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あの外道クライマーに「スーパーアルパインクライマー!?」と言わしめた、若きクライマー高柳傑の素顔とは?

(2017.07.13)

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昨年、刺激的な山岳図書として話題を呼んだ『外道クライマー』(宮城公博著 集英社インターナショナル刊)。同書に、憎めない弟キャラの「スーパーアルパインクライマー」として登場するのが、高柳傑(たかやなぎ・すぐる)さん。この夏、新たに「ホグロフスフレンズ」に登録された、売り出し中の若きクライマーに話を聞いてみました。

 かわいらしいコンパクトカーは、外見とは裏腹に、雑多な生活道具と山道具で埋め尽くされていた。
「おはようございま~す」
 眠そうに目を擦るのは、アルパインクライマーであり山岳写真家の高柳傑さん。この2週間は愛車に寝泊まりし、瑞牆山でのフリークライミングに没頭している。少年のような痩身に樫の木のような前腕。身長は165cm、体重は57kg。ただし、登る課題によっては、52kgまで絞ることもある。

「1週間後、写真の現像のため、一度自宅に帰るのですが、それが終わりしだい、すぐここに戻ってくるつもりです」
 1日のうち、本気でトライできるクライミングは2、3本。指先の感覚を研ぎ澄ませる一方で、岩肌に磨き削られた指の皮をいたずらに消耗させたくない。岩を、自身を見極め、ていねいに登ることを心がけているという。

写真:高柳傑

「9月に未踏のインドヒマラヤに行くんです。それが終わったら、すぐにここに戻ってきて、登りこまないと……」
 高柳さんはアルパインクライミングにもっとも心血を注いでいる。とはいえ、一ヶ月の遠征で、フリークライミングの能力は著しく衰えてしまうという。こうして幾日も車中泊を重ねてフリーの技術を磨くのは、アルパインのためだけではない。とはいえ、培われたフリーの技術はアルパインに活かされる。磨き抜いたフリーの技術を駆使し、目指す山をアルパインスタイルで挑む間にも、その能力が衰える……そんな煩悶のうちにあるのが、クライマーという生き方であるらしい。

「帰国したら、ベストの時期の瑞牆を12月まで徹底的に登り、そこから4月まではウインタークライミングに移行します」
 昨年の冬は北海道で過ごし、礼文島でいくつかのアイスルートを開拓したという。春になるとふたたびフリークライミング。7~8月は富士山のガイドで資金を稼ぎ、9月からはやはりフリークライミング。さらには毎年、ひと月ほどは海外遠征を行なっているという。すると、写真はいつ撮っているのだろう……。
「そこが困ったところなんです。今はとにかく登ることに意識を傾けていて、8割がクライマー、残りの2割が写真家という感じです」

写真:高柳傑
 山との出合いは高校1年。それまで在籍したサッカー部を辞めると、近郊の山を歩きはじめた。
「幼少期に父に連れられハイキングをしていた……その記憶があったのでしょうね」
 その後もひとり、丹沢、八ヶ岳などへ。高校卒業が近づく頃には、離れがたいほど山に夢中になっていた。
「自分のペースでずっと山を登りながらできる仕事……そう考えて、山岳写真家になりたいと思ったんです」
 こちらの目を見つめ、真っ直ぐに言葉を紡いでゆく。写真の専門学校に入学すると、半年後に休学、カメラを持って南米へ。バックパックひとつで北上しがら、アコンカグア(6960m)に登頂。その後も北上を続けてアラスカのデナリ(6190m)へ。7カ月の旅で南北アメリカの最高峰に立っている。
「帰国して復学した頃、南アルプスに行ったんです。北岳バットレスを見て、かっこいいなあ、と」
 クライミングジムに行き、ネットや書籍にかぶりつく。あの壁をひとりで登るには、どうすればいいのか……。
「すごくへたくそだったんですが、自分なりに考えて、ロープソロで登ることができたんです」
 それまでひとりで登ってきたので、誰かに教わるという発想はなかったという。
「なので、今も先輩と登ると、自分の能力の低さに気づかされる。登ること以外でも、ビレイ点の構築やロープワーク、生活技術など、いたらない点を思い知らされます。ひとつひとつの動作のスピードも違いますし」
 今は仲間とロープを結び合うが、右も左もわからぬままひとり手探りではじめ、そこで得た経験には実感が伴っているという。
 これまでの会心の登山についてたずねると、アラスカのハンター北壁と即答する。
「ずっと狙っていたところだったので。とはいえ、もっとうまくできたんじゃないかと、反省することのほうが多いです」
写真:高柳傑
 この秋は、ふたりの仲間とインドヒマラヤへ。ここ数年、登るべき山を探していた。ようやく見つけ出した南壁は、おそらく未踏ではないかとほほえむ。
「とはいえ、未踏かどうかはあまり重要ではないんです」
 クライミングのおもしろさには、ふたつの要素があるという。ひとつはフィジカル的な困難の果てにある達成感、もうひとつは、高度を上げることで広がる景色。登りたい山はまだまだあり、一度の人生では登り尽くせない。たとえ、年齢を重ねてフィジカル的な壁がやってきても、思考を凝らすことで、山は無限に楽しめるはず――。
写真:高柳傑
「ずっと登り続けることで、ようやく撮れる一枚があると思うんです」
 こちらの意図を汲むように、写真について語り出す。そして、それは必ずしも、クライミングの技術を活かした、誰にもものにできないワンカットを撮ることではないという。
「誰かのような写真を撮ることはできても、その人自身にはなれない。やっぱり写真は感情表現のひとつなんです」
 クライマーとして充実した人生を送るだけでなく、写真家としても身を立てたい……少しだけ口ごもる姿に、正直さが表れる。なにかを得るために失うこともあるだろうし、ふたつの望みを抱きしめられることもある。もちろん、全部を失うことも。生きることは、教科書のように単純ではない。
「写真は内的表現ではあるけれど、目の前のなにかに触れて写し出すもの。だからこそ、クライミングを突き詰めることで、見えてくるテーマがあると、今は信じています」
写真:高柳傑

  • ROC SUMMIT 45
    今秋のヒマラヤ遠征にも持っていくという、クライミングに特化したバックパック。
    「軽くて強い――相反する機能を見極めた、頼れるパックです」

    LIZARD Ⅱ PANT
    摩擦に強く、伸縮性に優れた一着。
    「クライミングパンツで重要なのは、限界まで脚を延ばしたときの伸縮性。そこで突っ張らないのが、このパンツのよいところです」


動画提供:ホグロフス

【プロフィール】
1988年、神奈川県生まれ。高校時代に山に出会い、卒業後、写真家の道へ。アルパインクライミング、フリークライミング、ウインタークライミングと幅広い登攀を行なう。今秋、インドヒマラヤの未踏峰へ向かう予定。

取材協力:ホグロフス
(インタビュー/文=麻生弘毅)

 
 
ライター
Akimama編集部
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