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【連載】日本のロングトレイルを歩く vol.13 ぐんま県境稜線トレイル踏破禄:第一章「俺の馬蹄形を越えてゆけ」

2018.11.05 Mon

中島英摩 アウトドアライター

 ぐんま県境稜線トレイルを開通前にひと足お先に歩いた中島英摩さんの踏破緑。お話はいよいよ本編です。どんな旅になったのでしょうか?

▼前回のお話はこちら
【連載】日本のロングトレイルを歩く vol.12 ぐんま県境稜線トレイル踏破録:序章「ハシからハシまで行ってみよう!」


 群馬と新潟の県境のハシ『土合』から四阿山と浅間山の間である群馬と長野の県境のハシ『鳥居峠』までを繋ぐ全長約100kmのトレイル、ぐんま県境稜線トレイル。

 群馬県と新潟県、長野県は険しい山々で隔たれている。国内最強、いや最恐の県境稜線と言っても過言ではない。まだほとんど歩かれていないこの新しいロングトレイルに単独で挑む冒険に出た。

いきなりの急登!馬蹄形が立ちはだかる旅のスタート

 6月某日、早朝3時、土合橋。
 わたしは根っこが折り重なるような急登に息を切らせて登っていた。

ハァ、ハァ、ハァ、

 まだ鳥達も起きていない。薄暗い森の中、聞こえるのは自分の息づかいだけだ。谷川の馬蹄形と言えば、健脚自慢ならば一度は挑戦したいと思うだろうラウンド形の縦走路だ。アップダウンが激しく、いくつもの峠を越える険しいコースながら、稜線上を歩き続け、群馬と新潟の山々を一望できる360度絶景トレイル。谷川岳から登る時計回りと白毛門から登る反時計回り。二つの選択肢がある。時計周りであれば、谷川ロープウェイを使って一気に稜線まで上がることもできる。

 わたしの冒険は、この谷川馬蹄形の反時計回りコースから始まった。

夏も冬も何度も来ている谷川なのに、登山計画書を投函する時、ちょっとドキドキした。今回のために、何日も何か月もかけて地図を広げ、指で辿ったからだ。

たった3.1km、されど3.1km。3.1kmで標高1,000m以上登る。

涼しいうちに一気に登り詰めよう

 最初が肝心、計画を立てる際にそう考えていた。なにせ、馬蹄形反時計周りは、白毛門までの登りが最初の難関となる。稜線まで2~3時間は樹林帯が続く。トレイルが次第に狭くなり、木々が低くなりだしたころに鎖場がある。岩場は濡れていた。ゴムのグローブを着けて鎖を掴み、しっかりとシューズの底をグリップさせる。

ガスガスだが、今日は晴れ予報。

白毛門に至る前の鎖場。本来であればこのあたりから景観が良い。

 ここのところ雨が続き、昨夜も小雨が降っていた。トレイルや岩は濡れていて、歩きやすいとは言えなかった。まだ空は白い。

 空を包んでいた雲が静かに麓へ流れ始めたのはちょうど白毛門に着く頃だった。太陽はすっかり昇り、頭上には青空が広がっていた。山頂には、男性がひとり。

「こんにちは!」
「どうも」

 小さなリュックサックを背負った彼はおにぎりを頬張っていた。この時間にここにいて、荷物が少ないということは、“ワンデイ”だろう。

ピッケルが埋め込まれている白毛門の山頂標識。

青空だ! やっぱり晴れてきた!

 わたしは手早く撮影を済ませ、ザックから補給食を取り出してもぐもぐしながら、山頂を去る。白毛門から朝日岳の稜線は足場が細くきわどい場所も多い。ザレたトラバースや、滑りやすい岩場あり、それでいてそれなりに細かいアップダウンがある。歩くのが速くともあまり時間を巻くことができないことを知っていた。今日は長い。白毛門や笠ヶ岳はタッチ・アンド・ゴーで通過した。

ドスッ

 朝日岳山頂で数時間ぶりにザックを下ろして、岩の上に置く。13kgが重い。汗びっしょりだ。すっかり晴れて、まだ早朝だというのに気温はずいぶん上がっていてとにかく暑かった。

