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<書評>モンベルから登場! 野田知佑『ナイル川を下ってみないか』

(2016.11.17)

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 一年に数回、カヌーイストの野田知佑さんと焚き火を囲む。

 あるときはイベントの会場や河原のキャンプ地で、またあるときには野田さんの庭に組まれた火床の前で。

 焚き火を前に、野田さんは昔のできごとをポツリ、ポツリと話す。北極圏の川や南太平洋の島での冒険譚、少年時代を過ごした九州の川のこと。

 その小さな話のひとつひとつが、野田さんと焚き火を囲む機会に恵まれたぼくらだけの宝物だ−−−と思っていたら、ぼくらが焚き火端で聞いていた話をまとめた本が出てしまった!

 タイトルは『ナイル川を下ってみないか』。モンベルクラブの会報『OUTWARD』に20年にわたって連載されたエッセイを厳選し、再構成したものだ。

 過去に発表された原稿が基になっているとはいえ、本書は大幅な改稿が行なわれている。発表年にはこだわらずに「世界の川へ」「日本の川へ」「川の学校」と、3つの章に沿って組み直されているため、新たに編まれた書き下ろし作を読んでいるようだ。

 そして、その語り口は、ぼくらがいつも焚き火端で聞いている野田さんの口調そのものだ。旅と川とアウトドア、野田さんの愛した世界を追いかける後進へ話しかけるように、軽妙なエッセイは綴られていく。

 タイトルの『ナイル川を下ってみないか』という問いかけは、本書の冒頭の一編からとられたもの。強盗と猛獣の跋扈するナイル川をめぐる旅からの一節だ。

誰かナイル川を下ってみないか。
多分、君は死ぬだろうが、それは青年にとって悪い死に方ではない、とぼくは考える。

 こんな名文句をはさみながら、野田さんの過去の旅の思い出と、それに基づくメッセージで本書は展開していく。

 1章と2章で数十年にわたる野田さんの旅の記録と日本の川の変遷をまとめ、続く3章では自然への向き合いかたを若者たちへ説く。

 全編を貫いているのは、これからの時代を生きていく若い人たちへのあたたかいまなざし。おそらく野田さんは、はじめて自分の著作に触れる若い読者を意識しつつ、本作をまとめたのではないだろうか。

 本書では、ところどころに旅の写真などが挿入されているが、書中で唯一、見開きをすべて写真に使っているのは川で遊ぶ子どもたちのコラージュだ。

 そして、本書の終わりに解説を寄せるのは、野田さんからカヌーの手ほどきを受けた冒険家であり作家の石川直樹さん。こんなところからも野田さんがこの本に込めた思いが感じられる。


 若い読者を意識しているとはいえ、そこは名手の野田さん。一巻を通じてどこにも隙はない。昔からのファンは懐かしい野田さんの思い出話しを聞くように、そして、はじめての読者は、野田文学の入り口として楽しむことができるだろう。

 加えて、もうひとつ注目したいのは、この本が出版社からではなく、アウトドアメーカーから発行されていること。

『ナイル川を下ってみないか』の発行元は、『岳人』の編集部も抱えるモンベルの出版事業部。そして、本書の販売は全国に広がるモンベルの販売網と通販を中心に行なわれるという。

 最近、モンベルをはじめメーカーや代理店が独自のレーベルで雑誌や書籍を刊行するケースが増えている。記憶に新しいところでは、ミステリーランチなどを扱うエイアンドエフ。すでに6冊の書籍を世に送り出し、こちらも自社の販売網を使って読者へと本を送り届けている。

 出版不況のなか、出版社は「確実に数が売れる本」以外はなかなか刷れない状況にある。アウトドア関連の書籍の新刊の状況をみてみるとほとんどが、ハウツー本と呼ばれる技術解説書やガイドブックであることに気づく。

 最近はアウトドア業界のなかで名の通った著者であっても、旅行記やエッセイといった作品は、なかなか本にはならない(みなさんがアウトドア雑誌で楽しみしている各著者の連載のうち、この数年で書籍になったものがいくつあったろうか?)。

「数千部、多くても数万部しか売れなくても、価値が高い本」は存在する。しかし、書店流通の構造は複雑で閉鎖的、かつ薄利多売によってしか成り立たない出版界では、こういった本を世に送り出すことができないのが現状と言わざるをえない。

 その点、自社の販売網をもつアウトドアメーカーなら、流通コストを圧縮できる。そのため少部数であっても利益をあげられる。

 流通にかからなかったコストを印税に還元すれば、著者は腰を据えて執筆に専念でき、読者はより質の高い本を手にすることができるだろう。

 価値を認められながらも部数の壁を越えられずに世に出なかった本、あるいは惜しくも絶版になっている本をこれから世に送り出すのは、こういった自社流通網をもつアウトドアメーカーなのかもしれない。

『ナイル川を下ってみないか』は野田さんの旅をまとめた待望の新作として、また、新しい本の流通の萌芽を感じさせる一冊として、アウトドア界に意味のある本となっている。

『ナイル川を下ってみないか』
発行所:ネイチュアエンタープライズ
¥980+税

 
 
ライター
藤原祥弘

野生食材の採集と活用、生活技術につながる野外活動などを中心に執筆とワークショップを展開。twitterアカウントは@_fomalhaut

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