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【アウトドア古書堂】読み終わるのが惜しくなる!「消えゆくもの」に会いに行くネイチャーエッセイ。

2020.06.18 Thu

大村嘉正 アウトドアライター、フォトグラファー

 絶版、しかし今だからこそ読まれるべきアウトドアの書をラインナップする「アウトドア古書堂」。今月はアメリカを代表するネイチャーライターの作品だ。



■今月のアウトドア古書
絶滅に瀕した生きものたちの聖域へ
『消えゆくものたち』

 野生動物を知る手段としてドキュメンタリー映像の力は大きい。姿、筋肉の躍動、残虐だが日常の捕食など、そこにはたくさんの驚きと発見がある。臨場感もすごい。しかし、そこに〈時の移ろいと雰囲気の再現〉はあるだろうか?
このアザラシは4時間ずっとここで寝ていた。
 考えてみてほしい、あなたが生の自然に包まれるとき、そこに編集はない。小気味よく場面は転換しないし、事件もなかなか起きない。アザラシはずっと寝たままだし、ライオンは狩りをすることなく一日中ゴロゴロしている。おもしろいことも退屈も混ぜこぜで時は流れていくが、それをリアルに映像で再現すれば退屈の極みだろう。

 だが、文学の世界ではどうだろう。

 豊かな表現力によって、自然生態系における〈時の移ろいと雰囲気〉を心に届けてくれるのが『消えゆくものたち』だ。著者ダイアン・アッカーマンが、「その衰退に責任のある種の一員として、それらが消えうせる前にこの目で見て寿(ことほ)がなければならないと強く感じ」て、希少な動物や生態系を訪ねた旅の記録である。
『消えゆくものたち』の目次。ダイアン・アッカーマンが訪ねた場所と生き物は、モンクアザラシ(アメリカ・フレンチフリゲート礁)、アマゾン、アホウドリ(日本)、ゴールデンライオンタマリン(ブラジル)、オオカバマダラ、北米のさまざまな昆虫。
 彼女の旅は手触りの体験が多い。モンクアザラシに飛びつき、ひれ足で顔を打たれながら、水かきに標識をつける。凍えている蝶(オオバカマダラ)をそっとつまみ、大きく開いた口の中に入れ、暖かい息を吹きかけて温めてあげる。舟べりから身を乗り出してアマゾン川に頭を突っ込み、ピンクイルカのクリック音(エコロケーションのために発する)に耳を澄ます。

 いかにもネイチャーライターな行動力だが、日常にありそうな、なんでもない細部もつかんでいく。たとえば、熱帯雨林でサルの保護活動をしているスタッフのいでたち。

——針金はキャンプ地の通貨といってもいいぐらいで、たいていの人がポケットに突っ込むかベルトにかけるかして持ち歩いている。(中略)サルを閉じ込めておくために巣箱の入り口に金網をとりつけたり、捕まえたコオロギを結わえたりするのにも使う。とにかく、何かと何かをしっかり結びつけたいとき、針金一本あれば用が足りる。——(『たてがみは闇に輝き』より)
中米コスタリカの熱帯雨林(本書に登場する森ではありません)。
 くわえて、綴られる言葉はよく吟味され、ときに詩的でロマンチックだ。

——そのアホウドリが波の上を飛ぶさまを眺める。鳥は黒ずんだ水を背景にしたときは白く、灰白色の空を背景にしたときは黒く、ポジからネガへ、ネガからポジへと移り変わる。透明な大気からどんよりした冷たい水へ、急降下しては上昇し、その飛行で空と海を縫い合わせていく。そのありさまは、まるで風が自分自身について思いを巡らしているかのようだ。——(『極東の天使たち』より)

 彼女の言葉によって再現されるシーンは、ドキュメンタリー映像とは次元の異なる臨場感にみちている。風も匂いも、移ろう時間も私たちはイメージして、再構築していける。

30年前のコスタリカ、私立の熱帯雨林保護区にて。人里離れた密林の奥地だったが、6人の常駐研究スタッフのうち4人は女性(左端はそのひとり)だった。海外ではすでにこうなのかと驚かされた。

 この本のもうひとつの魅力は、日本での冒険・探検・自然科学における「ジェンダー」に気づかされることだろう。ページをめくっていけば、たとえば次のような文章に出合う。ナチュラリストなら知っていそうな学術的内容だが、私はこのような記述をはじめて見た気がする。

——やりきれないのは、種によって求愛の儀式はさまざま異なるにもかかわらず、女への暴力が動物の世界の常だということだ。人類の近い親類であるチンパンジーでさえ、雄とセックスすることを拒んだ雌は殺されかねない。——(『悲しきハーレム』より)

 日本語の出版物では、私たちはたいてい、性別的には男が書いた動物記や冒険・探検記で自然やアウトドアの世界を知ってきた。そして、不都合を感じないままかなりの年月が過ぎようとしている。どうやら、大自然を理解し表現することについて、視野を広げる機会を逃してきたらしい。
ダイアンが野生動物の驚異を求めた作品では、『月に歌うクジラ』もおすすめ。
 ダイアン・アッカーマンはアメリカのイリノイ州生まれ。詩人、ネイチャーライター。ザ・ニューヨーカー(高級誌の代名詞的存在で、このご時世でも売れている)のスタッフライターとして活躍していた。翻訳された著書は『月に歌うクジラ(ちくま文庫)』『感覚の博物誌(河出書房新社)』などがあり、2017年に邦訳出版された『ユダヤ人を救った動物園(亜紀書房)』は映画化されている。


消えゆくものたち
1999年7月25日初版第一刷発行(おそらく絶版、書店在庫のみと思われる)
著者 ダイアン・アッカーマン
訳者 葉月陽子、結城山和夫
発行所 株式会社 筑摩書房
本体価格 2,500円(税別)

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