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【インタビュー】大久保青志(フジロックNGOヴィレッジ村長)リアルな空間から届けられるメッセージ。

2021.08.07 Sat

菊地 崇 a.k.a.フェスおじさん

菊地 崇 a.k.a.フェスおじさん ライター、編集者、DJ

 フジロック・NGOヴィレッジの村長を務める大久保青志さんが、この春に上梓した。タイトルは『フェスとデモを進化させる』。80年代にアトミック・カフェ・フェスティバルを立ち上げ、音楽の現場からメッセージを発信し続けてきた。70年代から現在、そして未来に繋がっていくフェスのあり方とは何か。

––– 『ロッキンオン』の立ち上げメンバー、内田裕也さんのマネージャー、社会党の委員長を務めた土井たか子さんの秘書、都議会議員、そしてフジロックのNGOヴィレッジの村長。大久保さんは多様な経歴をお持ちです。
 出会った人たちに恵まれていたということなんだと思います。大学時代に文化祭でアーティストのライブを企画したんです。大学の中がつまらないから、おもしろいことをやろうという思いだけでしたね。そこで、安全バンドや頭脳警察、四人囃子などと知り合いになって。『ロッキンオン』では営業の仕事をして、日本のロックの紹介記事を書いていたんだけど、どうも現場のほうが好きなんだと。それが今につながっているんじゃないですか。

––– 四人囃子は今年のフジロックに出演します。四人囃子にはどんな思い出がありますか。
 四人囃子は、単純なロックンロールでもなく、ハードロックでもヘビメタでもなく、70年代の初頭の洋楽ロックに比べてもすごく緻密に音楽を作っていて、例えばピンク・フロイドを聞いた時と同じような衝撃を受けたんですね。それで応援したいと思ったんです。新宿にサブマリンっていうロック喫茶があったんだけど、そこに集まっていた仲間が、「四人囃子っておもしろいからやろうよ」っていう話になって。それで四人囃子を専門にするライブ制作グループを作ったんですね。

四人囃子:1971年結成。日本のロック名盤の一枚として国内外から高い評価を得ている『一触即発』で74年にメジャーデビュー。1979年に活動を休止。90年代以降は断続的にライブを続けている。フジロックに出演するスピンオフ・四人囃子は、四人囃子オリジナルメンバーの岡井大二とバンドのフォローワーを自認するミュージシャンによって企画された四人囃子ナンバーをステージパフォーマンスするセッション。8月20日のフィールド・オブ・ヘブンに出演する。

––– アトミック・カフェは、そもそも映画の上映運動だったのですか。
 アメリカに『アトミック・カフェ』というブラックユーモアに満ちた反核の映画があって、日本でも上映しようという動きになり、一緒にスタッフになってくれないかと声をかけてもらったんです。それが日比谷野音でのフェスへとつながっていったんですね。80年代の前半は米ソ対立が厳しくなって、核戦争がリアリティを持っていた。世界的な反核運動もあって、日本でも82年夏に代々木公園で集会が開かれたんですよ。個人的にはそれをきっかけに、なんとなく反核運動にも参加しだしたんです。

––– それはどういう思いがあったからですか。
 高校時代から、ヘルメットをかぶってデモに行ってたんですね。高校、大学時代はベトナム反戦。80年代は反核。そういう運動に参加することで、なんとか世の中が変わればいいなという思いがあったんでしょうね。

––– 70年代から80年代のアメリカやヨーロッパでは、ミュージシャンも反核に声をあげていました。
 ジャクソン・ブラウンとかね。グラストンベリーフェスも、CND(核軍縮キャンペーン)支援がひとつの目的で行われたフェスでしょ。音楽と社会、特にロックは社会と結びついているわけだから。イギリスには階級社会があって、その反発としてのロックの存在があって。社会性を持つことは当たり前のことなんですね。

1951年生まれ。フジロック・NGOヴィレッジ村長。20歳で渋谷陽一らと『ロッキング・オン』を創刊。在社中に内田裕也のマネージャーに抜擢された。84年には音楽と政治を融合させた「アトミック・カフェ・ミュージック・フェスティバル」を主催。89年には東京都議選でトップ当選を果たした。

––– 84年に日比谷野音で1回目のアトミック・カフェ・フェスティバルが浜田省吾さんや尾崎豊さんが出演し開催されました。
 快く出てくれた方もいたし、参加したくないという方もいました。賛同してくれた方は少数でしたね。今は俳優でもお笑い芸人でもミュージシャンでも、自らの意志で表明している人はいっぱいいるけど、当時は社会や政治に対して何かを言ったりすることは必要のないことだという雰囲気もありましたから。

––– 今のほうが、発言するアーティストが少ないような気がしていましたけど。
 今も多くはないけど、昔のほうが壁が高かったんじゃないですかね。

––– チェルノブイリで原発事故があったのが86年でした。
 今は核戦争のリアリティが低いですよね。チェルノブイリがあり福島があり、原発事故のリアリティのほうがはるかに強い。チェルノブイリの放射能が、日本のお茶をはじめ、様々なものを汚染した。食べることを通じて、核に対するアレルギーがより大きくなっていったと思います。80年代はお母さんたちの反対運動がすごく強かったですから。

