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【新連載】地球を滑る旅 No.1 レバノン編 「行ってみないと始まらない! だから滑りに行ってみた」

2018.07.31 Tue

いよいよ「地球を滑る旅 〜Ride the Earth〜」の始まりです。プロスキーヤー・児玉 毅(こだまたけし)さんとカメラマン・サトウケイさんによる、旅9割、滑り1割という異色のスキートリッププロジェクト。
 もとよりすべての旅は筋書きのないドラマであることは承知のうえですが、それを差し引いてもこの旅は濃すぎます。行く先々で巻き起こるさまざまな出来事に、僕らはただ笑い、驚き、ときに感心させられるばかり。旅の全貌はすでに発売になっている「Ride the Earth Photobook   LEBANON」に写真と文章とで詳しく記されています。今回からはそのフォトブックのダイジェスト版をご紹介。まずは2012年、「地球を滑る旅」の記念すべき初回訪問国となったレバノンのお話です。え? レバノンって暑そうじゃない? スキーなんてできるの? そんな素朴な疑問こそが、この旅の原動力。スキーとカメラを抱えて、まだ見ぬ地へと向かう。そんなふたりの旅の幕開けです。

 

今回滑りに行った国
国名:レバノン共和国
面積:約10400㎢(日本の約1/36)
人口:約426万人(日本の約1/29)
通貨:レバノン・ポンド(1レバノン・ポンド≒0.073円)
公用語:アラビア語

 

 

スキーイメージ=ゼロの国へ

「地球を滑る旅」というタイトルで見切り発車したプロジェクトだったが、旅の行き先はなかなか決まらなかった。行きたいところは無限にあるけれど、どこも決定打にかけていた。記念すべき最初の旅だけに、一発目はコレ!という特大のインパクトが欲しかった。

 が、行き先はひょんなことから決まるものだ。ボケ〜っとテレビを見ていた時、番組の中でたまたまレバノンを紹介するコーナーがあった。その中でほんの2秒ほど、真白な雪山が画面に映り込んだのだ。
「!!!」
 あまりの衝撃に、飲んでいたコーヒーをこぼしてしまった。レバノンのイメージと、雪山とがまったくもって結びつかなかったのだ。

 地図帳を見るとレバノンは地中海の東沿岸にある、イスラエルとシリアに隣接した小国だった。色々調べてみるが、さまざまな紛争やテロのことしかヒットしない。俺の見間違いだったのだろうか。

 だが諦めずに調べ続けるうちに、レバノンの首都ベイルートから2時間圏内に地中海を望むスキー場があるという有力情報を入手した。なんだろうか、このドキドキともワクワクともハラハラとも言えない奇妙な胸の高鳴りは。俺にはもう、レバノンに向かわない理由が見つからなかった。

「レバノンに行こう」
 そう決めてから細かく調べ上げて行くと、そもそもなぜレバノンにスキー場があることが日本でまったく知られていないかが分かってきた。

 

 まず外務省が出している海外渡航者のためのハザードマップを見ると、レバノンの大半がオレンジ色に塗られていることに気づく。ちなみに日本やアメリカ、ヨーロッパなどは白(安全)で、インドやペルーなど軽犯罪が多い国は黄色。かなり危険な場所がオレンジで、アフガニスタンやシリアなど、ヤバすぎて絶対行くべきじゃない場所は赤で色分けされている。

俺  「う〜ん……どう思う?」
ケイ 「よく見たら、スキー場のある場所は黄色だよ。」
二人 「……。なら大丈夫か!」

 こうして、俺とケイは、現地の情報ゼロ、英会話能力ゼロ、計画性ゼロのゼロ尽くしで、晴れ晴れしく日本を出発したのであった。

観光客がいない国

レバノンの首都ベイルートの中心部。美しいモスクと物々しいバリケードのギャップが印象的だった

 レバノンに到着した翌日、ベイルートのダウンタウンを歩きながら、
「やっぱり俺たちは甘く見過ぎていた」
 と反省していた。エンジンとクラクションの音がヒステリックに響き渡り、排気ガスが街全体を包み込んでいる。一歩路地に入ると汚れた塀ばかり。政治家のポスターが貼られては破かれてを繰り返すうちに、斑状になったのだ。

人口のほとんどが、ベイルートなど地中海沿岸の都市に集中しているので、交通渋滞がハンパないって! 無理な追い越しやクラクションを鳴らしまくっても誰も怒らないのは、それが普通だから

