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【アウトドア古書堂】登山、急流下り、キャンプファイア……自然に身をゆだねる喜びを鮮やかに記した13編のエッセイ。

2020.10.31 Sat

大村嘉正

大村嘉正 アウトドアライター、フォトグラファー

 絶版、しかしいまだからこそ読まれるべきアウトドアの書をラインナップする「アウトドア古書堂」。今月は、アウトドアピープルに多くの示唆を与えるロードムービー的エッセイだ。



■今月のアウトドア古書
心が歌いだすものを見つけるには?
『心に野生を』

 傍から見れば、まあ不自由のない暮らしを送っている。しかし、登山やカヌーなど野遊びを知ったばかりに日常がすっかり色あせてしまい……という経験はないだろうか?『心に野生を』の著者にして主役のリック・バスもそのひとりだ。
『心に野生を』。白水社「アメリカナチュラリスト傑作選(全6巻)」の一冊。当時は、海外の優れたネイチャーライティングの邦訳出版が盛んだった。

 彼は、アメリカ西部、ユタ州の大学生活で、山のウイルダネスの洗礼を受けた。魅了されたのは森林限界の高原、清冽な渓流とうつくしい湖、岩山、ふいに出会うミュールジカとアルペングロウ。
北米のとある自然保護区にて。

 しかし、大学卒業後はミシシッピ州ジャクソン(ユタ州から南東へ約2,000㎞)で暮らすようになる。そこは生計を立てるには最高だが、山がない土地だった。

 しかし彼は視野を広げ、野生(ワイルド)とは何かの本質に迫り、それはどこにあり、どうやって見つけるかに気づき、人生の危機を乗り越えていく。『心に野生を』は、自分にとって最高の自然から遠く離れたにもかかわらず正気をたもっていく男の物語である。
『心に野生』の目次。

 リック・バスいわく「ミシシッピ州のMはモスキート(蚊)のM」。その州都ジャクソン(身近な自然は泥の河と蒸し暑い湿地)で都会生活を送りながら、休日の彼は新たな自然との結びつきを求めていく。

 たとえば……。
●単独弾丸登山をする(土日の休暇を利用して3泊4日、車で往復36時間のドライブ)。
●シエラ・クラブのパーティーに出る(アウトドア関係の組織というものを遠ざけていたのだが、ガールフレンドに誘われるというやんごとなき事情により)。
●アメリカ西部の山とは異なる、平坦な森でのバックパッキングに参加。
●魅力的な仲間に引っ張り込まれて、頻繁にカヌーで急流下りをするようになる。
●知人に魚フライ会食に呼ばれる。
こんな大自然を知ったら、都会の日常はつらい。
 どのストーリーも、脳内で結ばれるイメージはまるで短編のロードムービー。なんでもない、でも記憶に引っかかる出会いを重ねながら、目に入ったもの、手触り、会話、心の移ろいをリック・バスは散文でつづり、幸福なシーンを再現していく。飾り気をおさえたその筆致からは、バックパッキングや川下りの爽快さ、興奮がすっと伝わってくる。
 
 そしてそこには、自然を楽しみたい人の道標になるような一文が編みこまれている。
——僕はテントの入り口を開けたまま寝たが、(中略)そうすれば日の出の最初のかすかな光で目覚められるからで、実際そうなった。(3章/キャンプ泥棒、イワアマツバメ、そしてそのほかの芯までワイルドなものたち)。——
—— 川の人間たちはこうしたものを見る術を知っているらしい。何が特別で、何を見るべきかわかっているようだ。何に焦点を当てるかを。それが特別かどうか決める判断基準が閃光のごとくひらめく。(11章/川の民)——
——新しいナイフを買った。(中略)十ドルそこそこしかしなかったが、いいナイフだ。運転中にりんごの皮をむいているとき、指を少し切ってしまった。指紋が変わった。新しいアイデンティティを得た。(12章/初雪)——
『心に野生を』では焚き火の場面も多い。

 野遊びは、アートの鑑賞みたいなところがある。たとえば「自由に感じて、楽しめばいい」とか。そして、目のつけどころしだいで得られるものが異なることも似ている。自然についての「審美眼」を磨くことが肝心なのだ。

 では、大自然のなかで、どんな心の準備をして、なにを見つめ、どう受けとめればいいのか。その学びの近道は、お手本に出会うこと。野遊びの世界の入り口で、親など大人からの、または子ども社会での英才教育を受けた人は幸運だ。しかし、そうじゃない人も、よき指南書を手にすればいい。『心に野生を』はまさにそれだ。ページをめくれば、自然に浸って五感を広げるときの模範を読み解けるだろう。
あなたは、心が歌いだすものを見つけられるか? もし見つけたら……リック・バスの答えは明快だ。

 リック・バス(1958年生まれ)は米国テキサス州出身の作家で環境保護活動家。早くからアウトドアライターとして『FIELD & STREAM』などの雑誌に寄稿。現在は小説家として知られている。日本で邦訳出版されたものでは、モンタナ州の原生林に約60年ぶりに現れたオオカミの群れと人間が織りなすノンフィクション『帰ってきたオオカミ/晶文社(おそらく絶版)』もある。

 

心に野生を
1994年8月20日発行
著者 リック・バス
訳者 片岡真由美
発行所 株式会社白水社
本体価格 1,748円(税別)

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