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すぐそこにある外国! ホーボージュン「オホーツクの風と謎だらけの巨大島サハリン」前編

(2017.07.24)

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「今日は地獄になります」とオジサンは言った
「なんか、海荒れてますね……」

 稚内港の埠頭に立って、ケイジ君がぽつりと呟いた。海は鉛色で、湾内だというのに白ウサギが跳ね回っている。風速は15メートル以上あるだろうか。さっき帽子を飛ばされたばかりだ。

「こんな天候でも船は出るんですか?」
「日本ではこういう海を“シケ”っていうんだけど、サハリンでは“ナギ”というらしいぞ」
「マジすか……」

 海旅に不慣れなケイジ君はずいぶん不安そうだ。
サハリンの玄関口となる稚内は本州から来た旅行者にはもはや”外国”だ。交通標識にはロシア語が並記され、目抜き通りの商店街には謎のロシア語看板(まったく読めない)がズラッと続く

 今回の旅の相棒である田島継二君はバックカントリーの世界では超有名なフィルマーだ。カナダやアラスカをベースに『HeartFilms』という作品を10年に渡って撮り続けていて、雪山でその名を知らぬ者はない。彼とはこの春にアラスカで知り合い、一緒に氷河でキャンプ生活を送った。その時に彼のバイタリティと純粋さ、撮影への執念、そして大自然と対峙する姿勢に打たれ、今回の冒険旅行に誘ったのである。

 夏山登山はケイジ君の専門外だし、英語圏以外での活動も初めてだ。でもきっとケイジ君ならいい写真が撮れると僕は思っていた。
稚内についた僕らはさっそく探検に出た。街中で『国際元気堂』という超マニアックな模型店を発見。シン・ゴジラから青島の終売品のプラモに至るまで凄まじい品揃えだ。また『ノーザン・ノース・フェイス』という日本最北端のアウトドアショップでは、ご主人さんにオススメのスナックを教えて貰う。この夜泊まったホテルは「ホテルサハリン」!しかもまさかの和室!しかもすんげー狭いし!稚内は謎だらけの港町だ

 出航時間が迫ってきたのでフェリー乗り場に行ってみると、小さな待合室の中央に木製の簡素なボックスがあり、制服姿の女性が座っていた。どうやらこの待合室がイミグレーションと税関を兼ねているらしい。女性は出入国審査官なのだ。
フェリーターミナルの待合室がイミグレーションを兼ねていた。これはその脇にある船会社のカウンター。イミグレーションは撮影禁止なのだ

 パスポートを差し出すと、あっさり出国スタンプを押してくれた。床に引かれた白線を越えると、国境の向こう側にいたオジサンが「こっちこっち!」と手招きしている。この人が稚内とコルサコフを結ぶ「サハリン海洋汽船」の係員さんらしい。

「えー、これでみなさん揃いましたね。本日の乗船は6名です。どうかみなさん、助け合ってご無事の航海を」オジサンに言われ、一同ぺこりと頭を下げる。

 待合室にはエコバッグを肩にかけた若い女性と、小型スーツケースを引いた女性、そしてフランス人バックパッカーのカップルが座っていた。驚いたのはエコバッグ女子があまりに身軽なことだ。レギンスにスニーカー。首からミラーレスカメラを下げているが、帽子もコートも持たず、まるで近所のコンビニに行くようなかっこうなのだ。

 話を聞いてみると彼女は昨日仕事が終わったあと、羽田から最終便で千歳へ飛び、そこから深夜バスに乗って330kmをひた走り、今朝ここ稚内に着いたばかりだという。

「だから夕べはシャワーも浴びてないんですよ。匂います?あははははは」と笑っている。すごいバイタリティーだ。係員のオジサンも彼女のことが気になるらしく、しきりに声をかけている。