現在、建設ラッシュと聞いているが、未だに過去の紛争の爪痕が街のあちこちに残る。いつなん時、テロや紛争が起こるかわからない、世界でもっとも不安定な地域の一つのなのだ

 かつては中東のパリと呼ばれて、観光客で賑わった時期もあるというが、美しいモスクの周りにはバリケードが張り巡らされ、無数の軍人が自動小銃を抱えて歩いていた。何気なくもたれ掛かった壁には、いくつも弾痕が残ったままだった。
 こんなに物騒な街の近くに、本当にスキー場なんてあるんだろうか……。

 

まさかの豪雪地帯

 レンタカーのハンドルを握った俺は、まるでカーチェイスのTVゲームをしているような気分だった。クラクションがひっきりなしに響き渡り、排気ガスで景色が霞んで見える。ものすごい勢いで追い抜いて行く車を、さらにその横から追い抜こうとする車。道路脇を逆走している車、時折現れる馬車やわずかな隙間をついて道路を横断する人々。
 手に汗をたっぷり握り、瞬きをする余裕もなく、運転し始めてわずか10分でハンドルを握る手にマメができてしまった。

 それでも、1時間くらい辛抱して運転し続けると、次第に交通量が少なくなってきた。海岸線から内陸に入ってきたのだ。かと思っていると、みるみるうちに険しい山道になってきた。スリップして恐ろしい思いをしたくないので山麓からチェーンを巻き、ガチャガチャと音を立てながら亀のようなスピードで山道を登って行く。

 驚いた。どうせわずかな雪をつないでようやく滑れるような山なんだろう、と甘くみていたのだが、ある標高を超えた瞬間に豪雪地帯に突入したのだ。雪の回廊と化した道路を恐る恐る進みながら、「本当にここはレバノンか?」とほっぺたをつねりたくなった。

 と、連なった車の前方の方で、1台の車がスリップして登れなくなったようだった。
「へへん!俺たちはチェーン巻いてるから大丈夫だぜ!」
 と余裕をかましていたが、スタックした車を誰も助けようとはしない。それどころか後続の車が次々に突っ込んで行くもんだから他にもスタックする車が続出し、グチャグチャに絡まった釣り糸のような状況になってしまった。
「こうなるってわかるだろう!!」
 早く滑りたい俺は、思わずイラついて叫んでしまった。

 これは1時間は無理だなと思っていたら、突然現れたマイケル富岡似の男がリーダーシップを発揮して、あっという間にカオスを解消してしまった。レバノン人はトラブルにならないように予防する概念に乏しいようだが、反面、トラブルになってからの対応は素晴らしいのだ。

レバノンのバックカントリー

 スキー場は、まるでディズニーランドのような賑わいを見せていた。近隣の中東諸国に住むお金持ちにとって、雪で戯れる事は「夢の世界」なのだ。

最初に訪れたムザールスキー場。そこは、中東各地から雪に憧れる人々が訪れる夢の国だった

施設もコースも人々も、今まで行ったどこの国とも違っていて、コーフンが止まらなかった

雪は人々を笑顔にする。それが万国共通だということを確信して嬉しくなった

その国によって、スキーのファッションが違うのが面白い。まるでビーチでくつろぐかのように、コースのあちこちでのんびり過ごす人々

 そもそもスキーを滑れる人も少ないので、スキー場は入場券式。リフトチケットを購入しないとスキー場に入れないシステムになっていた。

 単にスキー場で滑るだけなのに、こんなにコーフンするのは、小学生のとき以来だ。俺たちは、鼻息を荒げながらリフト乗り場に急いだ。が!
「ここもカオスかよ!」
 さすがはレバノンだと思った。リフト待ちのマナーが車の運転マナーと全く同じ。そもそも列をなしてならぶ概念がないし、割り込みも当たり前だったのだ。それに、俺が履いている新品のアトミックスキーがスキー客3人にガッチリ踏まれて、身動きが取れないときたもんだ。