テント泊装備に加え、最大7日分(6日+1日)の食料と3Lの水を担いでいた。

振り返ると歩いてきた山々のてっぺんだけが雲海に浮いている。

「こんにちは、もしかしてワンデイかな?」
「あ、はぁ、いや、縦走です」
「そうなんだ?ぼくはワンデイだからさ」

 山頂で2人目に遭遇。どうも彼も“ワンデイ”らしい。ワンデイというのは、馬蹄形を1日で踏破すること。朝早くに出発し、かなりの健脚で、荷物も軽くて、という条件が揃ってやっと実現できるくらいには難しい。日曜日だったから、泊まりの人は少ない。その後も人と会う度にワンデイワンデイと聞かれたが、メイビー ファイブ オア シックスデー、とは言えなかった。その後のルート説明が面倒すぎるからだ。

だけど今日は良い一日になる気しかしない。(朝日岳にて)

 さて、朝日岳を越えると、そこから先は笹が一面に生い茂る稜線へと表情を変える。馬蹄形縦走路の半分以上はこの笹尾根と言ってもいいくらい、ずっとだ。けれど決して飽きることはない。なぜならそりゃもう絶景だからだ。

360度の眺望が続く

朝日岳のそばにある朝日ヶ原。木道の周りには池塘がある。

 絶景は絶景なんだけれども、顔を上げていられるかというと、ぜんぶの景色をくまなく堪能するのは正直なところむずかしい。高いところから見下ろす尾根はなだらかな丘のようだけれども、実際はつい足元ばかり見たくなるくらい登っては下り、下っては登る。何度登ってもここは易しくはない。息が上がって汗をかき、清水峠に着く頃にはすっかり水が尽きて、あと400mlくらいになっていた。

 ちびちび飲めば蓬ヒュッテまでもつかもしれない。でも、水が少ないというのは何よりも気持ちが削がれるものだ。ここからの直登の厳しさを知っている。

ここで汲むしかないか・・・

 ザックを下ろし、ボトルとウォーターバッグを持って水場を下った。

清水峠にある白崩避難小屋は手前の小さい建物で、赤い壁は送電線監視所だ。

ぐんま県境稜線トレイルは水場が少ない。どんな水でも飲めるように浄水器を持参。途中でうっかり落として30分戻ったりもした。(げっそり)

 清水峠から水場に下りたのは初めてで、場所が正確にわからずにいたが、案外早くに雪解け水を見つけ、さらに下るのも面倒で、浄水器があるからとやや砂利混じりの水を汲んだ。これでもういくらでも飲める。だけどそれはつまり再び荷物が重くなるわけで・・・・・・。

笹、笹、笹

七ッ小屋山という名前に期待してはいけない。小屋は七つどころか一つもない。

そして続く笹と蓬ヒュッテ。とにかく登りが直登。素直すぎるくらい直登。

振り返ってもやっぱり、笹、笹、笹、、、(決して飽きないという台詞は撤回、飽きないけどまぁまぁ長いに変更)

荷物の重さと暑さでぐったり、救世主登場でボロ雑巾状態からの復活

 そんな潔いまでのまっすぐさに完全にやられぎみのわたし。想像よりも時間がかかり、蓬ヒュッテも立ち止まらずに通過した。のんびり山行ならば、なにも暗くから歩きはじめることはない。もし、コースタイムどおりに歩くなら、蓬ヒュッテで初日泊が良いと思う(要予約)。あるいはスタートが遅ければ清水峠の白崩避難小屋でも良いかもしれない。なぜなら、馬蹄形縦走反時計回り、の核心部とも言える茂倉岳への登りが待ち構えている。ここにきて、茂倉ひとつ登るのに2時間10分のコースタイムだ。その手前には武能岳もある。いくつもの登り返しが続き、見上げても見上げても空まで続く登りが茂倉だ。谷川岳肩の小屋まで行かずとも、茂倉山頂から茂倉新道方面にすこし下りたところに綺麗な茂倉岳避難小屋があるが、そこへ辿り着くまでが長い。そう考えるとやはり蓬ヒュッテ泊がおすすめだ。

 わたしはと言えば、なぜにそんなに急いでいるかというと、この夏に海外の単独長距離縦走を控えていて、ちょうどその良いトレーニングにもなると考えていた。それに、長くなればなるほど荷物は大きくなるし、一週間以上の日程も取れず、晴れの日もそう連日続くわけではない。この新しいトレイルが、はたしてどのくらいで踏破できるものなのかを確かめてみたいという気持ちもあった。

