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パタゴニア プロビジョンズに日本酒がラインナップした背景

2022.04.10 Sun

林 拓郎 アウトドアライター、フォトグラファー、編集者

Photo:Taro Terasawa ©2022 Patagonia, Inc.

 
プロビジョンズはパタゴニアの食のコレクション。これまでに穀物やビール、醸造酒、シーフード、スープ類、調味料、スナックなど7カテゴリーでの食品を展開している。

 2021年、このプロビジョンズに日本酒が加わった。日本の食品がラインナップしたことはシンプルに喜びだが、その理由やいきさつを知ることは、日本酒という馴染みのある文化を通してプロビジョンズを理解することにつながるのではないか。そう考えて、パタゴニア プロビジョンズ担当者にお話をうかがった。

 

パタゴニア プロビジョンズが目指すもの

 パタゴニアはアウトドアアパレルを中心に扱うメーカーだが、それだけにはとどまらない。創業者のイヴォン・シュイナードはこうも考えている。

「新しいジャケットは5年か10年に一度しか買わない人も、一日三度の食事をする。我々が本気で地球を守りたいのなら、それを始めるのは食べ物だ」

 この言葉の焦点は食品そのものではなくその先にある農業のあり方と、そこからつながる環境問題全般にある。

 食を支える農業は地球環境に大きく影響を与えている。利益と効率を最大化する工業型農業は土壌を使い潰しながら成り立っているし、大規模農業による温室効果ガスは世界中で排出される量の25%を占めるとも言われている。

 だからこそパタゴニアは、長期的に地球環境を健全に保つことができる農業形態への見直しが必要だと考えている。未来につながる農業とは健全な土壌を作り上げながら、作物を育てることで二酸化炭素を固定し、土壌の生物多様性を促進し、化学肥料や農薬の使用量を抑えて効果的な穀物生産をめざすことだ。

 こうした環境改善につながる農法に、現代社会の中で継続性を与えるためにプロビジョンズは生み出された。食べるという根源的な行為の中に、問題解決のいとぐちを見つける。つまりプロビジョンズは僕らひとりひとりが当事者となり、環境を守ることにつながる理想の農法を支えていくアクションなのだ。
寺田本家で使用する酒米には農薬や化学肥料を一切使っていない。土を作り、水を管理し、手をかけることで健康なお米ができるよう気を配っている。©寺田本家

 

寺田本家の伝統的手法

 寺田本家は300年以上続く千葉県の造り酒屋。日本酒は米を醸して作ることはご存知の通りだが、効率的で安定した品質を保つためには、ある程度規格化された麹菌が求められることがある。そのため、現代では外部から清酒用麹菌を持ち込んで使うことも珍しくはない。

 しかし寺田本家では酒蔵の中に長年住み着いている、この蔵ならではの麹菌のみを使用している。さらに原料となる酒米「美山錦」は地元の農家と手を組んで農薬や化学肥料を一切使わずに育てられたものだし、水は樹齢数百年の森に囲まれた神社の麓にある井戸から汲み上げている。

 さらに可能な限り機械化を避け、人の手をかけることで、乳酸菌や酵母がはたらきやすい場を整てきたという経緯もある。

 できることに精一杯愛情を注ぎながら、ここでしかできない味わいを求める。それが代々受け継いできた寺田本家の手法だ。

作業はほぼ人の手で進められる。機械にまかせるのは早くて効率がいい。しかし麹菌の状況を読みとり、状況に合わせて混ぜたり揉んだり、温度を調整するためには、発酵過程の微妙な変化を感じ取る必要がある。そうしたときには、人間の手作業のスピードが適している。©寺田本家

 実はこうした姿勢は知る人ぞ知るものとなっていた。パタゴニア日本支社のスタッフの何人かは、寺田本家との取り組みが決まる前からその酒造りの考え方に共感しており、プライベートで作業のお手伝いに行くこともあったそうだ。

 最初から、寺田本家とパタゴニアとは同じ地平を見すえていたとも言えるだろう。

 

