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【アウトドア古書堂】今月の絶版アウトドア書籍は、日本人冒険家による渾身の作が登場!

2020.05.11 Mon

大村嘉正

大村嘉正 アウトドアライター、フォトグラファー

 絶版。しかし、いまだからこそ読まれるべきアウトドアの書をラインナップする「アウトドア古書堂」。今月は爽快な冒険の記録を紹介しよう。



■今月のアウトドア古書
いろんな人力移動手段を駆使して、北の果てから南の果てへ
『人力地球縦断』『人力地球縦断 中・南米編』

 1989年のネパールヒマラヤ。エベレスト街道のバッティ(茶屋)で出会ったのは某大学山岳部の男だった。クスム・カングル(6,367m)登山後の彼は、ボロい中古ロープで登るしかなくてヤバかったこと、他の隊の墜落者(足を骨折)を応急処置したこと(男は医学部だった)などをバター茶一杯分のあいだしゃべったあと、「もっと早く生まれたかったなあ」とつぶやいた。「だって昔は、未踏峰だらけだ」
1980年代後半、地図上の空白部分も未踏の地も見つけることはむずかしくなっていた(画像はイメージです)。
 あの当時、目立つ未踏峰はほぼなくなり、北極も南極もいろんな手段で制覇され、世界の大陸は徒歩や自転車やリアカーで横断されていた。ぱっと思いつくひと通りの冒険は「済」だった。手詰まりと空回りと漂流の時代。そして景気はバブルで、おいしい就職を選べる時代だった。九里徳泰さんがアウトドア界に登場したのはそんなころだ。

 九里さんは中央大学サイクリング部時代から冒険を始め、チベット高原や南米最高峰アコンカグアなどでペダルを踏んだ。そして大学卒業を迎えるのだが、まだ何者でもない(物書きとしてまだ活躍していない)のに就職せず、1989年7月、南北アメリカ大陸を舞台に冒険を始める。それを書きとめたのが『人力地球縦断』と『人力地球縦断 中・南米編』。その文章に、「もっと早く生まれていたら」なんてつぶやきはない。
日本のアウトドア界にシーカヤックやMTBが普及しはじめたころの冒険記だ。インターネットはない~普及していない(もちろんスマホはない)時代である。
 人力地球縦断とは読んで字のごとし。カナダ北極海沿岸のイヌイットの村からスタートし、南米アルゼンチンのビーグル海峡までの28,863㎞を九里さんは人力で移動した。その偉業には、「時代に風穴をあけた」といえる特徴がいくつかある。

 まず、徒歩、スキー、MTB(マウンテンバイク)、カヤック、カヌーで行なわれたこと。いまも昔もアウトドア界では、「山屋」「オートキャンパー」などと言われるように、ひとつのジャンルを追求して楽しむ人が多いのだが、九里さんは垣根を越えた冒険者だった。
MTB+カヤック+バックパッキングで人力移動(画像はイメージで、九里さんが使用したギアではありません)。
 そして、この冒険はおもに移動手段が変わるタイミングで「細切れ」に行なわれた。「北米の沿岸水路1,800㎞をシーカヤックで単独航海」「アメリカ合衆国をMTBで走破」などという個別の冒険をつないでいったのだ。つなぎの期間は日本で文筆活動をする。そのため、実質移動日数は524日だけど、ゴールまでは6年8ヶ月もかかった。

ぶっ続けの長期海外遠征では、心身の消耗から「消化試合の日々」に陥ってしまうが、細切れ作戦によって九里さんはフレッシュな状態で挑戦を継続していった。寄り道して北米最高峰デナリに登頂したり、アマゾン川をカヤックで下るなどもした。
いまでは主流になった自転車用バックのシステムを、日本で広く紹介したのも九里さんだろう。モンベルには自転車ツーリング用バックのラインナップがあるが、その最初の製品の開発に九里さんは関わっている。
「細切れ」の長所はほかにもある。低予算(総額約300万円)で、組織化された支援グループなしに、「単独行」または「やばい区間は頼れる相棒と二人旅」というシンプルな海外遠征を可能にしたのだ。支援を受けたのは、カヤックやウエア、フリーズドライ食品など冒険に必要な物資ぐらい。遠征資金を募るために「日本を元気に」などと唱える必要のない、ありのままの自分でいい冒険である。当時、世界は「すぐれた内容の冒険は金がかからない」時代を迎えていたのだが、それをいち早く日本に伝えたのが九里さんだった。
『人力地球縦断 中・南米編』の目次。
 金、組織、成果などの呪縛がない人力地球縦断のエピソードは泥臭く、ひりひりして、しかしみずみずしく、キラキラとしている。濡れた服で寝袋に入り、無数の虫に刺され、太陽で肌が火傷し、臭い服で何日も過ごす。ひどい病気にもかかる。ザトウクジラとともにカヤックを漕ぎ、ロードサイドのバーで労働者にバドワイザーをおごられ家にも泊めてもらい、先住民から彼らの文化や自然の危機を知らされる。
『人力地球縦断』掲載のルート図。
 読者はこの本にいろんな示唆を見つけるだろう。たとえば、冒険のフィールドは人跡未踏の峰や原野、極地だけに限らないこと。たとえ普通の旅行地でも、自然や人や文化への向き合いかた次第で手ごたえのある経験ができることなどだ。長い冒険物語(301ページ×2冊)ゆえに、どんなヒントに出合うかは読み手しだい。
『人力地球縦断 中・南米編』掲載のルート図。
 今回、この本を久しぶりに読み返して、少し気持ちが沈んでしまった。以前は気にも留めなかったけど、ここに記されているのは、意志と行動力で「どこまでも行ける」世界なのだ。

 それは新型コロナウイルス感染症に覆われたいま、失われている世界。この容赦のない変化はいつまで続くのか?「そんなことあったっけ、できたかな」と、かつてのあたりまえを忘却するまで長引くのか?

 しかし、たとえそうなっても俺たちにはこの本がある。ただし、「昔はよかった、もっと早く生まれたかった」とうらやむ読後感は無用。この本によって「取り戻すべき世界」を思い出し、その実現のために前へ進むのだ。

人力地球縦断
1994年9月20日初版第一刷発行(現在絶版)
著者 九里徳泰
発行所 株式会社山と溪谷社
本体価格 1,845円(税別)

人力地球縦断 中・南米編
1999年9月15日初版第一刷発行(現在絶版)
著者 九里徳泰
発行所 株式会社山と溪谷社
本体価格 1,800円(税別)

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