーを持つ若きBig Thinkerがツイートした。なみなみならぬ意気込みとともに、参加表明をしたのは、経済思想家の斎藤幸平である。

 齋藤が出演するのは3日目、8月22日のアバロンステージ。フィールド全体の電力をバイオディーゼルや太陽光等のソフトエネルギーでまかなう NEW POWER GEAR Field / Gypsy Avalonで行なわれるアトミック・カフェトークだ。ATOMIC CAFE とは脱原発社会の構築と自然エネルギーへのシフトを発信する場であり、MCを務めるのは津田大介。金髪の風貌で名だたる論客に舌鋒鋭く批判を重ねてきたフリーのジャーナリストだ。

 人間が共感して連帯するとき、「意識と意味」が鍵だ。意識は音楽や踊りが担い、意味は言葉が重要になる。斎藤は言葉でのフジロック初参加となる。

 なぜ、この1987年生まれの経済思想家の参加を、あたかも事件のように取り上げるのかといえば、「気候クライシス」という地球規模の危機の打開をめざすとき、彼の発想が大きな注目を集めているからである。

『人新世の「資本論」』(集英社新書)。昨年出版した斎藤の著書は、現在までに累計売上部数が30万部を越えるまでになった。決して易しい本ではない。それでも稀に見る膨大な読者を獲得したのは、斎藤の意見が、多くの人々の中でくすぶり、眠っていたわだかまりを見事に代弁したからだ。

「人新世」とは、近年いわれ始めた地球史上の時代区分だ。地球史上、稀有な危機を招いたと後世に刻まれるであろう、人間という生物が地球環境を大きく変え始めた18世紀の産業革命以降の時代のこと(人間が暮らし方を変えるまで、あるいは人類が滅亡するまで続く)。「資本論」とは、19世紀後半、思想家・経済学者のカール・マルクスが断続的に発表した資本主義批判の論考の集成である。そこでマルクスは、社会主義・共産主義が到来する必然性を説き、20世紀になってソビエト連邦の成立を代表とする社会主義・共産主義革命の理論的支柱となった。

 斎藤はマルクスの研究者だ。ドイツ留学中に新資料に接する機会に恵まれ、人類史上初の、そして最大の資本主義批判をしたマルクスの現代性を再認識。話題の著書は、その立ち位置から人間がみずから招いた「人新世」という時代を、人間みずからの手で脱する方法を考察したものである。同書は、一言でいうなら革命の書だ。冒頭から鮮烈な言葉を投げかける。

「SDG’sは大衆のアヘン」

 国連が提唱した持続可能な未来の可能性における17の目標に対するさまざまな取り組み。そのどれもが、大衆の判断を麻痺させるアヘン=麻薬である、と断じているのだ。マイ水筒を持ってペットボトルと縁を切るというのでは効果は薄い、電気自動車に乗り換えるのも微力な抵抗でしかない……。薄々そう感じながらも、こう続くと当然「では、どうすりゃいいんだ!」と叫んだ読者も多かっただろうし、ここで斎藤発言に初めて接する人も同じだろう。

「脱成長のコミュニズム」

 これが、斎藤が導き出した解答だ。先進諸国の研究機関が提示したのは、どれも経済成長と脱炭素、環境保全の両立だが、それでは地球の危機を食い止められない。経済成長そのものを止めなくてはだめだ、そして、再生可能エネルギーへのシフトを進め、とるべき方策はコミュニズム=共産主義にある、と主張する。

 ソ連の崩壊はコミュニズムの限界ではないのかという意見に対して斎藤は、ソ連崩壊は独裁政治と全体主義が根源的な理由だと共産主義アレルギーを払拭しようとする。そして、コミュニズムの本質を「平等」な富の再分配だと声高にいうのである。こうした主張に困っているのは政治家、官僚、そして、企業家なのはいうまでもない。著書が話題となるにしたがい、斎藤は各界の著名人と討論する機会が日を追うごとに増えていった。なかには勇気ある政治家ともセッションを行なったが、斎藤はどんな相手でも立ち位置がブレることはない。常に、貧困をはじめとする苦難にあえぐ市民の側に立つ。そうさせているのは、まず資本主義の犠牲者が救われなければならないし、彼らはすでに革命を始めていて、コロナ禍によって、それは促進しているではないかという。

 革命は、武力闘争を経て達成されると考えるのは、もう古い。斎藤が著作で実例を挙げているように、既存の政党に頼らず、市民が政策提言、立案をして政治参加をめざすあり方、ワーケーションを軸にした地方移住という脱成長ライフスタイル、労働者の経営参加を絶対条件にした事業体であるワーカーズ・コープなど、コミュニズムの実践は、すでに少しずつ始まっているのである。

 それらの活動には、「平等」を成立させる実践的な思想が共通して底流に流れている。「コモンのシェア」だ。コモンとは、共有の、あるいは無所有の、という意味。

山も森もそこに流れる清らかな水もコモンであり、所有者が独占することは危険なシステムでもある。

 海、山、森、川などの自然環境などは、本来所有者はなく、コモンであった。だからこそ、所有意識の希薄さから、平気でゴミなどが捨てられてきたこともあった。これを「コモンズの悲劇」と呼んだ時代はあったが、斎藤が挙げた実例から見えるのは、それは正反対に「コモンズの幸せ」だ。独占的利用ではなく、共同利用という価値に共有意識を持ち、平等にシェアしようという実践がそこにある。

 音楽や踊りで意識の共有はもとより、言葉による意味の共有まで見えてきた。人間が犯す地球への犯罪を食い止め、人新世を阻止するオルタナティブを思うなら、コロナ禍の今こそ、斎藤幸平の「行くぜ、FUJI ROCK!」に応じてほしい。

 斎藤と津田、じつはふたりのトークセッションは昨年のフジロックでも企画されていたが、今回は文字通り、1年越しの実現となったわけである。リアルなライブをぜひフジロックで体感してほしい。

●斎藤幸平
1987年生まれ。大阪市立大学大学院経済学研究科准教授。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了。博士(哲学)。専門は経済思想。Karl Marx’s Ecosocialism:Capital, Nature, and the Unfinished Critique of Political Economy(邦訳『大洪水の前に』・堀之内出版)によって「ドイッチャー記念賞」を日本人初、歴代最年少で受賞。『人新世の「資本論」』(集英社新書)で、新書大賞2021を受賞。



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藍野裕之 ライター、編集者

(あいの・ひろゆき)1962年、東京都生まれ。文芸や民芸などをはじめ、日本の自然民俗文化などに造詣が深く、フィールド・ワークとして、長年にわたり南太平洋考古学の現場を訪ね、ハワイやポリネシアなどの民族学にも関心が高い。著書に『梅棹忠夫–限りない未知への情熱』(山と溪谷社)『ずっと使いたい和の生活道具』(地球丸刊)がある。

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