ゼェ、ゼェ、

 汗が顔面を滴り落ちる。髪はシャワーでも浴びたかのようにびっしょりだ。時折撮影をしながら、マイペースよりもちょっとがんばって歩いていたが、計画にギリギリのるくらいのタイムだ。やっぱり甘くないないぁ、なかなか巻けないもんだなぁ。

「えまちゃん!いた!」

 遠くから駆け寄ってくる人がいる。こちらに手を振っている。

「!?」
「おーい!」
「グンマーズ!!」
「いや~、なかなか来ないから心配しちゃったよ~」

 笑顔でそう言われて、苦笑いで汗をぬぐう。群馬出身の山仲間 “グンマーズ” のふたりだ。去年から今年にかけてこのふたりとはうんと山に登った。とにかく強い。その山力は群馬の山で培われている。今回の冒険を企むにあたり、もちろんグンマーズにも相談した。彼らにとっては“俺等(群馬県人)の谷川”というくらい群馬の山を愛し谷川を愛し、とにかくマニアックで詳しい。ここはどうだ、あそこはこうだと教えてくれた。わたしが今日から歩くと知り、逆走で迎えてくれたのだ。

「エマちゃんなら、もっと速く茂倉あたりに着くかと思って。待ってみたけど来ないから武能まできちゃったよ」
「どうしたどうした?」
「いやぁ、荷物が重くて。いやぁ、暑くてさ。まぁ、カラダも鈍ってるしねぇ」
「まぁ、初日から馬蹄形を越えて行くのはキツイよな」
「歩きなれているはずなんだけどねぇ」

 そんな風に言い訳しながらも嬉しくてたまらない。単独行も好きだけど、やっぱり仲間と一緒に味わう山ほど嬉しいものはない。

「食べもんある?これ飲んでいいよ。あ、これもあげるわ」

 見るからにバテバテのわたしに、コーラやらおにぎりやらを次々と恵んでくれた。最高じゃないか。うらやましいなぁ!がんばれよー!とわたしの背中を押してくれた。彼らは土樽方面に下るんだと言って、手を振って軽やかに消えていった。振り返っては、あっという間に小さくなるグンマーズの姿を見送った。

写真も撮ってくれた。上機嫌。


一気に馬蹄形から谷川主脈へ

ヨシ、行くか!

 気合いを入れ直してから茂倉に至るまではカメラを取り出しもせず山頂をめざした。仲間からもらうパワーはすごい。今思えば、ちょっとシャリバテだったのかもしれない。友達がくれた“シャリ”で完全復活だ。

馬蹄形前半を振り返る。

茂倉岳山頂から谷川岳方面を望む。オキ・トマの双耳峰がよく見える。

 わたしは、茂倉岳側から登る谷川岳が好きだ。東側は岩で荒々しく切れ落ちている。一方でこれからわたしが歩こうとしている西側の谷川主脈に繋がる斜面は優しく緑に覆われている。表の顔と裏の顔といった具合で、全く異なる二面性がたまらない。男らしくも優しさを兼ね備えている感じが非常にタイプだ。

手を使って登る岩場もあり、大胆でアグレッシブなコースだ。

 谷川岳山頂(オキの耳・トマの耳)に着く頃にはすっかり気分は満腹。肩の小屋にも立ち寄ったが、ご主人との話に夢中になり、山頂の写真も小屋の写真も撮り忘れて、馬蹄形縦走を終えた。

 だがしかし。
 わたしの冒険はワンデイで終わりではない。馬蹄形縦走路はぐんま県境稜線トレイルのほんの一部だ。まだスタートテープを切ったばかり。

 谷川岳から平標山に繋がるルートは、谷川主脈と呼ばれ、これまたひとつの縦走路である。だけどこの2つの馬蹄形と主脈を初日で繋ぐなどちょっと馬鹿としか言いようがないと自分でも思うので、ぜひともどこか途中で1泊してほしい。

 わたしは谷川主脈に足を踏み入れることに心が躍っていた。何度も来ている谷川岳。しかし、主脈を歩くのは初めてだった。夏も冬も、西に伸びる美しい稜線に見惚れていた。

あそこへ行きたい・・・・・・。

 そんな憧れの稜線。オジカ沢ノ頭までは、コースタイムで60分。茂倉と谷川への登りで今日の山場は越えたと思っていたが、甘かった。そう、ぐんま県境は最強の県境だ。

え! こんな険しいの!

