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ご近所狩猟採集ライフ vol.0 『獲ること 食べること 交わること』

2012.05.09 UP

written by 藤原祥弘

幅広くアウトドアのニュースや事象を紹介するa kimama ですが、
そのなかでもとくに異色の連載である本項。
なぜ野外活動をテーマにするメディアに「獲って食べる」記事があるのでしょうか。
それは私たちが「ご近所」での「狩猟採集」を
地域社会や未来へ責任を負うひとつの方法だと考えているからです。

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神奈川県の鶴見川。

水質の悪さで知られる神奈川県の鶴見川。流域人口は188万人、流域の人口密度は全国の1級水系のうちでも第一位。平常時の川を流れる水のほとんどは、生活排水が源だという。

 自然との付き合い方には、いろいろな方法があります。そこに住む生き物を愛でる自然観察や、地形や自然現象を生かしたスポーツなどが一般的なものでしょうか。しかし、それらより一歩進んでいるのが狩猟採集だと私は考えます。見る、触る、といった行為に比べ、「食べる」という行為はより親密な自然へのアプローチ方法です。外部にある自然に触れるのと、それを我が身のうちに取り込むのとでは、距離感がまったく異なります。

 食べることは誰もが日常的に行なう活動であるにも関わらず、それを行なうために負わなくてはいけないリスクは、他の自然へ親しむ方法と比べて段違いです。ここに、狩猟採集が地域の自然をよくするヒントが隠されています。

 水辺を例にとりましょう。まだそれほど流通が発達していなかった時代(しかしそれは、ほんの100年ほど前のこと)、野菜を作る水や、タンパク源としての魚は自分が属する文化圏のなかで賄われていました。そのため人々は飲み水や河川を汚染しないよう、細かい取り決めを設けたり、持続的に利用できるように乱獲を戒めてもいました。自分たちを養う地域の自然を、自分たちの責任において管理していたのです。

 時代が下って、生産地と消費地(都市)が分断されると、消費地の水環境はないがしろにされていきます。そこでは自分が口にするものは生産されないので、都市の生活者にとってはそこが汚れていても、きれいであっても関係がなくなったのです。

 一方、都市に食物を供給する生産地では別の問題が起きました。漁業者にとっては、魚=貨幣になりました。魚は獲れば獲った分だけ換金できます。日本の漁業は長い間「獲ったもん勝ち」という精神とシステムで運用されてきました。明日のために残したところで、同じ村の別の誰かが獲ってしまいます。それなら自分で獲ったほうがいい。そんな理由で漁業者は魚を獲り続け、日本の内水面(河川・湖沼)と沿岸域の水産資源はすっかり枯渇してしまいました。

 枯渇するほどの乱獲=自然破壊なのですが、これを糾弾する人はどこにもいません。「漁業権」の名のもとに漁業者が水辺から人々を追い出したので、その行為を監視し、告発する人自体がいないのです。

 どちらも、地域の自然を、責任をもって食べる人がいなくなってしまったことから起きた不幸です。都市部であっても、そこで獲れたものが自身の食卓にのぼる、と皆が感じていれば、都市の河川を清浄に保つ努力がなされるでしょうし、清浄に保てる範囲で都市は成長を止めるでしょう。漁村にあっては、漁師以外にそこで採集を楽しみ、それを日々の糧にする人がいれば、乱獲を戒める監視者になりえます。

鶴見川の支流ですくったコイ

鶴見川の支流ですくったコイ。ひとしきり観察した後に行なわれたのは、
(父)「じゃ、逃がそっか」
(子)「えっ! 食べないの!?」
(父)「えっ!?」 
(子)「えっ!?」
というやりとり。本来は食べられるはずのものが食べられないこと、獲ったものを食べられない環境で自分が暮らしていることを考えさせられた。

「誰もが採集者で誰もが消費者である」。そんな社会が実現すれば、地域の自然を健全に保てるはずです。明日の食卓にのぼる魚がすむ水を誰が汚すでしょうか。来年の食卓にのぼる魚のタネを誰が断つでしょうか?

 食物のサイクルが地域の自然に根ざしている、そんな社会へのシフトはすぐにはできないでしょう。実現できたとしても、数世代先のことになるかもしれません。しかし、私たちの世代でそれが難しくても、その必要性を我が身で経験することはできます。

 自分の住む地域で獲れたものを食べることは、地域の自然のサイクルのなかに参加することにほかなりません。たとえ獲るのがごく少量であっても、それが育まれるのに必要な環境の条件について知り、実感できるだけでも大きな価値があります。

 地域の食物を汚染するようなライフスタイルを避けるようになり、食物となりえる生き物の生活史を分断するような堰やダム、一度事故を出せば半永久的に地域を損なう原発などは作ろうと思わなくなるでしょう。

 みなさんも、機会を見つけて獲って食べてみてください。きっと新しい発見があるはずです。もちろん、できるだけご近所で!

 

第1回記事へつづく

藤原祥弘

(ふじわら・よしひろ) 自分でとって、食べる」ことをライフワークとする、よろず食材採集家。
小学館『BE-PAL』誌で連載中の「月刊雑魚釣りニュース」などで活動中。
得意な採集方法はスピアフィッシングと投網。お気に入りの獲物はヒレナガカンパチ。

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