消費で産地を支える

 ワインの味が生産地や生産年によって変わることはよく知られている。これはとりもなおさず、醸造酒が生産地の影響を大きく受けることをあらわしている。栽培する品種や農法、水、気候、人の手の関わり方。そうしたすべてが味につながる。その意味で醸造酒は産地の特性をダイレクトに反映しており、消費が産地の農業を直に支えることにつながる。

 パタゴニアではこうした考えから醸造酒としてワインと日本酒をプロビジョンズに取り入れた。

 ちなみにプロビジョンズにどんな醸造酒を取り入れ、どの製品を採用するかはすべてアメリカのパタゴニア本社で選定される。もちろん最大の選定要因は味であり、その製品がいかに生活を豊かにしてくれるか、にある。環境につながる農法や製造方法をとりいれた素晴らしい製品であっても、それがユーザーに受け入れられなければ、ビジネス上の継続性を得ることはできない。

 味がよく、環境を大切にしながら、手間を惜しまず産地の魅力を伝える。そうしたいくつもの条件をクリアした候補の中に、寺田本家の自然酒「五人娘」があったことは、パタゴニア日本支社のスタッフにとっても大きな驚きであり、喜びだったそうだ。

 伝わる人には伝わる。見ていた地平は、日本もアメリカも変わらなかったのだ。

現在、パタゴニア プロビジョンズでの醸造飲料は日本とアメリカで展開されている。寺田本家の「五人娘」は多くの人に幸福感を与えながら、未来の農業に対する考え方や産地の魅力を伝えるきっかけになるだろう

 

麹のチカラに満ちた酒

 こうしてプロビジョンズにはじめて、日本酒が加わった。その味はと言えば、流行の淡麗辛口とは真反対。シャープでキレのある味わいが舌を包んだ後に、麹の甘みを含んだ深い香りがどかんと鼻孔を突き上げる。まさに腰が入った、と言いたくなるパワフルさなのだが、これは開封直後の印象だ。自然酒は封を切って時間が立つごとに味わいが変化する。数日でキレのある飲み口はまろやかな爽やかさに変わり、鼻孔を突き上げた香りははんなりと立ち上るものに軟化した。

 この変わりようこそが、生きた麹の力であり、自然のままの醸造酒の魅力なのだ。事実、2021年と2022年には2度の醸造が行われたが、一度目と二度目では味わいも変わったという。

 日本酒は季節商品のため、プロビジョンズ初年度となった2022年度の仕込み分は在庫がなくなり次第販売終了となる。次の仕上がりは2022年冬となるが、間違いなく次の五人娘も、力のこもった豊かな味わいになるだろう。年ごとの微妙な味の違いをききわけることもまた、プロビジョンズの根底に流れる、産地を楽しむ豊かさにつながるのだ。

 ちなみに。寺田本家がプロビジョンズに提供する五人娘はパタゴニア日本支社仕様となっている。その原料にはコウノトリ育む農法で栽培したコシヒカリを掛米として使用しているのだ。酒米ではなく食用米を使うことで旨味を深める。同時に寺田本家が、コウノトリ育む農法という新たな取り組みを支えることにもつながっている。

 こうした環境保護の連鎖とも言うべき取り組みを日常生活に取り入れる機会を作り上げる。そのことこそ、プロビジョンズが目指す次のライフスタイルなのだ。

 
■パタゴニア 五人娘(寺田本家)/容量:720㎖ 価格:1,650円
https://www.patagonia.jp/gonin-musume-terada-honke/PRZ01.htm

 

パタゴニア プロビジョンズについての詳細はこちらへ
https://www.patagoniaprovisions.jp

林 拓郎 アウトドアライター、フォトグラファー、編集者

スノーボード、スキー、アウトドアの雑誌を中心に活動するフリーライター&フォトグラファー。滑ることが好きすぎて、2014年には北海道に移住。旭岳の麓で爽やかな夏と、深いパウダーの冬を堪能中。

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