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長い旅路の果てにたどり着いた「シーゲル堂」。夢の国まで500マイル

(2017.07.25)

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神奈川県北部の小さな山々に囲まれた、「フジノマチ」に暮らす由なし事を、山岳写真家の三宅岳さんが、つらつらと書いていく都市近郊田舎暮らし系定点観測型連載「自然暮らし時々方々山(仮)」の第2回目。藤野駅前にある謎の店「シーゲル堂」が、長い旅路の果てにここへとたどり着いた理由とは・・・。 

 旅。様々な旅があるが、明るいばかりが旅ではない。暗く重い扉を無理やり押し開けて、あるいは押し出されてでも行かねばならなかった旅もある。
 帰るあてのない遠い遠い知らない町へ。
 PPMの名曲500マイルは、多くの日本人アーティストもカバーしてきた名曲として知られている。
 なかでも忌野清志郎の500マイルは、かすれながらも伸び上がる清志郎ならではの訳詞と唄声に縁取られ、哀切感と無情感に抱かれた旅の渦中に放り込まれてしまう、それはもうひとつの独立した曲のような名カバー。
 そして、この歌にはもう一人、特別格別な歌い手がいる。横山茂。彼が直立不動でステージに立ち、語るように歌った500マイルには、清志郎に勝るとも劣らぬ、非業と非情にはちきれんばかりの愛と慈しみの世界が、あふれにじみくすみ漂ってくるのである。
 え、横山茂さん。聞いたことないですか?

 藤野駅を降りる。コンパクトな駅前から、だらりと坂を下るとその正面に、面妖奇抜な看板を掲げた店がある。シーゲル堂である。
 その正面シャッターが開いていれば、それは限りなく運が良い証拠である。その運を逃さないように、ぜひ店内へ。といきたいところだが、一歩踏み込むその前に、このシーゲル堂、何のお店?ということぐらいは知っておいて損はない。

 横山茂の唄をはじめて聞いたのは、20年以上前。藤野芸術の家でのコンサート。ベレー帽をかぶった横山はアコーディオンの伴奏を背に、実に朗々とした声を響かせていた。それが、駅前の横山薬品のオヤジと知って、かなりびっくりしたのである。
 その前後、僕ら藤野在住怪しい面々の一部は、藤野は芸術の村といいながら、何の案内所もない、という話をよくしていた。で、行政がやらないなら自分たちで藤野の玄関口をつくっちゃえ、という無謀で楽しいなアイデアが湧いてきたのである。
 その話に、無理やり乗せたのが、あの歌うたいが店主を務める横山薬品。何といっても駅前の一等地ではないか。そして、穏やかな横山さん夫妻をまるで騙すかのように、話はみるみる進み「横山薬品改造計画」と正式に命名される。そしていよいよ店舗改装がはじまったのが1998年10月のこと。外装も什器も、心ある作家が手作りしたもの。今も外壁に大きく掲げられる看板繪は、絵本作家の西村繁男の作。外観のアウトラインは、緑のラブレターの高橋政行さんのスケッチが原案と記憶。作成も高橋さんの工房を利用。

 そして薬品店舗の一角に、在住作家のコーナーが誕生。その後、色々あって、横山薬品は店主シゲルさんの名前をもじって「シーゲル堂」となり、まさに藤野の表玄関になったのだ。この場所をきっかけに藤野に分け入ってきた人も少なからず。
 その一方、嗚呼悲しいことに横山さんはアルツハイマーを発症。
 ところがところが。直近の記憶が無くても、唄の思い出は過去の記憶倉庫にしっかりと格納されており、病を友にしながらの歌手活動が激化。アチラコチラに呼ばれて売れっ子状態になってしまったのだ。
 実は、薬屋店主と言うのは彼にとってはいわば仮の姿。岡山で育ち満州に渡り捕虜となりシベリアで抑留。その間に慰問団を結成して、捕虜の中を歌い歩く。帰還後、小さな歌舞団を結成し労働運動の現場などで唄を歌い、時に官憲に追われ。やがて、秋田に生きる場を探し、それが現在も続く「わらび座」になった。こうして歌い踊る日々。当時、国賓待遇で旧共産圏からご招待をうけ、毛沢東・ホーチミン・金日成に会っていたというから、目玉が飛び出るほどびっくりだ。
 しかし、座の代表ではあったが、何かがあって、夫婦して静かに座を離れた二人。いつしか藤野の駅前でちんまりと薬屋を営んでいたのである。そんな来歴を知ったのも、改造計画がはじまってからのことであった。
 その茂さんが500マイルよりもさらに遠くに旅立ちすでに五年。
 彼が残した唄声「わたしは地球(ここ)にいる」は、一回だけ再プレスしたCDだが、それもすでに完売。最後の一曲はオリジナル曲だが、それ以外はカバー曲。とにかく僕の愛聴盤。しかし、残念ながらシーゲル堂に行ってもすでに売り物がない。ただ、もし運が良ければ据え置きのラジカセであの500マイルを聞かせてもらうことはできるかもしれないが・・・。
 そして、その後も店舗を守ってきた奥さんのカコちゃんも、年には勝てず、最近では店を閉じることも多い。現在店を守るのは、仲間達。とはいえ、おもに開けるのは土日のみ。そして暑い8月は休みになってしまうかも。
 とはいえ、おそらく、この原稿が掲載される週の終わり。7月最終の土日は、開いているはず。なのです。
 というわけで、「フジノマチ」という幻への入り口、シーゲル堂。
 今がおそらく最後の旬であります。(なんて言ってからずーっと続くことを願っているのだけれどもね)

 
 
ライター
Miyake Gaku

(みやけ・がく)写真家。1964年生まれ。東京農工大学環境保護学科卒業。自然と芸術の町・藤野町牧野(現在は相模原市)に暮らし、山や自然を中心に撮影を続ける。これまでに多くのガイドブックなどを執筆撮影するいっぽう『山と溪谷』や『岳人』をはじめ山岳雑誌などで活躍中。

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