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【特別ガイドルポ】稜線に残された、ツンドラの大地へ ━━ 北海道・トムラウシ~旭岳縦走記。vol.01

(2018.07.06)

登山のTOP

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 始発に飛び乗り、飛行機と電車を乗り継いで、JR石勝線の新得駅に降り立ったのは、午後もなかばになろうかという時間だった。季節は夏本番の7月末、ぎらぎらと照りつけながらも、どこかはかなげな印象を持つ北国の太陽が、足の長い影を落としている。さっそく登山口となるトムラウシ温泉へ。車が林道を抜けてゆくと、傍らの草むらでは、キタキツネの兄弟がじゃれあっていた。

 翌朝は3時に目を覚ました。早くも東の空がほころびはじめ、夜明けが訪れようとしている。身支度をすませると、源泉がもうもうたる湯気をあげるなか、5日分の装備と食料、そして憧れを詰めこんだザックを背負って歩きはじめた。周囲の森では、ツツドリがぽぽぽと唄い、朝の到来を告げている。
前トム平を越え、ようやく全貌を現したトムラウシ山の美しい山なみ。旭岳方面から眺めると、海賊の要塞のように見え、それはそれで違った意味で魅力的。
 真っ平らな大地がどこまでも続く……そんなイメージの強い北海道の中央にそびえるのが、最高峰の旭岳(2290.9m)。その旭岳を中心に神奈川県と同程度、約23万ヘクタールにわたって広がる山域が大雪山国立公園だ。

 2000m級の山が連なる広大な山稜の年間平均気温はマイナス4℃を下まわり、森林限界は北アルプスよりも800mほど低い、標高1700m。そして、場所によっては永久凍土が潜んでいるという。

 いまから7万年ほど前からはじまった最終氷期、北海道の北端である宗谷岬は、シベリアと地続きでつながっていた。そうして、ヒグマやエゾナキウサギ、ウスバキチョウやチョウノスケソウなど、北方由来の動植物が遙かな大陸からやってきたという。その後の温暖化に伴い、同じく北国からやってきたマンモスゾウなどは絶滅したが、いくつかの動植物は稜線上へと高度を稼ぐことで命をつなぐことができた──大雪の山なみには、いまなお国内で唯一、シベリアやアラスカに似たツンドラ環境が広がっており、そうして生きながらえた北方系植物や生き物の聖地となっている。ひょっとすると、北海道の尾根たる広大な山域は、太古と現在をつなぐ方舟なのかもしれない。

 原始の香り漂う北の山々。

 そんな大雪を代表するトムラウシ山~旭岳の縦走路は、いつかは旅してみたい、憧れのルートだった。

 トムラウシ温泉からは、車を利用して登山口にアクセスする「短縮コース」を使う人が多いと聞いていた。なす術のないぼくらは「トムラウシ温泉コース」をとるよりほかはない。利用者が少ないと道が荒れ、大きな森の動物が……などと不安だったが、登山道はきれいに整備されていた。

 冷たく乾いた空気のなか、樹間からこぼれる朝日を受けて標高をあげてゆく。ほどなく、短縮コースとの合流点を過ぎ、カムイ天上へ。見通しは良くないものの、トムラウシ山頂がぼちぼち顔をのぞかせている。その後、ルートは尾根から離れてジグザグに下り、清冽な水の流れるコマドリ沢出合で休憩をとった。

 北海道の登山ならではの注意点のひとつが、キタキツネの糞が媒介するというエキノコックス症。きりりと冷えた沢水をそのまま飲みたい……そんな気持ちをぐっとこらえ、浄水器で濾過する。おっかなびっくり沢水を口にしていると、あとからやってきた地元の登山者とおぼしきお父さんたちは、そのままぐいぐいと沢水を飲んでいる。聞けば、このように勢いよく流れる水は問題がないらしい。それどころか、キタキツネは山地のみならず平地にもいるため、道端の山野草、家庭菜園の野菜をきちんと洗わずに食べるほうが危ないのだとか。

 その言葉に、学生時代、北海道をヒッチハイクで旅していた頃、拾ってもらったおじいさんと一緒に、釣りあげたばかり岩魚を丸かじりしていたことを思い出した。生きている岩魚の両エラから指を入れ、尾に向かって引っ張ると、内臓がするりと抜ける。そうしてから頭を掴み、同様に尾の方向に引くと、頭と皮がきれいに剥ぎ取ることができた。にこにこしながら血まみれの剥き身を「ほらっ!」と差し出され、断る術もなくかぶりついた岩魚にはほんのりとした甘みが──そんなことを思い出し、にわかに下腹がぐっと重くなる……。
左上)源泉がもうもうたる煙をあげるなか、噴泉塔の脇を通って登山口へ。右上)コマドリ沢出合からは雪渓を登ってゆく。軽アイゼンを用意していたが、この日は使わずにすんだ。左下)前トム平にて休憩。ときおり聞こえるナキウサギの唄に、耳を澄ませながら……。右下)前トム平から先は展望が広がる別天地。ありがたいことに、雲ひとつない晴天に恵まれる。
 コマドリ沢出合から先は、雪で埋まった沢を登ってゆく。森林限界を越え、やがて現れる広い尾根が前トム平だった。ここにきてようやく、といった感じで、トムラウシ山(2141.2m)の全貌が明らかに。堂々たる山容に、手を合わせたくなるような心持ちになる。

