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ホーボージュン令和元年のアジア旅! 「ヒマラヤの果て、雲の手前。〜幸せの国ブータンを旅する〜」中編

(2019.08.19)

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“ブータン建国の父”が辿った
いにしえのトレイルを歩く

 ガサトレイルは幅2メートルほどの細い山道だったが、静かで神秘的なトレイルだった。あちこちにルンタが結ばれ古い仏塔や城壁の跡が残っていた。

「この道はとても古くて、17世紀から使われています。ブータンの国はガワン・ナムゲルというお坊さんが作りましたが、彼はチベットからこの道を通ってブータンに入ったんです。ナムゲルは“建国の父”と呼ばれていて、どこのお寺へ行っても彼の仏像があります」

 ブータン国の成り立ちはヒマラヤ山脈を挟んだ隣国チベットと切り離せない。当時チベットでは《化身ラマ》による国の統治が行われていた。化身ラマというのは世界を救うために如来や菩薩が人間の姿に化身してこの世に現れた師僧のこと。もしこのラマが死ぬとその弟子たちが夢のお告げや預言に基づいて次の生まれ変わり(大抵は赤ん坊や幼い子どもだ)を捜索し、宗教的なテストを経て跡取りに認定する。そして厳しい英才教育を授けて指導者に育てるのが習わしだった。
 ところがこの化身ラマを巡っては教団内でたびたび対立が起こり、チベット仏教はさまざまに分裂した。ガワン・ナムゲルは1594年に生まれ、霊的なお告げによってチベット仏教ドゥク派の第5世化身とされたのだが、のちにライバルとの認定争いに敗れ1616年にこの道を辿ってブータンへ逃れてきた。22歳の時のことである。

 このころブータン一帯にはすでに仏教が浸透していたが、ナムゲルは政教の両面で強力な指導力を見せ、ブータンを国家として統一した。そして彼を追って侵攻してくるチベット軍を撃退すると、各地にゾンを建設して防御網を作りあげた。ガサ・ゾンはそのもっとも古いもののひとつなのである。

 ちなみに日本でも有名なダライ・ラマ14世(テンジン・ギャツォ)はこの頃ブータンに攻め入ってきたチベット仏教ゲルク派のダライ・ラマ5世の名跡だ。ダライ・ラマはそのあと8回も転生したのち、いまは祖国チベットを追われ北インドで亡命生活を送っている。運命とはわからないものだ。生まれ変わるのもなかなかたいへんなのである。

ブータン最古の城砦
ガサ・ゾンを訪ねる

 ガサ・ゾンに着くとソナムさんはザ・ノース・フェイスのトレッキングウエアから民族衣装に着替え、《カムニ》という長いスカーフを纏った。国民は寺院やゾンに入る時には必ずカムニを着用しなければならず、僕ら観光客も建物内では帽子を取り、長袖のシャツを着ることになっている。僕は今回フォーマルなシャツを持ってこなかったので毎回レインウエアを着て参拝したが、蒸し暑くて大汗をかいた。こんなことならヘンプのシャツでも持ってくればよかった。
 ガサ・ゾンは戦略的な城砦として建てられただけあり、威風堂々とした建物だった。しかし城内にいる僧侶はみな若く「寺の小僧」という感じ。これはガサ・ゾンが僧侶学校を併設しているからだ。

 声をかけるとみんな英語で返事をしてくれた。みんな明るくくったくがない。澄んだ瞳と穏やかな微笑み。いろんな国を旅してきたけど、大人もこどももこれほどくったくのない国はなかなかないと思う。
 ただ気になったことがひとつあった。みんな法衣の懐にスマホを入れていて、しょっちゅうそれをのぞいているのだ。

 若い小僧たちだけではない。大人たちや黄色い法衣を着た位の高そうなお坊さんも境内や階段の縁に腰掛けてスマホをいじっている。これはガサ・ゾンに限ったことではなく滞在中に訪れた10カ所近いゾンや寺院の至る所で見る光景だった。

 もちろんこれは日本でも同じだ。お坊さんだってスマホを使うし、檀家と法事の打ち合わせをLINEでしてたりする。SNSで説法する寺も珍しくない。もっといえばお盆の忙しい時期は卒塔婆をインクジェットプリンターで印刷したりもする。そして檀家の戒名や年忌のデータはすべてスマホに入っている。いまや坊主だってIoTなのだ。

 でも僕がこの光景に違和感を感じるのは“それ以外”があまりにも原始的だからだろう。まわりの風景も、建築物も、衣装も、食べ物も、そして人々の暮らしぶりも17世紀の頃のままなのに、懐のスマホだけが最新なのだ。そしてヤクの放牧と冬虫夏草の採取以外何もないこんな僻村にも、しっかり電波は届いている。この“ねじれ”がブータンの未来ににどんな影響を及ぼすのか、僕にはとても気になった。 仏殿の前の広場には108基のバターランプが備えてあった。銅の器にヤクの乳で作ったバターを流し込み、綿を撚って作った芯を立てたものだ。若い僧侶が長いマッチのようなものでひとつひとつ火を灯していた。バターランプはほんの少しの風でも消えてしまう。僧侶は口元を僧衣の袖で塞ぎ、息がかからないように慎重に点灯していた。そのときだ。僧衣の懐でスマホのバイブがブーブーっと鳴った。

「オン・マ・ホン・ベンザ・グル・ベマ・シディ・ホン……」

 若僧は熱心にマントラを繰り返し、ひたすらバターランプと向きあっていた。僕はその横顔を見て、なんだか少しホッとしたのである。
 

ヤクザの顔のボスが見せた
優しい心づかい
 その夜はダムジン村のキャンプサイトに戻った。キャンプサイトにはソナムさんが手配したコックとアシスタントが来ていて、キッチンテントが用意されていた。コックのボス(……名前を聞いたけど忘れてしまった)はヤクザ映画に出てくる極悪非道な殺し屋のような顔をしていたが、じつは敬虔な仏教徒で肉も魚も食べないビーガンだと聞き驚いた。

 ボスはテントサイトに大きな焚き火を熾すと、そこに河原で摘んできた薬草を投げ込んでモウモウと煙を焚いた。右側がボス。キャンプサイトにはキッチンテントが設けられ、現地の料理クルーによって朝晩の食事が作られた。ブータンのトレッキングでは通常全食がこうしてサーブされる。

「あれは虫除けのための煙幕です」とソナムさん。

「すごい煙ですね……。前にモンゴルを旅した時は遊牧民たち乾燥した牛の糞を燃やして虫除けにしてました」

「ああ、そうですか! ブータンでも山岳民族はヤクの糞を使いますよ」

 ボスの焚き火があまりに煙かったので、虫除けの薬を持ってるからそんなに煙幕張らなくても大丈夫だと伝えた。僕は雨季のアジア各国でさんざんひどい目に遭った経験から(▶香港編)今回も強力なディートを持ってきていたのだ。

「でもあれが彼のスタイルなんですよ」とソナムさんはいう。 ボスは殺生を嫌うので、もし自分の蚊が身体にとまっても叩きつぶさない。でもゲストは蚊を殺すし、いくら注意していても寝ている時などは反射的に手で払ってしまう。だから蚊や虫たちが(極悪非道な)人間に近づかないようにああやって煙幕を張っているのだという。人はみかけによらないものだ。

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ライター
ホーボージュン

全天候型フリーライター。6,000mの高所登山からシーカヤックの外洋航海まで、フィールドとスタイルを問わない自由な旅を続けている。『山と渓谷』『ビーパル』『PEAKS』『Field Life』などアウトドア各誌で連載中。公式Twitterアカウントは「@hobojun

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