line_box_head

ホーボージュン令和元年のアジア旅! 「ヒマラヤの果て、雲の手前。〜幸せの国ブータンを旅する〜」後編

(2019.09.06)

アウトドアのTOP

icon

誰もがそれぞれの役割を抱え
この世界に降り立つのだ

 この夜、ひとりで散歩に出ると水田のうえに大きな月がかかっていた。月はもうパンパンで明日は満月だ。ということは海は大潮だ。日本との時差は3時間だから、家の前の海はそろそろ夜中の干潮時間を超え、明け方に向けて徐々に満ちていくころだろう……。歩きながらそんなことを考えた。ヒマラヤの山中で海の満ち引きを考えるなんてずいぶんへんな話だった。そろそろ家が恋しいのだろうか。

 頬に当たる風が心地良かった。今夜は食事の後にディッキー母さんが手作りの《アラ》を出してくれた。アラは麦や蕎麦から作る焼酎だ。竹筒に入ったそれを最初は恐る恐る口に運んだが、口に含んでみるとこれがうまいのなんの。調子に乗ってすっかり飲み過ぎた。シャツのボタンを外し、胸元に風を入れる。

 田んぼ沿いの防風林にルンタがかけられ、夜風にはためいていた。“風の馬”は今夜も風に乗って天空を駆け、遠くのひとに幸せを届けるのだろう。風の行く方を目で追いながら、僕は幼い息子のことを考えた。風生はもう寝ているだろうか。それとも夜中に目を覚まし泣き出しているのだろうか。

 去年の正月に男の子が生まれた。
 風と生まれ、風と生きる。
 僕は息子を「風生」と名付けた。

 一歳になる前はよく夜泣きをした。いくらあやしても泣き止まないときは、ベランダに出して月を見せ、波の音を聞かせた。月光を浴び、海風に晒されると風生は不思議と泣き止んだ。それが自分のことだとわかるのだろうか。それとも風に乗って運ばれてくる誰かの魂が聞こえるのだろうか。

 風生が生まれたとき、不思議と自分の子どもとは思えなかった。男親ならではの無責任さではない。命は父親と母親から受け取るものではなく、もっともっと遠くからやってくるものだと感じていたからだ。時空の彼方から飛んできて、ヒュッと誰かの肉体に入る。そんな気がしてならなかった。だから保育器越しに初めてかけた言葉は「この世界へようこそ」だった。 この国に来てから、自分の中でその感覚がどんどん強まっている。輪廻転生とかリ・インカーネーションとかの簡単な言葉で言い切る気はないけれど、それは形而上学の言葉遊びから、体温を伴った確信にかわりつつあった。僕らは時空を超えてやってくる。そしてなにかの理由があってこの世界に降り立つ。誰もが自分にしかできない役割を抱いてこの世に転生する。グル・リンポチェもダライ・ラマも野良犬もサカナも僕もそして風生も。そして僕らがこの世でできるただひとつのことは、生きることだ。自分の生命を燃やし、よりよく生きることだけなのだ。

 月は明るく、風は涼しかった。ゆっくり風呂に浸かったおかげで登山の疲れもない。気分は満ち足りていた。僕は手ぶらで、なにも持っていなかった。だけど身も心も健康で、こうして旅の空から遠くにいる人のことを想っている。それ以上の幸せはこの世界のどこを探しても見つかりそうにない。

 もう旅は終わりだ。
 さあうちに帰ろう。
 

エピローグ  ブータン航空B3-700便はパロ空港を飛び立ち、タイのバンコクへ向かっていた。途中インドのカルカッタで給油と清掃を行い、ほとんどの乗客が入れ替わった。ブータンから乗っている旅行者はもう僕たちしかいない。僕の隣の席ではドルチェ&ガッバーナの狂ったように派手なジャケットを着た白人が忙しそうに電話をしていた。後では中国人の若いカップルが激しくののしり合っている。まるでこの10日間が幻だったかのように。

 僕はヘッドフォンをすると、目を閉じた。そして昔、旅仲間に言われた言葉をゆっくりと反芻していた。

「旅になんか出ないですむなら、それがいちばん幸せだ」

 あの当時、僕らにとって旅は「欲望」そのものだった。もっと見たい、もっと知りたい。もっと多く、もっとたくさん。見たことない場所へ、見たこともない景色の中へ。食欲よりも睡眠欲よりも旅への欲望のほうが強かった。奥田民生が歌っていたように、眠らない体とすべて欲しがる欲望を武器に、僕らは世界中をさすらっていた。

 音信不通が当たり前だった。行方知れずでいたかった。誰にもトレースできない旅。誰にも目撃できない旅。旅先のセルフィーをインスタに上げるような旅はさすらいではなかった。それはもっと切実で、真剣で、飢餓感に満ちたものだった。そしてそれは間違いなく「欲望」だった。

『イージュー☆ライダー』から24年が経ち、心の底から渇望するような旅はもうし尽くしてしまった。歳を取って好奇心が枯れたせいもあるだろう。だって、あの民生ちゃんがもう54歳になるのだ。子どもが生まれてそばにいたい気持ちが湧いたのも確かだ。昔の僕にいわせれば「焼きが回っちまった」のだ。

「知足」という言葉をソナムさんは使った。足るを知る。いまの僕にはその言葉の大切さがよくわかる。ブータンを歩いて旅し、貧しいけれど満ち足りた表情で生きている人たちをみてつくづく思った。幸せというのはいまその手の中にあるものなのだ、と。まるで『青い鳥』のように陳腐だが、それはほんとうのことだった。

「ほんとうに幸せな人は、旅になんか出ないんだよ」

 あいつが言ったことはほんとうかもしれない。べつに旅なんかしなくてもいい。毎日が楽しく充実しているなら、そこに留まり生きればいい。旅より大切なことはいくらでもある。それでも……。

 B3-700便は南下を続け、やがてベンガル湾の上空に出た。油で汚れたウインドウの向こうにバングラデシュのデルタ地帯が見える。ヒマラヤ山脈を駆け下った幾千の流れは西でガンジス川となり、東でジャムナ川となり、合流して緑の大地を駆け抜け、ここで海に還る。太陽はこの海を照らし、海は空に登り、雲となり、雨となり、ふたたびヒマラヤの山々に注ぐ。こうして永遠に回り続けるのだ。僕らの魂と同じように。

 旅もこうして輪廻する。
 だからきっとまた僕もどこかに降り立つだろう。

 やがて飛行機は高度を上げ、僕は雲の上に登っていった。
 光る雲の向こうに、風の馬がいるような気がした。
(文=ホーボージュン、写真=田島継二)
 

次ページでは、ブータン王国の旅の情報をお届けします。

1 2 3 4 5
 
 
ライター
ホーボージュン

全天候型フリーライター。6,000mの高所登山からシーカヤックの外洋航海まで、フィールドとスタイルを問わない自由な旅を続けている。『山と渓谷』『ビーパル』『PEAKS』『Field Life』などアウトドア各誌で連載中。公式Twitterアカウントは「@hobojun

line_box_foot