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【読者プレゼント】鈴木みき初めての小説本『マウンテンガールズ・フォーエバー』を読んでみた。
2022.07.22 Fri
宮川 哲 編集者
山での「リアル」、とくに山での「リアルなオンナゴコロ」をコミックエッセイで描き続けてきた鈴木みき。イラストを描き始めてからもう20数年が経ち、デビュー作『悩んだときは山に行け!』(平凡社)から、著作はすでに17冊を超えている。そんなみきちゃんが、次の一冊をがんばっていると聞いていたから、今度はどんなテーマなのかなと思っていたら、なんと小説だった。まさか小説家に転身か、なんてイチファンとして内心かなりビックリしたものの、考えてみれば小説はリアルな背景がなければ、書くことなんてできない……と、当たり前のことに気づく。
さて、困った。書き手が、鈴木みきなのである。なんだかんだと同じ業界の仕事仲間として、それこそ20数年来の交流を持つ。だから、行間から見え隠れするのは、リアルなみきちゃんの姿ばかり。これは、正しい小説の読み方ではない。そういう意味で、この本の紹介役はたぶんぼくは適任ではない。適任ではないのだけれど、みきちゃんが書いた本である。ならば、あえて行間に見えるみきちゃんを追い掛けていってみる? 鈴木みきを知らなかったこととして読み進めてみる? はたして、そんな読み方が成り立つのやら……。
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本のタイトルは『マウンテンガールズ・フォーエバー』。オビには「オンナの登山道は一本道ではない」とある。そしてキャッチに曰く、「あの日見た景色は、いつだって胸のなかに。絡み合い、すれ違う、5人の女たちの物語」。
この一文にもあるように、5人の女性を主人公とした5本のショートストーリが本書の構成。仕事も生活の境遇も、生まれも育ちもバラバラな5人の女性たちが、それぞれの立場で悩み苦しみ、喜びも諦めもゴチャ混ぜにしながら前へと進む姿が描かれている。そして、どの物語にも分岐点がある。そのときに彼女たちは、どの道を選び、どの道に進むのか……。そう、「オンナの登山道」は「一本道」ではないのである。
たぶん、みきちゃんの登山道も一本道ではなかったのだろうし、いまだってそうなのだろう。
「私は、ここにいるけど、いない。いるけど、いない!」と山で実際に感じたであろう心情や、「お疲れ、私!」なんて、自身に掛けたであろう心の声が随所に散りばめられている。もちろん、小説であるだけに、基本的にはどれもが創作の範疇にあるのかもしれないが、どちらかといえば、少しエッセイ風な筆致でもある。
物語は日々の街での暮らし、ふつうの生活が描写のおもな舞台となっている。もちろん、山の要素もふんだんに書き込まれているが、おもしろいなというか上手に編んだなと思うのは、どの物語も見えない糸でちゃんと繋ぎ止めてあること。糸というよりはザイルなのかもしれないが、山で出会った風景だったり、心情だったり、人そのものだったり、現在過去未来の時間感覚も含めて、主人公たちの人生が行間に絡み合いながら、5つの物語はひとつの物語として積み上がっていく。
いろいろな道から、立場から、歩み始めは別々でも、結局は山の高みへと導かれる。なるほど、たしかに山登りとはこうだよね、と思えてしまう。山登りと人生がちゃんとシンクロしていて、そのときそのときに考え、思ったことが積み重なって、いまがある。ここに立っている。押しつけのように強く書かれているわけでもないのに、しぜんとここに導かれていくのは、自然体、鈴木みきの成せる技なのかもしれない。
また、女性目線での山のこと。というか、山と出会った女性たちの生き様を何気なく表現できるのも、鈴木みきなんだと思う。長いこと山と向き合い続けてきたからこそ、「リアルなオンナゴコロ」を描き続け、等身大で書いているからこそ、スッと読ませる物語が書けるのだろうと。たとえば、ちゃんと大人の女性の恋心なんかも描かれていて、少しキュンとする部分もある。「ザイル・パートナー」の志村千穂の心情描写なんか、ついつい入り込んでしまうくらい。あの心の機微は、ホンモノだったりもするのかもしれない!? などと勝手に勘ぐってみたり……。
さらに、みきちゃんが書いているので当たり前なのだけど、安心して読んでいられるのは、山の描写がちゃんと山の人が書いたものになっていること。
「外はシンとして、ほんの少しだけ明け始めていた。間もなくすると、壁に刻まれた数々の侵食痕が浮かび上がり、その背後の空が、透明な白からペールブルーに変わるだろう。山と空の境界線が決まるまであとわずか。振り返ればすでに、森の奥には柔らかな光が差し込んでいる。そのオレンジ色が暖かそうで、思わず手を伸ばしたくなるが、30分もすれば、それは私にももたらされる……(「岩壁の向こう側」より)」
明け方のあの独特な、神秘的な空の色が変わっていく様を、目に見るように思い描けそうである。なんなら、その少し冷たい空気の熱量まで伝わってきそうだ。こういった表現は、長く山をやってきた人でないと、正確には書けないと思う。その点、みきちゃんにはまちがいがない。
そして、まったく別の感想になるが……なによりも嬉しいのは「本」であること。SNS、webの時代にあり、ここまでしっかりとした装丁本を編み出してくれたことに、少しの驚きと喜びがある。山系イラストレーターである鈴木みきに、小説を書かせ、本をつくる。正しく手に持ち、ページを捲れる文字だけの本。ハードカバーで見返しもあれば、扉の別紙挟み込み、栞紐も付いている。いまどきめずらしくはあるけれど、正真正銘の本づくり。この点、エイアンドエフもさすがだと思う。
本とは、少しのお金で人の頭の中を自由に訪ね歩くことができるもの、なんて小さなころから勝手に思ってきたけれど、実際に本の世界は無限大に広がっているし、自分の好きなジャンルも選び放題だ。だから、山が好き、山に行きたいと思う人なら、この本は存分に楽しめる。「オンナ」が前面に出ているが、男子も女子も関係なく、ぜひ手に取ってみて欲しい一冊だ。鈴木みきの『マウンテンガールズ・フォーエバー』は税別で1,700円。エイアンドエフから絶賛発売中なり。
『マウンテンガールズ・フォーエバー』
鈴木みき著
エイアンドエフ
1,700円+税
256ページ・ハードカバー
・岩壁の向こう側
・クライミングジム・シンデレラ
・幻の縦走計画
・ザイル・パートナー
・母がいた八ヶ岳