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【アウトドア古書堂】自然保護のカリスマ vs 開発のカリスマ。大自然で行動を共にしながら、対話の先にあるものは?

2020.09.29 Tue

大村嘉正 アウトドアライター、フォトグラファー

 絶版、しかしいまだからこそ読まれるべきアウトドアの書をラインナップする「アウトドア古書堂」。今月は、米国の自然保護における歴史的人物が登場!



■今月のアウトドア古書
原生自然を愛し、守った男との旅
『森からの使者』

 日本の出版物としては類がない本だ。自然を守る人と、自然を開発する側の人が、いっしょに米国の原生自然を旅し、対話していくノンフィクションである。

 物語の主役はデイヴィッド・ブラウワー(1912~2000年)。アメリカを代表する自然保護活動家で、「シエラ・クラブ」や「地球の友」のリーダーを務めた。余談だが、彼の息子は「宇宙船とカヌー(※)」の著者ケネス・ブラウワーである。
※世界的な物理学者フリーマン・ダイソンと、息子でカヤック(バイダルカ)製作者ジョージ・ダイソンの二重伝記。
シリーズ・ナチュラリストの本棚2『森からの使者』。ナチュラリストの本棚は全6巻で、他にはエドワード・アビーやバリー・ロペスなど、アメリカ文学における代表的なネイチャーライターの作品をそろえていた。

 第37代(1961~69年)アメリカ合衆国内務長官(※)スチュアート・ユードルは、デイヴィッド・ブラウワーのことを「我が国の自然保護の最先端にあって、もっとも影響力を持つ人間」と評していた。代表的な功績は、コロラド川水系における3つのダム建設を阻止したこと(1950~60年代)。彼と仲間たちの行動がなければグランドキャニオン(1979年に世界自然遺産登録)はダム湖に沈んでいたのだ。
※合衆国の公有地および天然資源の大半について管理責任を負う内務省のトップ。

 この本でデイヴィッド・ブラウワーに向かい合うのは、鉱山技師、不動産開発業者、アメリカ合衆国内務省土地改良局長官の3人。それぞれが、氷河をいだき鉱物が眠る山岳、巨大な資産価値を秘めた砂州の島、豊かな水が暴れる激流で、彼と数日間を過ごす。
『森からの使者』の目次。

 しかし、なれ合いや和解はない。生涯を地下資源の探査にささげる鉱山技師は、「自然は最大限に利用すべきだ。野生の土地に手を付けず、そのまま保存するなんて、大変な間違いだよ」とゆるぎない。不動産開発業者は、(彼なりの)自然と共存する宅地開発計画を長々と語るし、土地改良局長官は川下りでグランドキャニオンの自然を堪能しながら、川をダムで堰き止めて水と電気を供給するほうが人を豊かにするという考えを変えない。

 しかも、この3人の言葉は論理的で説得力がある。彼らの人生は、「灌漑で多くの農民を救った」「自然を軽視する他の不動産業者を参入させないように大金をつぎ込んだ」「世界のジャングルや山岳で、しかも単独徒歩で鉱脈を探すこと30年以上」など、目を見張るものだ。そこから構築された「自然は人のために開発すべし」は重い。当面の経済のことを考えれば、彼らのほうが正しいと思えてくる。
この美しき山並みに貴重な地下資源(たとえば膨大な埋蔵量の金)が眠っていたとしたら……。

 対してデイヴィッド・ブラウワーの主張は? それはある意味で正攻法といってよく、心や感情に訴えかけてくる。しかし、「愛のためには何事も正義」みたいなところも多い。根拠があいまいな主張も少なからずあり、しかもそれを気にしていないようだ。ゆえに「彼の自然保護は宗教的だ」と言われることもあったらしい。

 それでもデイヴィッド・ブラウワーは世論を味方につけ、まとめ、政治家を動かし、いくつかの原生自然の保護を実現した。

抗議する社会、抗議の足をひっぱる社会

 ここ数年、地球温暖化防止やBlack Lives Matterなど、いろんな活動家による抗議が広がっている。しかし、日本では、ときに社会騒乱も起こす活動家の運動に眉をひそめる人は少なくない。この国で文化人と呼ばれる層には、理性的に、もっとおとなしいやり方で、なんていう人もいる。
長良川で建設中の河口堰に反対するデモを伝える記事(雑誌『Outdoor』1991年7月号より)。残念ながら日本の大手マスコミや世論は反対派にあまり味方をせず、日本の貴重な自然生態系はまたひとつ失われた。

『森からの使者』は自然保護のカリスマにせまる作品だが、読み込めば、海外での、とくに欧米での抗議運動について理解が深まっていくはずだ。それは、伝統とまではいわないが、受け継がれてきたもの。デイヴィッド・ブラウワーは先人のひとりなのだ。

 彼が示したのは、声をあげ、志を同じくする人と手をとりあい、戦うことで、少し社会が変わっていくこと。しかし、たとえ変化を勝ちとっても、それがずっと守られていくかどうかはわからない。自然保護運動は一度勝って終わりではなく、繰り返し勝ち続ける必要があるとデイヴィッド・ブラウワーはいう。

「反対に、敵側は一回勝つだけでいい」

 そんな、ある意味では望みのない闘いに挑み続けた彼だが、突然変異的にこの世に登場したわけではないのだろう。おいしい果実は、豊かな土壌があってこそ。「それが困難なことでも、必要とあれば闘うことを厭わないのが人生」みたいな無意識の意志が、あちらの国の足元には広がっているのかもしれない。
先住民や原野に入植した人々を追ったノンフィクション『アラスカ原野行』。上下2段組で本文428ページという読み応え満点の本だ。

 この本の著者ジョン・マクフィーはカヌーやテニス、自然をテーマにしたノンフィクションライター。代表作には、アメリカでベストセラーとなった『Coming Into the Country(邦題『アラスカ原野行』平河出版社)』などがある。

 彼はデイヴィッド・ブラウワーたちの旅に同行し、さらなる取材も加えて『森からの使者』を書きあげた。著者自身はあくまでも背景にとけこみ、自然保護活動家と、それに相対する人たちの姿を簡潔な文体で浮かび上がらせている。自分の意見をさしはさまず、読者の判断にゆだねるのが彼の作品の特徴だ。

 とはいえデイヴィッド・ブラウワーをテーマに選ぶあたり、彼の立ち位置は定まっている。ゆえに、自然旅行記としてもすばらしい作品になっている。

 

森からの使者
1993年9月30日初版第1刷発行
著者 ジョン・マクフィー
訳者 竹内和世
発行所 東京書籍株式会社
本体価格 2,233円(税別)

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