 そこから先は勾配が緩やかになり、緑の風吹く別天地だった。とある岩場を越えると、眼下に池塘と末端がコバルトに溶けて輝く雪渓、花畑が広がる、トムラウシ公園。黄色くてまあるい、漫画的な愛らしさをもつ羽虫がぶんぶん飛ぶなか、楽園を愛でながら1時間ほどぶらぶら歩きを楽しんでいると、この日の宿泊地である南沼キャンプ指定地にたどり着いた。

 思わずほころんでしまうような美しい広がりの真ん中に、沢水が流れている。この日の行程は、圧倒的な景色に背中を押され続け、浮かれ気分で歩いてきたが、1600mほどの高度を稼いでいる。蒸しあげたような両足を沢水につけ、顔を洗って、ビールを冷やす。旅の成功を祈願し、ちゃんちゃん焼きとジンギスカンを楽しんで、早々にテントに潜りこんだ。
豊富な雪が雄大な雪渓を生みだし、沢を、高層湿原を形成する。そうして、氷河期を生き延びた動植物たちの安息地となっている。
トムラウシ公園を越え、さらなる高みへ。花々が咲き誇る楽園的な風景が続いてゆく。
左上)ようやくたどり着いた南沼キャンプ指定地。沢水にあふれる、雲上の別天地。右上)乾物やスパイスだけでなく、地の食材やワインを担ぎ上げる男前なふたり。左下)隣にテントを張った、ベルギー人カップルと意気投合! 右下)静かに日が暮れゆく。北海道の夏は夜も朝も訪れが早い。
 翌朝、あたりは一転して霧に包まれていた。湿り気を帯びたテントをザックにしまいこみ、トムラウシ山頂へと続く岩場にとりつく。ぐるりを白く埋め尽くす霧の向こうに朝日があがると、モノクロームの陰影が一段と際立ってゆく。雲が織りなす海原のすぐ向こうに浮かぶのは、2130mのピークだろうか。じわじわと高度を上げてゆくと、稜線上は西からの風が霧を押し返し、尾根の左右の景色を切り分けていた。

 西風が霧を押し切る頃、トムラウシの山頂へたどり着いた。行く手にはどきどきするような広大な山なみが続き、そのずっとずっと奥に旭岳がそびえている。振り向けば、美瑛岳、十勝岳、富良野岳へと続く美しい稜線が。

 ようやくスタート地に立ったのか。

 そんな思いが風とともに舞い降りる。

 カムイミンタラ(神遊びの庭)と呼ばれる、大雪山の核心部へと、ぼくらは足を踏み入れようとしていた。

トムラウシの山頂に立つと、ようやく霧が晴れ、行く手の山なみが姿を現す。
ようやくひとつ目の山頂に。トムラウシ~旭岳の縦走は、ここからが本番。

(写真=岡野朋之 文=麻生弘毅 モデル=松浦由香、荻野なずな/好日山荘)


地図製作:オゾングラフィックス


 

■アクセス 今回利用したトムラウシ温泉の登山口・国民宿舎東大雪荘の起点となるJR新得駅へは、新千歳空港から列車で2時間ほど。新得駅から国民宿舎東大雪荘へは、夏は拓殖バスが1日2便運行している(所要時間1時間30分、運賃2000円)。タクシーならば1万6000円ほど。初日の登りを1時間30分ほど短くできる「トムラウシ短縮コース登山口」から入山する場合は、タクシーを予約しておこう。
拓殖バス www.takubus.com
新得ハイヤーTEL.0156-64-5155
新交通TEL.0156-69-5555

 大雪山旭岳ロープウェイにて下山した旭岳登山口から旭川までは、バスで1時間30分ほど。1,430円。JR旭川駅から新千歳空港までは列車で2時間ほど。
旭川電気軌道 www.asahikawa-denkikidou.jp

参考コースタイム
1日目 計7時間30分
国民宿舎東大雪荘(2時間)温泉コース分岐(1時間10分)カムイ天上(1時間20分)コマドリ沢出合(1時間)前トム平(2時間)南沼キャンプ指定地
2日目 計5時間25分
南沼キャンプ指定地(30分)トムラウシ山(1時間25分)天沼(1時間5分)化雲岳(1時間30分)五色岳(55分)忠別岳避難小屋
3日目 悪天のため停滞
4日目 計7時間40分
忠別岳避難小屋(1時間40分)忠別岳(2時間40分)高根ヶ原分岐(1時間20分)白雲岳避難小屋(1時間10分)白雲岳(50分)白雲岳避難小屋
5日目 計5時間55分
白雲岳避難小屋(1時間50分)北海岳(50分)間宮岳分岐(1時間40分)旭岳(1時間35分)大雪山旭岳ロープウェイ姿見駅

 
(文:麻生弘毅 写真:岡野朋之)

 
 
ライター
麻生弘毅

1973年生まれ、フリーランスライター。カヤックやバックパッキングなどによる、長い旅が好き。著書に北極圏の泥酔紀行『マッケンジー彷徨』(枻出版社)がある。

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