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トランプ大統領就任とボブ・ディランのノーベル賞は、アメリカの荒野の復権となるのか!?

2017.01.23 Mon

藍野裕之 ライター、編集者

 1月21日(現地時間20日)、ついにドナルド・トランプがアメリカ大統領に就任した。これからどんなことが起こるのかという心配、それを理由にしたのか前任者への強い惜別感を表す発言がSNSを賑わす。バラク・オバマほど、惜しまれてホワイトハウスを去る前大統領はいなかったのではないか。ドナルド・トランプほど歓迎されずにホワイトハウスへと歩を進めた新任大統領はいなかったのではないか。
 大方の予想に反してのトランプの当選。その選挙結果を見て、気付かされた。

アメリカの原風景、プレーリー

 赤く染まったトランプ勝利の州に対する無知に気付かされたのだ。アラスカ、フロリダ、テキサスあたりはまだしも、大陸の中央部がわからない。何か道しるべはないか?

 下の地図は、トランプ勝利の州とかなり重なる部分が緑に染まっている。この地域はプレーリーと呼ばれる。草原と低灌木の生態系で、濃い緑は背の高い草が主力となり、薄い緑は背の低い草で覆われている。おおむね肥沃な土地で、とりわけロッキー山脈の東、薄い緑の地域は大穀倉地帯を作り上げ、グレート・プレーンズと誇り高い呼び名がつけられている。
 この土地と、そこに暮らす人びと=プレーンズに、目を向けてこられなかった。

 朝、プレーリーは私に話しかける。
 夜、私はプレーリーの腕に抱かれ、
 プレーリーの心の上で眠る。

 と、カール・サンドバーグは書いている。「プレーリー」という名の作品を持つこの詩人、作家は、シカゴに生まれのスウェーデン移民の2世。父親は鍛冶屋で、鉄道でも働いた。幼い頃から慣れ親しんだ労働者階級の言葉を駆使し、ピューリッツァ賞に2度も輝いた。そんなサンドバーグはいう。

 プレーリーこそ、もっともアメリカ的な風景なのだ。

荒野の旅というアウトドアへ

 プレーリーには広大な耕作地とともに、果てしない無住の草原地帯が広がる。大草原に延びる1本の道路という固定化されたアメリカの原風がある。そして、そこに暮らすのは保守的な白人だ。ただ、プレーリーは、そうした定住者とともに、旅、移動に身を置く人びとの生息地でもあった。初期の移民は森の世界である東海岸に取り付いた。後発の移民は、森の世界に居場所がなく、西へ西へと移動し、やがてたどり着いたのがプレーリーだった。穀倉地帯であるとともに、石油、石炭、天然ガスという地下資源を持ち、プレーリーは工業地帯も広がる。いずれにしても、プレーリーでの労働は肉体労働だ。夏の日差しの中で肉体労働に励んで首筋が赤く日焼けする。そこに住む白人はレッドネックと呼ばれ、東海岸や西海岸の学歴高いリベラルから蔑まれた。
 トランプ当選の方の直前、プレーリーに暮らすアメリカ人に目を向けさせる予兆はあった。ボブ・ディランのノーベル文学賞受賞だ。ディランはミネソタの出身である(ミネソタ州ではトランプは敗北したが)。ニューヨークに出て成功するが、ディランは早々に都市の喧騒を抜け出し、旅を歌い始める。初期に大きな影響を受けたというウッディー・ガスリーはオクラホマ州の出身だ。彼もまたプレーンズだったのである。サンドバーグの言葉に重ねるのなら、もっともアメリカ的な風景の中で培われた楽曲だから、多くのアメリカ人の心を捉え、ディランやガスリーは国民的歌手といってもいいのかもしれない。ディランがハイティーンのときにむさぼり読んだという、ジャック・ケルアックの『オン・ザ・ロード』の主な舞台もプレーリーだ。そこは移動の文学も育んだのである。

 この地図に示された茶色い部分はアパラチア山脈だ。その西南部にもトランプの勝利した州がある。そこに暮らす白人の肉体労働者はヒルビリーと呼ばれる。やはり下に見たいい方だ。また、この地域はカントリー・ミュージックの起源といえる音楽が生まれた場所で、音楽の世界でヒルビリーといえば、原初の泥臭さを持つカントリー・ミュージックのことである。初期のディランも深く耳を傾けたのだが、トランプの大統領選勝利の頃から、その名を配した1冊の自叙伝がアメリカでどんどん売れ、今ではベストセラーになっている。『ヒルビリー・エレジー』という。著者のジェイムズ・D・ヴァンスは名門イェール大学を出て、IT企業を経営する成功者だが、貧しい白人肉体労働者の家に生まれだ。その家に起こった悲哀=エレジーを書き綴ったのが同書で、その中にはこんな内容がある。名門大学に入学が決まったヴァンスが、それを父親にいうと、父親は、「願書に黒人と書いたのか」と返した。マイノリティーとしておけばボーダーラインだったときに優遇される仕組みを逆手にとった、なんとも悲しいジョークである。

 それを知らされ、これまで、「黒人」「先住民」といったマイノリティーの側からアメリカを見すぎてきたのかもしれないと思った。また、高学歴、高収入の東西の海岸地域に住むアメリカ人が投げかけるメッセージこそがリベラルなのだと思い込んでしまっていたのかもしれないとも思った。トランプの排他的な言動からはリベラルを想起しない。それを支持した人びとに対する思いも、さして変わらない。しかし、トランプ政権が始まったことをリベラルの危機の始まりとは考えない。公民権運動を経て、黒人の大統領が生まれ、主権運動の果てに先住民の権利回復がなされていきつつある中、取り残されたプレーンズ、レッドネック、ヒルビリーがいた。彼らを含めたリベラルを考える。トランプという毒薬を抱え、世界はリベラルを拡張させる時を迎えたのだ。

 自身を拡張させるために、プレーリーを旅してみたい。
 アパラチアン・トレイルを歩いた話は日本のアウトドアーズたちからも届けられる。だが、そこには、当然接しているはずのトレイルの沿道に暮らすヒルビリーの声は記されない。スルーハイクは成し遂げても、ヒルビリーの悲哀はスルーしてしまったのだろうか。また、かつてはなかなか接するのが難しかった先住民の共同体には、先人たちの努力のおかげで門戸も開いてきたようだ。そうした中で、渡辺靖著『アフター・アメリカ』は、実は今のアメリカでいちばん異邦人を受け入れないのは東部エスタブリッシュメント、ボストニアンとも称されるハイソな白人たちだと知らせてくれた。もしかしたら、プレーンズやヒルビリーにもボストニアンと似た、黒人社会や先住民共同体とは違った旅人という異邦人が入りにくい壁があるのかもしれない。プレーリーは旅と移動の沃野であり続けているのか、それともそうではなくなったのか。確かめて見たい・・・・・・。
(文=藍野裕之)

藍野裕之 ライター、編集者

(あいの・ひろゆき)1962年、東京都生まれ。文芸や民芸などをはじめ、日本の自然民俗文化などに造詣が深く、フィールド・ワークとして、長年にわたり南太平洋考古学の現場を訪ね、ハワイやポリネシアなどの民族学にも関心が高い。著書に『梅棹忠夫–限りない未知への情熱』(山と溪谷社)『ずっと使いたい和の生活道具』(地球丸刊)がある。

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