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【連載】日本のロングトレイルを歩く vol.8 金沢トレイルができるまで〜インタビュー編

(2018.08.28)

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■金沢トレイル・ロングトレイルができるまで

 現在も整備活動やテント泊の場所づくりなど、全ルート開通に向けて取り組みを続けている「金沢トレイル」。今回のセクションハイクイベントに参加して、スタッフのトレイルづくりの愛情が非常に強く伝わってきました。市民によるロングトレイルづくりのきっかけや今後の展望など、金沢トレイル連携協議会理事長の河崎仁志さんにうかがいました。

河崎仁志(かわさきひとし) 金沢トレイル連携協議会理事長の河崎さん。金沢森林組合の職員でもあり、金沢トレイルをを立ち上げるきっかけをつくった人。現在でもトレイル活動を牽引し続けています。

市民による手づくりのトレイル

 金沢トレイルは、もともと「里山保全」が大きく掲げられています。代表の河崎さんは、信越トレイルの生みの親、故・加藤則芳さんの著書『メインの森をめざして-アパラチアン・トレイル3500キロを歩く』(平凡社)を読んで、ロングトレイルというものの存在を知ったそうです。海外に行くこともできないし、どうしたものかと考えていたときに、友人と「自分たちでつくってしまおう」という話になったのが、現在の活動のきっかけのひとつだったと言います。現在も金沢森林組合 のスタッフであり、「ロングトレイルの整備 = 里山保全につながっている」と考えていることもあり、ルート整備やイベント運営などに参加している有志のスタッフは、みなさん「里山保全」や「過疎地域の活性化」という共通認識のもとに集まり活動していただいているメンバーも多いそうです。

トレイルの整備は、里山保全につながる。トレイルは、有志メンバーや参加メンバーを募るイベントでも行なわれている。

インデペンデンス ボードウォーク「ぬくもりの木道」の製作

 河崎さんに金沢トレイルの整備活動スタートのきっかけをうかがうと、2004年に医王の里オートキャンプ場にバリアフリーの木道500mを製作したインデペンデンス ボードウォーク「ぬくもりの木道」の製作だったといいます。車いすの人や高齢の人、ベビーカーを利用している人などさまざまな人たちが、自分の意思で森林散策ができるようにという思いで製作したもので、当時のテレビ金沢の会長の後押しなどもあり、多くの人たちの支援で製作したものだそうです。

先日行われた改修工事の様子。14年の歳月が過ぎ、修繕が必須な状況に……。ここも金沢トレイルのルートの一部となっている。

活動の始まりと現在の活動体制

 その後、「金沢チャレンジ事業」というものがあり、そこに「金沢トレイル」で応募した結果、見事に当選! 2013年8月に、キックオフイベントなど行い活動がスタートしたそうです。当初は、2012年に設立された特定非営利活動法人「角間里山みらい」という里山の活性化と再生を目的とした活動団体内で、金沢トレイルの整備活動は行なわれてきました。2014年4月には、セクションハイクのイベントを開催しています。河崎さんは、この団体の専務理事でもあります。現在は、里山みらいから独立し、金沢トレイル連携協議会として活動を続けています。

 ロングトレイルをつくる際に、当初構想にあったのは「北陸トレイル」だったそうです。富山〜石川〜福井を立山から金沢を経由して白山までつなげるのは河崎さんの夢だったそうです。この構想は、壮大すぎたので、まずは金沢トレイルということでこの全長70kmのトレイルの整備を続けているといいます。現在のルートマップでは、倉ヶ岳が最終地点になっています。ただし、河崎さんの「白山まで繋げたい」という思いが、このマップには記してあります。倉ヶ岳から、後高山・獅子吼高原を経由し最後に「白山比咩神社(しらやまひめじんじゃ)」までルートは延びています。この区間は、金沢トレイルの指定区間ではないのですが、このトレイルをつくる際の話を聞くと、やはりここまで歩いてみたくなりますね。

第五区間の倉ヶ岳が最終地点で、金沢トレイルは終了する。なので、点線で白山比咩神社まで記載しているのは、ハイカーに白山まで歩いて欲しいという気持ちの提案なのだ。(地図製作=オゾングラフィックス)

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ライター
北村 哲

登山、スノーボード、キャンプ、フェス、旅好きのフリーライター。プランナー/ディレクターとして、アウトドアやスポーツ関連のカタログ、映像、イベント、アーティストコラボ商品などの企画制作も行う。富士山好きで、吉田口の歴史や登山道に詳しい。

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