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カスケードデザインを支える2人のアメリカ人がやって来た!!! その①

(2016.11.02)

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C……そうそう、ジムたちが手づくりした圧着機。これをつくるもとの話になるけれど、最初はジムが庭仕事をしていたときにマットレスのアイデアを思いついたのがきっかけ。
T……庭で草いじりをしていたときのこと、そのまま膝を地面につけるのが痛かったので、自分でフォームを折り曲げて使っていたようなんだ。で、立ち上がったときに、そのフォームのヘコミが元に戻ろうとするのを見て、頭の中にピカッと電球が灯ったらしく。エジソンだね。

C……当時はまだクローズドセルしかなかったので、ならば、フォームが元に戻るタイプをつくってしまおうと思ったらしく、仲間のニールとジョンの3人で、ワッフルやサンドイッチをつくるための器具を改良して、圧着機をつくってしまった。木枠をつけて。それが、あの写真。
T……まだ、シアトルの本社に残っているよ。本物が。
ここでいうクローズドセルとは、Zライトやリッジレストのように、一枚型で完結しているマットのこと。空気を入れて膨らませるセルフインフレータブル(自動膨張)と区別して使われる

A……庭仕事からですか、サーマレストは。
T……あ、でも、もともと彼らはアウトドアに親しんで来た連中だったから、アイデアが即結びついたんだと思う。山登りなんかも大好きなメンバーだったから。
T……あとは、元のエンジニア魂もあったと思う。
A……3人はともにボーイング社のエンジニアだったって聞きました。

C……そう、ジムもニールもジョンもボーイングだった。シアトルだしね。
T……ボーイングで開発のチームにあったので、ものを作るという意味では入りやすかった。そのバックグラウンドがあったので、ものづくりの考え方は得意だったはず。でも……。
C……70年代のボーイングでは、大規模な解雇劇があったんだよね。そのときに、ジョン以外は解雇された。だから、リーには庭仕事をする時間があったんだよ(笑)。

T……ジョンのみは解雇されなかったんだけど、その後、自分からボーイングを辞めて、彼らとの共同開発チームをつくった。
A……じゃ、ともすると、ボーイングの解雇がなかったらサーマレストは生まれていなかったかも!?
C……HAHAHA、どうだろうね。
 

カスケードデザインの第二幕は、仲間探しの時代

A……72年に3人が会社を立ち上げてからは、マットレスだけを扱っていたんですか?
C……たぶん、85年くらいまではマットだけだったはず。
T……86年にシールライン、93年にパックタオル、96年にプラティパスを買収している。
シールライン、パックタオル、プラティパス。86年以降、順次、カスケードデザインの傘下に入り、いまやアウトドア界にはなくてはならないギアたちを次々と生み出している

A……企業としてどんどん大きくなっていく。どんな転換点があったのですか?
T……じつは、サーマレストのパテントが切れるという事実もあって、その焦りから幅の広い展開が必要だった。マットの発表から20年くらいはパテントがあって市場を独占していたのだけど、以降はいろんなメーカーが参入してくるはずだからと。

A……なるほど。では、カスケードはなぜシールラインやパックタオルなどの企業に目をつけた? ポイントがあったのでしょうか。たとえば、カスケードと共有するものがあったとか?

C……当時もいまもですが、アウトドアがベースにあるのは当たり前として、同じようにものづくりをしていたからだと思う。いいものをつくるというスタンス。
T……3つのブランドは、買収した最初はとても小さいブランドだったけれど、結果としてカスケードが大事に大きく育てていくことができた。とくに、プラティパスは大きく成長した。

A……プラティパスは日本国内では、いまや誰でもが持っているブランドとなっているけれど、アメリカでもそう?
C……よく使われているね。MSRだったりサーマレストはアメリカでも既にかなりの市場をとっていたので大きく広がることはないけれど、プラティパスは別。アメリカでもかなり急成長したよ。

T……プラティパス=カモノハシのネーミングがよかったのかね。カモノハシは日本にはいる? って、いないか。オーストラリアだよね。

A……プラティパスで思い出しました。ちょっと脱線してもいいですか?

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ライター
tetsu

山岳•アウトドア関連の出版社勤務を経て、フリーランスの編集者に。著書に『テントで山に登ってみよう』『ヤマケイ入門&ガイド テント山行』(ともに山と溪谷社)がある。

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