「ところでお嬢さんはどこまで行くの? コルサコフかい?」

 コルサコフというのはこのロシア航路が着く港町のことだ。

「いえ、路線バスでユジノサハリンスクまで行って、そのあとはスタロドゥブスコエにでも行こうと思ってるんです。でもまだなにも決めてないんですよねえ。ふふふふ」
「えっ?ホテルはどうするの?バウチャーは?」
「バウチャーはネットで代行業者見つけて、空バウチャーを買ったんです。だから行き先とかホテルとかも全部ダミー。でもこれでもちゃんとビザ取れるんですね。ふふふふふ」

 すぐそこに入国審査官がいるというのに、いきなりの超ぶっちゃけトークである。

「いやいや、それはたいへんだ」

 係員のオジサンはバタバタと奥に引っ込むと、ロシア語が書かれた紙をもって戻ってきた。

「いいかいお嬢さん、これには“ユジノサハリンスク行きのバスはどこで乗れますか?”って書いてあるから、向こうについたら誰かに見せて教えてもらうんだよ。それから山登りのお兄さんたち、もしよかったらユジノまで一緒にいってあげてよ」
同じ船に乗ったチャレンジャー女子のしずかちゃん。オジサンに書いてもらったノートを掲げてニッコリ。いつもこんなふうに身軽に、かろやかに、世界中のあちこちを旅している

 そういいながらなぜか嬉しそうだ。

「いやー、最近の若い子はすごいねー!チャレンジャーだよ!ここは普段はツアー客ばかりだけど、今日は全員が自由旅行者じゃないか。君たちみたいな人がこの国の未来を切り拓いて行くんだよ」

 てっきり怒られるか諭されるかすると思ったが逆に大喜びで、僕らを埠頭へと案内してくれた。

 しかしそこに碇泊していたのは僕が想像していたようなフェリーではなくちっぽけな観光船だった。伊豆七島や瀬戸内海の島々を結んでいるような高速艇だ。船名は『ペンギン33』という。

「こ、これでサハリンまで行くの?」稚内港の埠頭にスタンバイする『ペンギン33』号。とても国際定期航路の船とは思えないサイズ感。せっかくセイコーマートでお弁当買ってきたのに、揺れるなら食べられそうにないなあ

 さすがに一同不安になる。その時だった。さっきまでニコニコしていたオジサンが急に真顔になりこう言ったのである。

「残念ですが、今日はみなさん地獄をみることになります」
「乗船時間は約4時間半ですが、勝負は海峡横断の最初の2時間です」
「船内には人数分のエアベッドを用意しておきましたので、乗船したら一刻も早く眠って下さい」
「どうかみなさん、助け合ってご無事の航海を」

 そういって深くおじぎをした。

 タラップを渡る時、叩きつけるような風にあおられ、波飛沫が僕の顔を叩いた。
 出航の銅鑼も、むせぶ霧笛もなく、ビュービューと吹き荒れる風の音に押されながら『ペンギン33』はグラリと岸壁を離れた。そして稚内港を出ると北北東に進路を取った。
今回の乗船はわずか6人。しかも全員が個人旅行者という珍しい状況になった。右端の黒いジャケットが田島継二くんだ。外洋に出ると海はいよいよ大荒れ。船内に用意されたエアベッドに倒れ込み、全員沈没

 離岸したらすぐに寝ろと言われていたが、興奮してなかなかその気になれない。後部甲板から身を乗り出すと、遙か向こうに宗谷岬が霞んでみえた。この岬をすぎるともう陸地はない。この先に広がるのは荒れ狂うオホーツク海のみだ。

 さらばニッポン。まってろよサハリン。
 まるで間宮林蔵になったような気分だった。

 こうして僕のサハリン冒険旅行が始まったのである。
次回はついにサハリンへ!
極東の冒険旅行・中編へ続く。
(文=ホーボージュン、写真=田島継二)
 

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ライター
ホーボージュン

全天候型フリーライター。6,000mの高所登山からシーカヤックの外洋航海まで、フィールドとスタイルを問わない自由な旅を続けている。『山と渓谷』『ビーパル』『PEAKS』『Field Life』などアウトドア各誌で連載中。公式Twitterアカウントは「@hobojun

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