リフトを利用するお客さんのほとんどが、展望を楽しむための往復切符。なので、スキー場のベースは混んでいても、コースはやたらと空いていた

 混沌としたリフト待ちを辛抱してようやくリフトに乗り込むと、スイッチが切り替わったように静寂に包まれた。空の青と大地の白とを隔てる優美な曲線が視界の隅から隅まで繋がっている。温暖な地中海沿岸のこの国に、こんなにも美しい雪景色があろうとは。その風景は、俺の想像を何次元も超えていた。
「見つけちゃったね……」
 隣にいるケイも、景観に圧倒されて言葉が出てこないようだった。

 リフトを降りて周囲を見渡した時、
「これって、もしかして……」
 とケイと顔を見合わせてしまった。広大なスキーエリア。彫刻作品のような個性的な天然地形。豊富な雪……。そこに見つけた滑りの可能性の大きさと、スキー客のレベルがあまりにもミスマッチだったのだ。

 ほとんどのスキー客はスキー場の麓にあるロープトゥーで初めてのスキー体験をしている。お客さんの10%くらいが慣らされたコース上をゆっくり滑るレベルで、スキーインストラクターですら、日本でいう中級者レベル。つまり、エリアの90%以上であろうオフピステを滑る技量のある人が、この山にはほとんどいないということなのだ。
 スキー場からさらに奥の山々を攻めるべく、日本から本格的なバックカントリーギアを用意してきたけれど、そこまでしなくても滑りたい場所はそこらへんに無数にあるではないか!!

スキー場は豪雪地帯。下界には大都市ベイルートのシルエットと、夕焼けに輝く地中海…。スキー場から眺めた景色で、今まで一番印象に残っている景色かも

 スキーの先端の、さらにその先には見たことも聞いたこともない斜面が広がっている。下界に目をやると、大都市ベイルートのシルエットが地中海に浮かぶ巨大な軍艦のように見えた。俺は「違う惑星に飛ばされてきたのではないだろうか」という錯覚に浸っていた。
 愛おしいスキーを担ぎ、愛おしい雪を求めて、旅をしてきた道程を想う。地球は広くとも、やっぱり、五感で感じに行かなければならない。
 自分がちっぽけであればあるほど、スキーヤーは幸せなのだ。

地球を滑っている自分に酔いしれながら、ちょっと硬めのパウダースノーを巻き上げてスピードを上げていく

コースから10分も奥に歩けば、そこは完璧なバックカントリー。誰一人滑っていない広大な山々を独り占めできる贅沢〜

 この奇跡的な一日を皮切りに、レバノンの個性的な文化と自然の中で滑走する日々を過ごすこととなった。
 そしてこの続きは......「Ride the Earth Photobook LEBANON」を買って見てください!(笑)

 

 

「地球を滑る旅  Ride the Earth Photobook LEBANON」
単行本:96ページ
サイズ:27×21×0.8cm
価格 :1800円+税
発行 :RCTジャパン

旅のおわりに 〜スキーと旅〜

 スキーという遊びの面倒臭い部分であり、最大の魅力は(住んでいる人を除いけば)山に移動しないことには始まらないということだ。
 だからこそ旅とスキーは切ってもきれない関係にある。と同時に、山を移動するスキー自体も、旅の要素がある遊びなのだ。強引に解釈すると、旅が充実すればするほどに、スキー滑走が充実するということになる。

人々の素朴な暮らしを切り取るのが、カメラマン・ケイ君の大好物。レンタカーを利用することで、気まぐれに動き回ることができた

 

 4日間のスキー滑走を終えて、滑走欲をある程度満たした俺たちは、シリアとの国境にほど近い、ベカー高原に向けて車を走らせた。世界遺産のバールベックを一目見たいと思っていたからだ。
 しかし、バールベックの一角にある博物館はイスラム教シーア派の武装組織であるヒズボラの拠点になっていた。そのため、世界遺産だというのに観光客が全くいないという、不思議な光景を目にした。おかげで、広大な遺跡に自分一人という合成写真に間違われそうな写真を残すことができた。

観光客がいない世界遺産。あまりの貸切ぶりに、インディージョーンズの世界に入り込んだ気分になった

 物騒なイメージが強いレバノンの中でも、実はたくさんの癒しがあった。
 シリアからレバノンに亡命してきた貧しい人々が、俺たちを旧知の友人のように歓迎し、なけなしのお金でパーティーを開いてくれたことがあった。路地を歩いているとよく、「コーヒー飲むか?」「タバコ一服どうだ?」と声をかけられた。人々は笑顔を絶やさず、それぞれをいたわりながら生活していた。
 宗教的にお酒が手に入りにくい国だし、例えビールがあっても、塩とレモンで味付けされた野菜中心のレバノン料理は、全然ビールに合わない。けど、もしも平和が訪れたら、家族を連れて遊びに来たい国だと思った。

