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<書評>野外活動の本質を読み解く。『ブッシュクラフト 大人の野遊びマニュアル』&『グランドファーザー』

2016.10.31 Mon

藤原祥弘 アウトドアライター、編集者

「ブッシュクラフト」という言葉をアウトドアのメディアで目にするようになったのは、3年ほど前のことでしょうか。

 日本にはこれに相当する言葉がありませんでしたが、要約すると「自然物を活用した林間での野外活動とキャンプ」と言えそうです。

 以前であればこういった活動は「サバイバル」という言葉で表されてきましたが、日本では「サバイバル」という言葉には、過酷な環境で生き抜くこと、そして強いられてその状況になる、というニュアンスもあります。

 野外活動のために自発的に野に入る行為には対応する言葉がなかったので、ブッシュクラフトとはよい言葉と思想が出てきたな、と思っていたのですが、世界的に流行りだしたブッシュクラフトが、なんだか変な方向に行っている気がしてなりません。

 YouTubeや雑誌などのメディアを見ていると、なるべく道具に頼らないことをよしとするはずのブッシュクラフトが道具に偏重したり、「それっぽい」技術の研究にばかり価値がみいだされつつあるのを感じます。

 道具の性能を確かめるために野外に出ていたり、必要でない場面でもブッシュクラフト的技法(小枝がまわりにあるのに太い枝をナイフで小割にする、家からジップロックに入れた白樺の皮をもっていくなど)をしていたり、適切ではない場所で、薪を濫費する焚き火をしていたり……。

 アウトドアのメディアの中にいる自分も、道具や技術の紹介には関わっているので、複雑な思いではあるのですが……。

 そんなことを考えているところに発行されたのが『ブッシュクラフト—大人の野遊びマニュアル』でした。


 著者は自然学校「WILD AND NATIVE」を主宰する川口 拓さん。プロフィールによれば、野外救急法やあらゆるアウトドアスポーツに通じ、自衛隊のサバイバル教官も務めているそうです。

 解説されているのは野外活動に必要な知識全般。野外で無理なく行動を続けるための考え方に始まり、ナイフ、ロープ、焚き火、シェルター、水、食料、危険予知、救急などについて過不足なく網羅されています。

 各々の技術については詳細には語られませんが、野外活動において重要な考え方と基礎知識が明確に示されているので、読者がその先の知識を欲したときには自分で深めていくことができます。

 野外活動の根幹を成す技術について解説されているので、ブッシュクラフトに限らず、登山や防災の教書としても読むことができます。

 紹介される道具も、野山で手にはいるものと街から持ち込めるものがバランス良く配されています。過剰に道具に頼るのではなく、またやせ我慢的な野営にも陥らない、絶妙なチョイスです。

 技術も道具も、基礎的なことに重点を置かれているので、20年、30年先でも情報が古くなることはないでしょう。野外活動を楽しむ人の入門書として、ずっと売れ続けるスタンダードになりそうです。

 本の内容に驚いたところで、巻頭言を読んでみましょう。

「車を停めて、バックパックを背負う。(中略)サバイバル的なトレーニングではなく、あくまでも「楽しむ」のが目的なので「ナイフ1本」だけではなく、シェルター用のタープやロープ、ブランケット、マッチ、コッヘルなどの装備が入っている。でも、オートキャンプで使うようなテントや寝袋、マット、フォールディングチェアなどは入っていない。だからといってそれらを持っていかないことで、不便、不快な思い、我慢をしに行くというわけではない。増備が少ない分、それらを自分で作ったりしながら、技能やテクニックでカバーするのである」

「自然と一体になる方法はたくさんあるけれども、ブッシュクラフトほど自然に、楽しく、遊びながらそれを実践できる行為はないのではないかと思う。この本をご覧になって、本当に気軽に、気負うことなく、ぜひ自然にブッシュクラフトを始めて頂きたい。ただし、野営、焚き火をするときだけでなく、植物や魚を採取する場合にも、必ずその行為が許可されている場所かどうか確認してもらいたい。ひとりひとりがマナーを守ることでブッシュクラフトが認知され、よりたくさんの方にこの遊びの魅力を理解してもらえると思っている」

