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(アキママ読書日記④) 田中優子の江戸学を読む 『布のちから』

2014.07.18 Fri

滝沢守生

滝沢守生 編集者、ライター、イベント制作

×月×日『布のちから』

 4月初め、久しぶりに田中優子さんにお会いした。4月1日付けで法政大学総長に就任した。いわゆる「六大学」では初の女性トップだという。もはや大先生なのだが、さん付けで親しみを込めたい。わたしは、田中さんの本を2冊編集させていただいた。

 田中さんといえば、江戸学を代表する研究者である。江戸学は、近世の歴史学、近世文学などにとどまらず、民俗学、社会学などを取り入れた、江戸という都市、江戸時代という時代とその暮らしを多角的に研究する学問だ。そうはいっても学会があるわけではない。分野を越え、さまざまな研究者たちが研究を続け、その結果、既成の学問から飛び出して進んできたのが江戸学である。田中さんは、その江戸学を中心で牽引する人だ。元来が学会嫌い。学識を野に放つ。江戸学の広がりは、その牽引者の田中さんの個性を反映しているにちがいない。

 今回お会いしたのは、友人たちが編集している農をテーマにしたフリーペーパー「88」の取材だった。お聞きしたのは、江戸時代の布、着物、そして野良着である。

 田中さんは、着物をよくお召しになる。小紋や友禅よりも縞や無地が多いように思う。着物についての著作もあるが、『布のちから−–−−江戸から現在へ』(朝日新聞出版)は、以前から関心を強めていた布に関しての論考だけで通した初めての著書。冒頭にモハダンス・カラムチャンド・ガンジー(これが正式なガンジーの名らしい)が出てくる。彼がなぜ、チャルカと呼ばれる糸車を回して綿糸を紡ぎ、カーディと呼ばれる手織りの木綿を腰に身につけた姿で通したのか−−−−。こうした暮らしをしていたインドを取り戻そうということだったが、ガンジーの考えは深い歴史の分析の上にあった。

 16世紀ごろまでのインドは、綿の世界最大の産地だった。それに目をつけたのがイギリスで、イギリスはインドが綿の巨大な産地だったために利権を得ようとした。さらに、綿という偉大な素材の生産を外国に託している状況を打破するため、産業革命が起こった。そして機械紡ぎ、機械織りが始まり、インドの綿に関する手仕事は壊滅的な打撃を受け、ついには植民地化という屈辱に合う。ガンジーにとって、チャルカとカーディは反植民地、反近代のシンボルだったのだ。

 同書には、ほかにも興味深い記述がある。たとえば、布と皮膚と結界を解いていく部分である。ご本人は、日ごろ、布(たぶん着物だろう)を身につけている。〈皮膚と布が別々のものであることは確かだが、時に、その二つの区別は曖昧になり、交わり、溶け合い、どちらがどちらかわからなくなる〉のだそうだ。もちろん、それは感覚としてであるが、それだけでなく「印」=「文様」が理由なのだとしている。獣皮ではなく植物繊維から布を織り始めた地域は、例外なく先進的な技術や学問(同書の場合、学問とは思想体系だろう)が発達したのだという。思想体系をまとう。それが文明の始まりなのである。一方で、皮膚そのものに思想体系を刻む人びともいる。刺青を入れる民族だ。日本の刺青は普段は隠す。これも日本のメンタリティの表われなのだそうだ。本性を見せることを裸になるというが、裸になったとき心に鬼を宿していることを表明するという……。

(つづく)

(文=藍野裕之)

あいの・ひろゆき
1962年東京都生まれ。広告制作会社、現代美術のギャラリー勤務のあと、フリーの雑誌記者に。『サライ』『BE-PAL』『山と溪谷』などの雑誌で取材と執筆に携わる。自然や民族文化などへの関心が高く、日本各地をはじめ、南太平洋の島々などへも足をのばし、ノンフィクションの作品のための取材を重ねている。著作に『梅棹忠夫ー未知への限りない情熱』(山と溪谷社刊)、『ずっと使いたい和の生活用具』(地球丸刊)などがある。

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