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文明は人の身体から何をうばうのか。「東南アジア狩猟採集民の生活と子どもの発育発達」が千代田区で開催中

2019.03.28 Thu

藤原祥弘 アウトドアライター、編集者

 東京・千代田区の大妻女子大学博物館で「東南アジア狩猟採集民の生活と子どもの発育発達」と題した特別展が5月18日まで開催されている。

 展示の中心はミャンマーの海に暮らす狩猟採集民とタイの山岳民族の生活と文化。とくにミャンマーの狩猟採集民の研究は、長く軍事政権によって研究の門戸が開かれなかったために、世界で初めて一般に公開された資料も多い。

「人類が定住を始める前の移動的狩猟採集社会から、定着的狩猟採集社会、農村的村落社会、産業社会までをいちどきに見られるのがこの地域の特徴。人類の1万年ぶんの生活様式の変遷を見られるのは、おそらく世界でもここだけではないでしょうか」

 とは、今回の展示を企画した人間生活文化研究所所長の大澤清二博士。

 大澤博士が調査の対象としてきたのは、アンダマン海で航海しながら暮らす「サロン」と、国策によって現在定住化が進められているタイの「ムラブリ」。サロンについては軍事政権の時代から、彼らを追い続けてきた。

「アンダマン海の漂海民は『モーケン』という呼称が有名ですが、タイのモーケンは文明化が急激に進んでいます。その点でモーケンと同根のミャンマーのサロンは今も航海しながら暮らしています」

「サロンの調査を通じて知ったのは、彼らが無計画に旅する漂海民ではなく、計画的に旅をする航海者であること。数家族が作るグループが、一致して旅を続けるんです」
サロンの漁具。一本銛、トライデント、ギャフなど。 左は竹を使った弦楽器。右は水中眼鏡と靴にプラスチック板を貼った足ひれ。
 大澤博士の専門は、文化が身体の発達に与える影響。計測機器を持ち込み、民族ごとに身体形質や運動能力などの違いを記録し続けてきた。

「サロンの人々は視力が発達しており4.0という人もいる。また、裸眼でも水中ではっきりものが見える。サロンは角膜と水晶体の屈折率が大きいのです。環境が人の能力を引き出した例ですね」浮かんで休憩するサロンの子ども。

 タイの山岳地帯に生きるムラブリについては、その生活や文化は長い間謎に包まれていた。

「私も長い間タイの山岳地帯に通いましたが、ムラブリが定住を始めるまでは遭遇することができませんでした。現地の言葉でムラブリは『ピートンルアン』と呼ばれます。日本語に訳せば『黄色の葉の精霊』。移動しながら暮らす彼らは、その場の材料で小屋掛けし、小屋が古びる頃には次の場所へと移動します。小屋掛けに使われた葉が黄色くなる頃になって、そこにムラブリがいたこと初めてを知る。それほど遭遇が難しい民族だったんです」と、大澤博士。原寸大で再現されたムラブリの小屋。

 森林の開発によって、これまでの移動的狩猟採集生活が営めなくなったムラブリは、現在定住化が進められている。今回の特別展では、彼らが移動をやめる前に使っていた火打ち鉄なども展示されている。

 移動的狩猟採集社会を営むサロン、移動的狩猟採集社会から定着的狩猟採集社会へと移ろうとしているムラブリに加えて、ミャンマーの山岳地帯に暮らす「カヤン」の使う道具や生活も紹介されている。

 カヤンはいわゆる首長族。カヤンの女性には真鍮のリングを身につける習俗があり、成長とともに延長されるリングによって矯正され、頭や首が変形していく。日本ではなかなか目にしないこのリングの実物や、カヤンの織物なども展示されている。カヤンの首飾り。実際に手に取れる。
原始的な機織り機なども展示。

 これらのメインの展示と合わせて、期間中は博物館のバックヤードも解放。ふだんはなかなか目にすることのない、研究者がフィールドワークに使う機材などを見ることができる。

 テントや使い込まれたスーツケースと一緒にずらりと並ぶのは「数十年前の最新鋭機」。フィルムカメラやレコーダー、パンチカードなど、実際の調査に使われてきた機械は、道具そのものが調査の歴史の資料となっている。

 4月20日は大澤博士による「将来の日本人の身体はどうなるのか 狩猟採集民、山地民の生活から日本人の未来を予想する」という講演会も予定。

 人類学や民族学に興味がある人はもちろん、狩猟や野外活動、服飾に興味がある人も楽しめる展示になっている。

東南アジア狩猟採集民の生活と子どもの発育発達
文明は人の身体から何をうばうのか

場所:大妻女子大学博物館 東京都千代田区三番町7−8
03-5275-5739
開館時間:10:00〜16:30
休館日:日曜
入館料:無料

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