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【DISCOVER JAPAN BACKPACKING】 古来からの姿が残る、花の山へ。 白山・後編

(2018.08.07)

登山のTOP

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「この池は千蛇ヶ池といって、白山を開山した泰澄大師が悪さをする大蛇、千匹をこの万年雪に閉じ込めたそうです」

 しかし、池に雪はあるものの、そのほとんどは溶けている。

「そこで、雪が溶けて、蛇たちがあふれ出そうになると、あそこの大岩――御宝庫が崩れ落ち、池を塞ぐんだそうです」

 このままここにいると、蛇に絡まれるうえに落石に遭うのだろうか。とはいえ、あたりはさながら高層湿原のような様相で、そこに一陣の風が吹くと、このうえなく気持ちいい。ここにテントを張り、一夜を過ごすことができたらどんなにいいだろう、と夢想する。旭さんは揚々と周りを見渡し、「今年はナナカマドの花も多いなあ」と目を細める。紅い実を結ぶ秋に備え、夏に咲かせる花は雪のように白いとは、なんだかとても縁起がいい。

 その下に咲く「呪い」を見つけ、旭さんがこちらを見ていないことを確認してから、こっそりその匂いをかぐ。うわっとのけぞるものの、どういうわけか、微妙にクセになるなにかがある。これはやっぱり「恋」……?
たっぷりの残雪をたたえる翠ヶ池と、白山を成す主峰のひとつ、大汝峰(2684m)。(上段左から右へ)室堂から山頂の火口湖付近、砂防新道にかけてであった美人さん。イワギキョウ。クルマユリ。ナナカマド。ハクサンシャクナゲ。カニコウモリ。ゴゼンタチバナ。岩についたミネラル分を舐めているという、大きなヤマナメクジ。ヨツバシオガマ。イワツメクサ。黄色いミヤマキンバイと紫のハクサンコザクラ。

 室堂に戻ると、今度は「エコーライン」を通って下山した。例年ニッコウキスゲが多いらしいのだが、ここに限っていえば、今年のこの場所は不作らしい。珈琲をたて、持参のキュウリに味噌をつけている、いかにも山慣れた夫婦に声をかけると、やはりエコーラインのニッコウキスゲに関しては、今年はよくないらしい。

 旭さんは、その口調から「金沢の方ですか」と声をかける。キュウリを頬張るお父さんは、たちまち相好を崩した。

「白山へはもう、80回は登ったかな。ここは庭みたいなものだから」

 下山路には、砂防新道を使った。甚之助避難小屋を過ぎると、あたりはしだいにブナの森に包まれてゆく。

「火山の北斜面はブナの森になる山が多いけれど、白山もそうなんです。それも、意外と深くてよいんですよ!」

 国内において、ブナの森が広がったのは、1万2千年前。そんなブナの森とリンクするように定着していったのが、最古の土器文化だといわれている。遙かなる先人は、ブナを眺めて暮らしていたのだろうか。

 ハクサンコザクラを愛でながら、旭さんはこんな言葉を口にした。

 彼女たちが氷河期から生き残ってきたことを思うと、感慨深いですよね―――

 国破れて山河あり、といういうように、山や自然はなにがあっても残るものと考えられてきた。ところが昨今の自然災害、そして原発などの人為事故を見ていると、その思いが揺らいでゆく。移りゆく世にあって、山はその姿をいつまでも変えずにいてくれるのだろうか。

 本来、登山という行為には、未知未踏を求める、という意味が含まれている。誰も見たことのない、さらなる高みへ。

 その一方で、古の人々が愛してきたものを、その思いを汲んで眺めにゆく、という登山があってもいい。幸いなことに、白山には、氷河期から咲く花があり、1300年前から信ずるものに導かれ、先人が歩んできた路がある。それは、いまのうちに見ておくべきものなのかもしれない。

 まだ見ぬ空間ではなく、日本人の源流を求めるよう、時間を遡る旅へ―――
 熱に浮かされたような思いにとらわれそうなので、足を止めて深呼吸。
 すると、ふわりと蝶が舞った。

 秋に備えて英気を養っているのだろうか、ときに2000km離れた南の島まで旅をするというアサギマダラが、ブナの合間をひらひらひらり。
(左上・中)相手にいらぬ遠慮させぬよう、ジョークを交えながら、さりげなく登山者に手をさしのべる旭さん。植物や山の成り立ちなど、豊富な知識やスマートな対応に驚かされたが、印象に残るのは、周囲への目の配り方とそこから得た情報をもとに、先を読む能力。案内してもらうだけでなく、そんな姿を目の当たりにできることこそが、山岳ガイドと一緒に行く登山の魅力かもしれない。(左下)標高を下げると、あたりはブナをはじめとした森に包まれてゆく。(右)下山後は有峰温泉へ。風情のある町並みをゆく。
 


●今回使用したバックパック

グレゴリー/パラゴン48
¥28,080(税込み)

容量:48ℓ
重量:1.45kg
最大積載量:18kg

 ミニマムな1泊登山の装備を快適に収めるだけでなく、バリエーションルートなど、よりチャレンジングなフィールドでもホールド感を保ち、バランスよくフィットする人気モデル。「昨年の誕生以来、愛用しています。グレゴリーが優れているのは、なんといってもショルダーハーネスのフォルム。スノーボードで怪我していることもあり、首回りの違和感が肩凝りに直結するのですが、グレゴリーの各モデルにはそれがありません。パラゴンはとくにフィット感に優れていて、クライミングハーネスを付けるときなど、ヒップベルトを締めなくても、心地よく背負うことができるほど(笑)。腕まわりの自由度も大きいうえに、荷重分散、バランスに優れているので、テクニカルなバリエーションルートであっても、行動時間が長いときは、登攀系のモデルではなくパラゴンを選ぶことが多いです」
 


旭 立太(あさひ・りゅうた)
1977年岐阜県生まれ、山岳ガイド。バックカントリースノーボードをきっかけに山の虜に。2008年に自身のガイドカンパニー「Rhythm Works」を立ち上げる。縦走からバリエーションルート、沢登りからバックカントリーライディングまで、幅広い山の魅力を伝えてくれる、マルチな山の案内人。
http://www.ne.jp/asahi/rhythm/works/

 

【撮影=三枝直路】

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ライター
麻生弘毅

1973年生まれ、フリーランスライター。カヤックやバックパッキングなどによる、長い旅が好き。著書に北極圏の泥酔紀行『マッケンジー彷徨』(枻出版社)がある。

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