––– ヨーロッパから輸入されるものは食べないとかありましたね。
 福島原発事故から10年経って、運動はだいぶ小さくなっているけれど、福島以降も放射能を子供たちの体に入れないという動きは広がっていると思います。例えば世田谷区では、東日本大震災以降に保坂展人が区長になって、多くのお母さんたちが給食の食品の放射線量をしっかり測定するという運動があって、それに応える形で世田谷区としてもちゃんと測定した安全な食品を給食にするということになっていますから。

––– 原子力の知識だったりが、少しずつひとりひとりの意識の中に入り込んで、広がっているのかもしれないですね。
 世論調査によると、7割の人が原発がなくてもいいという数字になっています。原発に代わる再生エネルギーの話もあるにはあったけど、それが浸透しなかった。大衆化していなったし、産業としても成り立っていなかったということじゃないかな。太陽光、風力、水力といった再生エネルギーで、原子力がなくとも日本の経済は回るんだということをリアルに示せていなかったのが、80年代から90年代の運動だったと思う。

今までの自分の体験を綴った『フェスとデモを進化させる』(イーストプレス)を今年4月に上梓。日高正博(フジロック)、津田大介(アトミック・カフェMC)との特別対談も掲載されている。

––– フジロックではNGOヴィレッジの村長も担っています。
 グラストンベリーフェスのように、政治的社会的な団体がそれぞれ出展して、それぞれの主張を参加者に訴える場所があるといいよねっていう話をスマッシュの日高と話していたんです。当初は出展という形ではなく、ステージからのアピールからのスタートでした。

––– その場所があることで変わってきたことはあると実感していますか。
 フジロックの来場者は1日4万人で、NGOヴィレッジに立ち寄ってくれる人はその10分の1の1日数千人という数字ですけど、それだけ多くの人がブースから発信していることに気づいてくれる。NGOの人が集会でアピールするとしたら、そこに紐付いているというか、すでに理解している人たちだけへのアピールで終わってしまう。ある種の限定的な空間にしかアピールできない。フジロックの場合はそうじゃないからね。関心がない人、ある程度の関心を持っている人、すごく関心がある人。ひとつの問題に対しても思いは様々で。フジロックは自然との共生というコンセプトのもとに苗場で開催しているわけで、フジロックの成り立ちや社会性を持っているということでも、NGOヴィレッジは成立しているんだと思う。

––– 東日本大震災以降は、アトミック・カフェもフジロックで復活することになりました。
 そもそも、日比谷野音でアトミック・カフェ・フェスをやった時の制作がスマッシュだったの。ビリー・ブラックとか、イギリスのアーティストの招聘もスマッシュがやってくれたし。2011年まではNGOヴィレッジとして社会性のあるスペースをフジロックで作っていたんだけど、福島原発事故があって、ライブイベントとしてアトミック・カフェを復活させようっていう話になったのね。それでライブとトークの企画をはじめたんですよ。2年目からトークは津田(大介)さんに進行役をやってもらって。ライブだけじゃなくて、トークによるコミュニケーション。いろんな社会的な問題についてゲストを呼んでトークセッションした方が、フジロックの参加者にダイレクトに届くのかなと思って。共感しているのか、反感を持っているのかわからないですけどね。極端な例では、フジロックに政治を持ち込むなみたいな話になったこともあったし。

––– ロックに政治を持ち込んで何が悪いんだっていう気持ちがあります。
 フェスに政治を持ち込むななんてことを言っているのは、ロックの嫌いな人、ロックを理解していない人かなって思っていましたけど。ロックでいろんな表現をする。ラブを歌ってもいいだろうし、日常の些細な出来事を歌ってもいいだろうし、社会に対してメッセージをしてもいい。ロックっていう音楽は自由だから。持ち込むなって思うことも自由だけど、俺たちはそうじゃないんだよっていうことを理解してもらえるとうれしいですよね。

––– NGOヴィレッジは、大久保さんが長きにわたって経験してきたことを若い世代にも伝える場にもなっていると思います。
 フジロックのNGOヴィレッジやアトミック・カフェだけではなく、新しい文化、音楽文化による社会的なメッセージの場をもっと広げていければと思っています。オンラインも浸透してきて、リアルにライブをやるだけじゃなくて、他の方法でも伝えられるわけだから。リアルな部分を大切にしながら、様々な発信方法で広げてもらえれば。

––– 思いはリアルな場の方が伝わるはずですよね。
 リアルがなくなってしまったのでは続かないと思います。やっぱり心と心が通じないと感動も少ないわけだし。

––– 今年のトークには経済思想家の斎藤幸平さんが出演なさいます。
 斎藤さんに出演を依頼したのは、ポストコロナと気候クライシスの社会システム転換というテーマで積極的に発言されていたことが理由です。昨年も出演を予定していて、『人新生の資本論』が何十万部も売れるとは思っていませんでしたので、今年の出演は、的を射るトークになると期待しています。

––– 今年の苗場で、どんな空間を作っていきたいですか。
 まず密にならない空間をどうフィールド全体で作っていくか。今年のNGOヴィレッジとアトミック・カフェのテーマは「気候クライシスとフクシマ事故から10年」なんです。様々な制約があるフジロックです。そのなかでフジロックのソウルを絶やさないというメッセージも発信していければと思っています。


(人物写真=須古 恵)



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