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【読み物】登山道整備に情熱を傾ける〜藤 このみさん〜 [前篇]

2021.01.25 Mon

林 拓郎

林 拓郎 アウトドアライター、フォトグラファー、編集者

 登山道とは、自然という大海に突き出した桟橋のようなものです。山はそれだけでは雄大かつ手厳しいため、近づくことさえできません。けれど登山道があることで人は計画を作り、散策を楽しみ、美しい風景や素晴らしい環境に感動し、迷うことなく安全に帰ることができます。登山道があることで、人はちょっとだけ山に触れることができます。

 

 しかしその登山道には整備が必要です。整備を怠ると雨水に侵食されて道そのものが荒廃するだけでなく、土壌が流出して周囲の植生にも影響を与えかねません。登山道を作るということは少なからず自然に傷をつけることになります。だからこそ、その傷をそれ以上広げないような手当を続けていくことは我々の責務です。

大雪山の登山道の多くは、人が歩くことで土がねられ、泥濘化しているところが目に付く。そうした道は雨が降るたびに土壌が流出していく。

 良し悪しは別にして、国内の多くの山では登山道の整備は山小屋の管理人さんや山岳会など、さまざまな個人・団体が担っているのが現状です。中には自発的に、中には道の管理者からの委託を受けて、時にはボランティアで、時々は仕事として。しかし北海道の現状は、少々違っています。

 理由は明確です。第一に営業小屋がほとんどないため「山小屋の管理人さん」となるべき人がいないことです。次に一年の半年以上を雪に閉ざされるため、継続的な整備ができないこと。そしてこれは自然が豊かというメリットにも繋がりますが、登山道自体が山深く町から遠いため、作業そのものが容易ではありません。付け加えるなら北海道は人口密度が低く、登山道の利用者自体も少ない。勢い、整備のための予算などもつきにくいのが現状です。

旭岳の登山道。第一天女ヶ原に至る木道は朽ち果てて、すでに木道としての体をなしていなかった。

 そんな背景もあって、北海道の登山道はどこもかなり荒れてしまっています。しかも公的にその登山道を修復する人も少ないというのが実情です。現在は登山道修復を活動の一つとする複数の民間団体や山岳会が、わずかな公的資金や有志からの援助をベースに活動している、というのが実態です。

 こうした中、北海道中央部の大雪山・旭岳で、ひとりの女性が登山道整備に情熱を注いでいます。

 藤(ふじ)このみさんは山梨県出身。デザイナーで木工作家だったお父さんの影響で、小さな頃からものづくりには親しんでいました。けれどもっとも影響を与えたのは、幼少の頃にお父さんが「自力で家を建てたい」として、山梨の山岳地に引っ越したことです。クラフトと山がちな自然に囲まれて育った藤さんは、工房と山が遊び場となりました。やがて北方圏の自然環境に興味を持った藤さんは北海道の大学に進学。そうした中で旭岳の自然保護監視員という仕事に巡り合ったのだそうです。


旭岳登山道の修復を進める藤このみさん。160cm少々と小柄ながら、重い木材も平気で抱える。

 

個人で国立公園の登山道を補修する

—— 旭岳自然保護監視員というのはどんな仕事ですか?

藤:旭岳にある「姿見の池園地」の巡視と、お客さんへの安全喚起や園地利用のレクチャーが主な任務です。NPO法人が行政から委託を受ける形でおこなっています。

—— その中で登山道整備も進めているわけですね?

藤:いえ、それはまた別な活動で、私が自分でやってることなんです。監視員になったのは10年ほど前ですが、その頃のリーダーの方が巡視をしながら、傷んだ登山道を少しずつ直していたんです。それを見て、面白そうだなぁと思っていました。

—— 道を直すのが、ですか?

藤:そうですね。一応監視員も登山道補修っていうのは業務のうちなんです。あくまでも軽微なものですけどね。

—— 国立公園内では、道の補修にも許可がいるものだと思っていました。

藤:管理者が設定されてる場所での軽微な補修なら、監視員は手続きなしでできるんです。「姿見の池園地」は管理者が北海道に設定されているので、臨機応変に進めることができます。だけど園地の外で、ここは変に水が流れてて次に雨が降ったら崩れそうだなとか、この石は踏むと危ないなとか、そういう現場を目にすることは多いんですよね。だったら監視員がそういうものを直したほうが話は早いなと思ったんです。多分その頃からなんですが、直すことだけじゃなくて、どうやって直したらいいかなっていうのを考えるのが楽しかったんですよ。たとえば昔の登山道は階段を作る時でも木の杭を打って、土が流れないように材木で壁を作って、っていうのがあるんですけど。材木の表面は滑らかなので雨水の水流が早くて、どうしても土壌を侵食しやすいんですよね。そもそも自然の中には材木みたいに真っ直ぐで滑らかななものなんてないわけで。だったら落ちてる木とか石とか、自然にあるものを上手く組み合わせてやったほうが良いこともあるんじゃないかと思ってます。

—— 今も旭岳自然保護監視員ですか?