 なるほど、こんな思いに貫かれているから、紹介される技術や道具が実戦的なのでしょう。それには、川口さんを形作ったひとつの体験が影響を及ぼしているのかもしれません。

 川口さんのプロフィールには、北米への留学中に「ネイティブアメリカンの古来の教え、大地と共に生きるサバイバル技術などを学ぶ」とあります。おそらくこれは、北米先住民技術を伝授する「トラッカースクール」のこと。

 トラッカースクールでは、北米の自然を生き抜くためのあらゆるサバイバル技術を伝授するそうですが、この学校はその技術を確立した、「グランドファーザー」と呼ばれるネイティブアメリカンの思想に則って運営されています。

 伝説的なネイティブアメリカンであるグランドファーザーは、ネイティブアメリカンの培った技術が失われる間際に北米・中米を歩いてまわり、各部族が持っていたサバイバル技術を収集します。

 その技術を受け継いだのが白人のトム・ブラウン・ジュニア。彼の運営するトラッカースクールはグランドファーザーの思想に沿って、野外技術を伝承します。

 トム・ブラウン・ジュニアの著した『グランドファーザー』という本に、その思想をよく表す一節があるのでひいてみましょう。

「彼にとって昔の技術とは、息詰まるような社会の束縛から放たれ、大地に帰って本当の自由を得るための入り口となるものであった。それらは大地に生まれてきた人間の目的をまっとうする手段、すなわち、未来の世代のために創造物を大切にし、よりよい形にして残すための1つの手段だったのである。
 サバイバルの技術は、人間と自然とのあいだの戦いに終止符を打つ道具であった。そこにはもはや衝突はなく、完全な均衡と調和があるだけである。こうした技術があればこそ、原野の住みかをあらゆる戦いが収束した真のエデンの園とすることができるのだ」

「サバイバルの技術は、人間と自然とのあいだの戦いに終止符を打つ道具であった」という一節を読んだときに、私は雷に撃たれたような思いがしました。
 
 サバイバル技術とは、自然から糧を奪う技術ではなく、自然から奪わないための技術だった! 

 サバイバル技術は自然に抗うためのものだと考えていた私は、自分が自然を蹂躙し、収奪するような楽しみ方をしていたことに気づかされました。そして、技術の研鑽の先には自然を利用しながらも奪わない世界があることが示されました。

 この記事の冒頭で、道具の性能を確かめるために野に入り、過剰な焚き火を燃やし、その技術の意味も知らずに運用されるブッシュクラフトに疑問を呈しましたが、それこそ、少し前の自分の姿そのものでもあります。

 現在のブッシュクラフトに、こじらせている空気感があるのはこのへんに理由があるのでしょう。技術と道具を使う前に必要な「野に入るための思想」を知らないために、みんなちょっと遠回りしてしまっているのです。ブッシュクラフトという文化は未だ学びの途上にあり、それを楽しむ前に必要な姿勢や思想について深められていないだけなのでしょう。

 フリークライミングが技術の洗練とともに、岩にのぞむ精神を洗練させていったように、ブッシュクラフトも野に入る技術を深めるうちに、技術に見合う思想が共有されていくと思います。

 これからブッシュクラフトを始める、あるいは今楽しんでいる人には、『ブッシュクラフト—大人の野遊びマニュアル』はたいへん有用な技術書です。野外で必要になる技術のほとんどが網羅されています。

 そして、この本で技術を学んだらその源流にある『グランドファーザー』もご一読を。『グランドファーザー』には、おそらく川口さんがあえて解説しなかった野に入るための思想が書かれています。

 思想と技術が一体になったとき、野営の楽しみ方はそれ以前とはまったく違うものになるはずです。

『サバイバル技術で楽しむ新しいキャンプスタイル BUSHCRAFT MANUAL ブッシュクラフト—大人の野遊びマニュアル』
誠文堂新光社 
¥2,500+税

● ブッシュクラフトとは
● 道具を選ぶ
● シェルターを作る
● 水を得る
● 火を起こす
● 食を楽しむ
● 自然が教えてくれること

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