 これまでの岩場が可愛らしく思えるほど、垂直の岩場が待っていた。しかも、左右は崖だ。足場もいいとは言えない。鎖はあったりなかったり。しっかりルートを見て登らなければならない。かと思えば、細いトレイルのリッジ。ちょっときわどい巻道。重い荷物で歩くにはなかなかテクニカルだ。

どれだけわたしを楽しませれば気が済むんだ、谷川よ。

高所恐怖症の人は要注意。けっこうびびる。

 オジカ沢ノ頭に着く頃には、谷川岳は目を細めてその存在を確認するくらいすっかり遠くの山になっていた。人間は不思議だ。あんなにも遠くから、この脚で、ここまで来れるのだから。

オジカ沢ノ頭から南側にあるちょっとマニアックな俎嵓(マナイタグラ)山稜を見つめたり見つめなかったり。藪漕ぎ天国へ、いつ・・・か、そのうち。(?)

谷川岳があんなに遠く。

暗雲立ち込める空から逃げるように避難小屋へ

 もうほとんど終わったようなもんだと呑気に景色を眺めていたら、背中に妙な空気を感じた。わたしがこれから行く先は言葉の通り、暗雲立ち込めていた。稜線を流れる滝雲。山をすっぽり包んで目的地が見えない。稜線をほとんど外さずに繋ぐ谷川主脈。それだけに風も強く天候の影響もモロに受けることもあってか、ルート上には避難小屋が点在している。オジカ沢ノ頭避難小屋の横で一瞬考え、やはり今日の目的地まで行こうと雲の中へ飛び込んだ。

案の定。

 この雲がもう少し早く、谷川岳あたりから発生していたら、おそらく私はもっと手前を今日のゴールにしたと思う。オジカ沢ノ頭までの岩場やトラバースをこの真っ白な視界では通りたくない。しかし、オジカ沢から先は再びゆるやかな笹尾根だった。こういう時の判断は、イチカバチカというのは無謀なものではいけないというのがマイルール。入念な下調べがとても役に立った。

「もし初日に馬蹄形を越えたいなら、エマちゃんならオジカ沢か大障子までかな。万太郎の登りがキツイからね。」

グンマーズもそう言っていた。

とはいえ、真っ白で残念。

 滝雲の中は暴風だった。激しく吹きつける風に足を取られないように集中しつつ、頭を前に突き出して、グン、グン、と進んだ。そうしてようやく鞍部に見えたかまぼこ型をした小さなモノに駆け寄り、飛び込んだ。

着いた!

 今日は日曜日。さすがにひとりだろう。しかも主脈のどまんなか。誰もいやしない。小屋の中で、のんびり温かいものでも飲んで(酒を担ぐ余裕はない)、ごはんを作って、のびのびストレッチでもして早めに寝よう!

 などとウキウキしながら、この小さな大障子避難小屋をめざして来た。初日はなかなかハードだった。それを達成した喜びで、ヨッシャァアア! と雄叫びを上げて勢いよく扉を開けた! ら、おじさんがいた。

「あ、あ、すいません」
「あ、いえ、いえ」
「あ、今日、泊まりですか?」
「あ、はい」
「あ、そうですか・・・あ、わたしもいいですか?」 

避難小屋には先客がいた。7人収容の小屋だけど、2人でも寝返りを打つとお互いが触れるくらいの距離感だ。

 先客のおじさんは逆方向からの登山者で、昼にはここへ着いてずいぶん暇をしていたという。関西ノリの明るく良い人で、地図を広げて周辺のルートのことを話しているうちに、すぐに打ち解けた。30分ほど話したところで眠くなり、寝袋に入ったとたんに眠りに落ちた。

 その夜は、避難小屋が丸ごと吹っ飛ぶんじゃないかと思うほど、荒れ狂う風がたえまなく吹き、それは度々わたしの背中の下を通り過ぎて行った。

* * *
第二章につづく

(文・写真=中島英摩)

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