藤:監視員も続けていますが、「旭岳トレイルキーパー(https://www.asahidaketrailkeeper.com)」っていう屋号を掲げて、自分の休みの時間を使って登山道整備を個人でやっています。でもその実態は石を運んだり土を掘ったりなので、ほぼ土木作業です。なので自分では自分のことを「旭岳土木作業員」って呼んでます。

—— えと、登山道整備を個人で進めているんですか?

藤:はい、そうです。

藤さんに、今一番欲しいものは?と尋ねてみた。答えは「時間」。「一日が48時間あったら、山のずっと奥まで歩いていっても、作業する時間がじゅうぶんにとれるような気がします」

—— 失礼ですが女性が個人で登山道整備を、しかも土木作業と揶揄するほどの仕事に取り組んでいらっしゃる。何が藤さんをそこまで駆り立てるんでしょう?

藤:何ですかね。でも自分が登山道を直すことに興味があって山が好きだったら、多分みんなやるんじゃないでしょうか?

—— そんなことはないと思いますよ(笑)

藤:私は小さい頃から山がちなところに住んでいて、中学生の頃にはひとりで裏山の山頂に遊びに行ってたんですよ。だから山に行けないと困るくらいの感じで、生活の中に山があるのが当たり前だったんです。旭岳の自然保護監視員を選んだのも、毎日山に行ける、 山の近くで暮らせるっていうのが最大の理由だったんですよね。そういうのもあると思うんですけど、やっぱり私にとっては山が傷んでいくのを黙って見てはいられない、っていうところがあるのかもしれないです。

—— とは言え、先程の話にあったように旭岳は大雪山国立公園の中にありますから、基本的には石一つ動かすにも勝手にはできないですよね。

藤:はい。ですからそのあたりは環境省の方と連携しながら、補修したい箇所と補修方法を申請して、許可を出していただきながら進めています。親身になって相談に乗っていただいて、とても助かっています。

—— 個人と行政が連携している、ということでしょうか?

藤:そうですね。なにしろ登山道の整備は結果が出るまでに数年単位の時間がかかることもあって、正解と不正解の見分けがものすごく難しいんです。かといって悩んでいるうちに台風が来たら、あっという間にとんでもない荒れ方をしてしまうことがあります。私は登山道の中を流れる雨水の管理が、登山道整備の中でもすごく大事な要素だと思っています。道があったとして、その中を流れる雨水を外に出す『導流工(どうりゅうこう=土砂や雨水などを下流側に安全に流す施設)』はどこにどういったものを、どんな材料を使って作るべきなのか。そうした早い判断と早い施工が必要な箇所は、フットワークを活かせる個人が力を出しやすい部分だと思います。でも逆に規模の大きな修復やお金のかかる登山道補修は個人の力ではできません。実は今回、東川町の大雪山国立公園保護協会っていうところからの委託をうけて、比較的大掛かりな木道の整備を進めることができたんです。ああした事業は行政との連携がないと成り立たなかったと思います。

 

 本来すべての登山道には管理者が設定され、道の維持補修を行うのが理想です。しかし、登山道の中には現在の行政システムができるずっとずっと前から、山岳信仰などの文化を背景に、人々が歩いているうちにできたものもあります。そうした道は未だに管理者の設定がされていないものもあり、補修をしようにも法的な手続きそのものが前に進まない例もあります。
 幸いなことに大雪山国立公園のうち、旭岳・御鉢平周辺から十勝岳連峰までの表大雪と呼ばれるエリアでは、多くの道に管理者が設定されています。しかしそれらは国や北海道といった規模の大きな行政機関です。そして大きな行政機関では、現場の状況を細かく把握しきることは難しくなります。
 その意味で、鍵を握るのは市町村といった小さな行政機関でしょう。こうした行政は顔の見えるコミュニケーションを保つことができるため、民間とも細かく連絡を取り合いながら現状を把握し、大きな行政機関との連携をスムースに進めることができます。
 汗をかいて登山道を直す、藤さんの姿を町のみんなが見ていた。民間も行政も隔たりなく、山に触れ、意見を交わしていた。そのことがスムースに事業を動かし、今回の木道整備につながっていったのです。

後編に続く

林 拓郎

林 拓郎 アウトドアライター、フォトグラファー、編集者

スノーボード、スキー、アウトドアの雑誌を中心に活動するフリーライター&フォトグラファー。滑ることが好きすぎて、2014年には北海道に移住。旭岳の麓で爽やかな夏と、深いパウダーの冬を堪能中。

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