シリアから亡命してきたラミとアブドラは、きっと自分たちのことで精一杯なはずなのに、遠く異国の地から訪れた迷い人のような俺たちを、暖かく迎え入れ、協力してくれた

 この旅を経て、見切り発車だった俺たちの「地球を滑る旅」の方向性が確かになった。まずは世界中のスキー場をめざすことにしよう。スキー場があれば、そこには必ず地元のスキーヤーがいて、そこにしかないスキー文化がある。そして、道中で出会う文化や人々のことを書籍に残していこうじゃないか。できることならば、墓に入る直前まで滑り続けたいものだ。桂歌丸師匠のように…。(そこで落語家かよ?)

 帰りのトランジットでストップオーバーして立ち寄ったイスタンブールの路地裏。トルコ料理で乾杯ビールをかわしながら、俺とケイはすでに次の旅の話で盛り上がっていた。

ケイ 「次はどこに行こうか?」
俺  「……そうだな〜。俺、アフリカ大陸って行ったことないんだよね。」
ケイ 「アフリカでスキー……、いいね!」

 こうして俺たちは最初の旅を終える前に、スキーを抱えてアフリカをめざすことを決めたのだ。

Snap Shots

  • バールベックで泊まった宿にて。宿の目の前に世界遺産の遺跡があり、その奥に雪山があり、そしてまったく人がいない(笑)
  • 雪山を降りたら、そこはビーチリゾートだった。普通にビキニで泳いでいる人
    がいることには驚いた
  • ツタンカーメンの仮面などの材料にもなった、古い歴史を持つレバノン杉も、今は一部の保護区にほんの少ししか自生していない。レバノン杉の林は、もちろん滑った(笑)
  • 仲良くなったラミ、アブドラと。アメリカに行った時、マイケルのスキーに「舞蹴」と書いてあげたら喜んでいたので、今回も即興でやってみた
  • ベージュの壁に赤茶色の屋根のシンプルな石造りの建物で統一された街並みに、衣装やお土産のカラフルな色合いが映える。お土産は今まで見たことがないものばかりだった
  • 世界遺産が貸切の図、その2。観光客がいない歴史的建造物って、本当に美しいと思う。病みつきになって、観光客がいないやばいところばかり行ってしまいそうだ......
  • レバノンにこんなにも透き通った雪景色があるだなんて......。今振り返ると、もしかしてあれは夢だったんじゃないかと思うくらい
  • 生活の一コマに、必ずと言っていいほど、長い歴史や宗教を思わせるものが映り込む。様々な文明や民族、宗教の間で、常に揺れ動いできた地域なのだな〜としみじみ想う
  • レバノンの女性は宗教の関係もあって、口数が少なく控えめな印象だった。けれど、よく見ると目を見張るほどの美貌で、時折、ほほ笑み返してくれることもあった
  • 信じられますか! 誰も滑らないバックカントリーが視界を埋め尽くすように広がっているこの様を!

(地球を滑る旅 No.1 レバノン特別編 完)
 

「地球を滑る旅  Ride the Earth Photobook LEBANON」
単行本:96ページ
サイズ:27×21×0.8cm
価格 :1800円+税
発行 :RCTジャパン


地球を滑る旅 Akimama特別編/そのほかの旅


【登場人物プロフィール】

文と滑走=児玉 毅(こだまたけし・左)
プロスキーヤー/冒険家/フィールドライター
1974年 北海道札幌市出身。19歳の時、三浦雄一郎&スノードルフィンズの門戸を叩く。1999年(25歳)のアメリカスキー旅行を皮切りに、マッキンリー、グリーンランド、ヒマラヤなど世界の山と辺境の地を訪ね歩いてきた。Facebook:takeshi.kodama.735
写真=佐藤 圭(さとうけい・右)
フォトグラファー
1972年 北海道札幌市出身。写真好きが昂じ、勤めを辞して撮影の旅へ。以来、スキーやスノーボードの撮影を中心にアクティブなフィールドワークを重ねている。2009年からは北海道上富良野町に拠点を移し、バックパッカー式の宿「Orange House Hostel」も運営。

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