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【アウトドア古書堂】日本の自然・動物文学の巨人が、象の謎をひとつ解き明かす。

2020.07.31 Fri

大村嘉正

大村嘉正 アウトドアライター、フォトグラファー

 絶版、しかしいまだからこそ読まれるべきアウトドアの書をラインナップする「アウトドア古書堂」。今月は、動物や旅好きは必読の作品だ。



■今月のアウトドア古書
日本を代表するネイチャーライターの痛快紀行
『象使いの弟子(上・下)』

 著者は畑 正憲、いわずとしれたムツゴロウさん。どちらかというと「テレビの人」の印象が強いかもしれない。クマでもアナコンダでも触れあってしまう驚異の動物好きおじさん——しかし彼こそは、日本語作家における代表的なネイチャーライターなのだ。

 北海道の動物王国での日々や、動物とのつき合いかたのエッセイを数多く出版しているムツゴロウさんだが、『世界動物紀行』など動物や自然について深く取材した書籍も少なくない。代表的なのは『天然記念物の動物たち(全1巻のものと、全9巻シリーズの2種類があり、それぞれ内容は異なる)』。日本の貴重な、ときには絶滅の危機に瀕した生き物たちをこれだけ網羅したルポルタージュは、あまりほかに類がない。
左から『天然記念物の動物たち(全9巻シリーズ)』、『天然記念物の動物たち(全1巻)』、『世界動物紀行(上下2段組みで読み応えあり!)』。
 彼の作品の特徴のひとつは、「読者を選ばず」だろう。ことさら自然や動物が好きというわけではなくても、物語に引き込まれ、ぐいぐい読んでいける。この『象使いの弟子』もまさにそんな作品だ。
『象使いの弟子(文庫版)上・下』。表紙は、これぞムツゴロウさんという写真だ。
 この本に記されているのは、ムツゴロウさんにとって海外の動物を巡る最初の旅。その文章は、見るもの、触れるもの、言葉のやりとりを、余すことなく受けとめて表現する喜びに満ちている。出会いや別れ、トラブルをみずみずしく伝えている。

 旅の内容もいい。舞台はスリランカ。あの当時(1970年代の後半?)、スリランカについての旅行ガイド本はなし。しかも目的は象、さらに「象使いになること」なのだ。そのための情報をスリランカ大使館などしかるべき窓口に求めてもらちが明かず、とにかく現地に乗り込んでいく。そして旅の奇跡が。偶然の出会いや、ムツゴロウさんならではの動物とのコミュニケーションで道を切り拓いていく。その顛末はじつに爽快だ。
『象使いの弟子(上)』の目次。
 そして、象を愛撫し、象と真剣勝負し、体のあちこちを象に痛めつけられる日々を経て、ムツゴロウさんは象と人とのかかわりについてひとつの答えを見つけていく。その発見は、ムツゴロウさんがよく自著に記している「学問からこぼれ落ちたもの」なのだろう。しかし、限りなく真実に近いと、私だけでなく読者の多くは感じるはずだ。
わが家の愛犬ふくちゃんにも、あきらかに心と感情があったなあ。
 約30年ぶりにこの本を読み返してみると、ムツゴロウさんが動物たちを「心あるもの」として接していること(それが彼の普通だけど)に、あらためて強い印象を受けた。

 近年では研究が進み、とくに鳥類や哺乳類の知能の高さや「心」が認められるようになってきた。ムツゴロウさんが世に出て活躍し始めたころはまだ、世間は「動物は本能と反射で行動」とか、単に「脳が小さいから知能は低い」などと認識していたものだ。
 
 いまでは、たとえばカラスやオウムの脳には認知機能に関わるニューロン(神経細胞)がぎっしり詰まっていて、その密度は哺乳類を越えることもわかってきた。ニワトリは、ヒヨコが強い風をあびていると、「ああかわいそうだわ!」とばかり心拍数が上昇するし、満足や不満、共感という感情もあるらしい。
鳥の知能については、ナショナルジオグラフィック日本版2018年2月号を参照しました。
 これは、受け入れがたい人も多そうな研究結果だ。肉を食べるたびに罪悪感にさいなまれる。犬や猫をきちんと飼わないとか、ましてや捨てるなどは、かなりまずい行為になる。心も感情もある動物を絶滅させるなんて、人類の行く先は地獄以外にあるまい......。そんな事実に、耳をふさぎたくなる人もいるだろう。

 しかし、そんな人でも、象を全身で受けとめたムツゴロウさんの物語を読めば、心が変わっていくにちがいない。

象使いの弟子(上・下/中公文庫)
昭和58年4月10日発行(上巻、下巻とも)
著者 畑 正憲
発行所 中央公論社
本体価格 各300円(税別)

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