- 山と雪
バックカントリーと食を愛する北欧のシェフが贈る料理本『SNOW FOOD』
2025.10.07 Tue
ふくたきともこ アウトドアライター、編集者
スウェーデン出身のシェフでありスキーヤーでもあるリンドル・ヴィンクさんが手がけたレシピ本『SNOW FOOD』が、日本語版として9月に発売された。ページを開けば、シェフがバックカントリーで過ごす一日をイメージした75のレシピがずらり。
雪山好きも料理好きも、そそられる一冊だ。
いい雪が降る日は、「朝はオートミールを食べてリフトに直行。午後1時まで滑り倒してから仕事に戻って、夜遅くまで料理をしていました。僕にとってスキーと料理はどちらも欠かせない日常です」とリンドルさん。朝、卵かけご飯をかき込んでスキー場へ!という滑り好きの日本人となんら変わらず、慌ただしくも楽しい彼の一日が目に見えるようだ。
著者のリンドルさんは、カフェを営業していた母親の影響で幼い頃から料理に興味をもち、若くしてスウェーデンの有名レストランで腕を磨くなど、数々のトップシェフの下で修業した本格派の料理人。その一方で、幼い頃からスキーに打ち込み、スイス・エンゲルベルクに暮らしていた時期は、午前中は雪山を滑り、午後からはレストランで料理を作るという生活を続けていたのだそうだ
バックカントリーで過ごす時間からヒントを得た料理の数々
出発前の朝や、バックカントリーの行動食、帰着後の夕食など、雪山で遊ぶ1日の時間軸でレシピが分類されている
さて、この本にレシピとして載っているのは、雪山に持っていけるランチや軽食、アフタースノーに山小屋で食べたい肉や野菜料理、締めのデザートまで幅広いラインナップ。スイスやスウェーデンの食文化で育まれた料理経験をもとにしたレシピは、どれも手順はシンプルだが、滋味深く身体に染みる味わいなのだと思う(食べたい!)。さらに、なるべくその土地でとれる食材を使い、地元の人との交流を大切にするスタンスも素敵だ。地ビールの醸造家との出会いや、伝統料理にまつわる小さなエピソードもコラムとして収録されていて、ただのレシピ本を超えた読み物として楽しめる。
なにより、他の料理本と一線を画すのは、その掲載写真だろう。おいしそうな料理の写真と同じ見開きに、リンドルさん本人や友人が滑るライディング写真や、雄大な雪山の景色が多数並んでいる。
こんな本がいまだかつてあっただろうか?
出版のきっかけはスウェーデンのガヴェル出版からのオファーだったそうで、エンゲルベルクに暮らしていた頃に『Powder Magazine』に載ったインタビュー記事を読んだ編集者から「一緒に料理本を作らないか」と声がかかったのだそうだ
見開きで写真を眺められる幸せ。雪山の写真も超一級のものばかりが収められている
何度も打ち合わせやワークショップを重ね、「スキーと食」を軸にしたユニークな一冊が完成した。あ〜これはいい雪を滑った日の夜に、骨太な赤ワインと一緒に食べたいやつですね……
いい雪とおいしい食を求めて日本へ?
そんなリンドルさん、まだ日本を訪れたことがないそうだが、料理人仲間たちの間で日本は今とても注目されているという。
「ストックホルムにいた頃、日本人の家族ぐるみの友人と一緒に暮らしていて、よく一緒にキッチンで料理の話をしました。だから日本の食文化には特別な興味があります。ちょうどその当時、ボキューズ・ドール(国際料理コンテスト)に向けた準備の真っ最中だったんですよね。ここ1年ほど日本は業界の仲間たちの間でかつてないほど注目を集めていて、個人的にもとても訪れたい国です。日本の料理シーンでどんなことが行われているのか、とても興味があります。滑りに行くなら、まずは白馬に行ってみたいですね!」
もし彼が来日することがあれば、パウダーで有名なリゾートだけでなく、日本人しか知らないような静かな雪山や、郷土料理を扱う地元ならではの名店もぜひ体験してほしいと思う。そして、同じように「滑りと料理」のふたつを愛する人たちとつながってほしい。たとえば野沢温泉の「ハウスサンアントン」でシェフを務めるアルペンスキーヤー片桐健策さんのように。あるいは八ヶ岳山麓で「Dill, eat life」を営むスキー/スノーボード好きの山戸浩介・ユカ夫妻のように。スキーから料理(あるいは料理からスキー)へと人生を切り拓いた人との出会いは、きっと最高のセッションになるだろうと思う(あわよくば立ち合いたい!)。
『SNOW FOOD』には、日本人には少しなじみの薄い食材や料理も出てくるが、それも含めてページを眺めているだけで何とも言えない幸せな気持ちになる。遠く離れた北欧にも、我らと同じように「いい雪とおいしい料理」を愛する人がいることに思いを馳せ、ページをめくるたびに心が温まる。スキーやスノーボードと、食べることに目がない人にとって、レシピ本としても写真集としても間違いなく家に置いておきたくなる一冊だ。
ご縁あってこの料理本の存在を知り、実際に現物を手にとってすっかり魅せられた。チャンスがあればリンドルさんの思いが詰まった一冊をぜひ隅から隅まで眺めてみて欲しい。

『SNOW FOOD ――雪山で遊ぶ日のレシピ』
リンドル・ヴィンク著/佐藤澄子 訳
6,200円+税
大型上製本 オールカラー
224ページ
発行元:2nd Lap
www.2ndlap.jp
