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【アウトドア古書堂】新型コロナ感染症により分断される世界。自国・地域・家族のことで手一杯な時代だからこそ、外の世界とつながる本を。

2021.07.12 Mon

大村嘉正 アウトドアライター、フォトグラファー

 絶版、しかし今だからこそ読まれるべきアウトドアの書をラインナップする「アウトドア古書堂」。今月は、現代の冒険的人生を報告するノンフィクションだ。



■今月のアウトドア古書
世界の片隅で日常の、危険と冒険。
『冬のライオン』

 行き詰まり、うまくいかないときは、たいてい自分のキャパシティーを越えている。「ない知恵を絞れ!」と発破をかけられても、いかんともしがたいものだ。状況を変えるには自分をアップデートするなにかが必要だが、自己啓発本を手にするのは流儀じゃない——このノンフィクション集はそんなアウトドア人にお勧めしたい。読んでもすぐに役立つことはないが、思考と想像力の奥行きは広がるはずだ。
「冬のライオン」。ナショナルジオグラフィックの出版物だけあって、セバスチャン・ユンガー(『パーフェクトストーム』の著者)やピーター・マシーセン(代表作は『雪豹』)など書き手は名手がそろっている。

 収められているストーリーは、アウトドア派の心をつかむ10編のルポルタージュ。とはいえ、純粋にアウトドアレジャーに関係するのは3編のみだ。それ以外では、ある地域や国の日常が——いろんな危険と添い寝するような日常が描かれている。アフガニスタンの平和のために20年以上戦い続けた英雄、貧困と官僚主義に覆われた地方を襲う大自然の怒りとそれを鎮めるため奮闘する人々、1年以上、地下洞窟に潜んでホロコーストから逃れた一家……。どれも、エグイ登山記と同じぐらい刺激的だ。
『冬のライオン』の目次。
 また、日本のテレビや新聞ではほとんど取り上げない物語ばかりである。なかでもそれを強く感じさせるのが「反捕鯨の戦いに命をかける海賊たち」。南氷洋での日本の捕鯨を物理的に妨害する団体「シーシェパード」側の視点で話が進んでいく。

 といっても、反捕鯨の人々が放つストーリーではない。シーシェパードの船「ファーレイ・モワット号(船体は真黒、海賊旗を掲げている)」に乗り込んだジャーナリストによって、日本の捕鯨船団を追う様子が語られていく。
ザトウクジラ(アラスカ州レズレクション湾にて)。
 読み進むにつれ、日本の報道から受ける印象とは異なる姿が浮かび上がる。ジャーナリストが同行取材したのは2005年末~2006年1月で、そのころのシーシェパードは風車に突撃するドン・キホーテのようだ。ファーレイ・モワット号は老朽艦で足が遅く、捕鯨船団には追いつけないし、先回りできても逃げられてしまう。そもそも、捕鯨船団がどこにいるのか探知する能力はない。グリンピース(国際環境NGO)の捕鯨監視船に乗り込んだ一部の人間からのタレこみを頼りに現場に向かうのだ。捕鯨船のスクリューにロープをからませる作戦を実行するが、うまく行くことはほぼない。航続距離が短いので、捕鯨船団のクジラ漁を横目に、燃料切れで港に戻る……。

 シーシェパードの船はポンコツだが、そのクルーのほうはどうか。たしかに彼らは少し狂気じみている。しかし、それってエキストリームなクライマーやカヤッカーやスキーヤーが持つ一面でもあるな、というのが私の読後の感触だった。音楽のジャンルであれば、パンクやロックと波長が合う人なら、「シーシェパード、クールじゃん」となるだろう。

 そして自然保護の立場になれば、彼らの主張はまっとうに思える。科学的な面でも、倫理的にも。「現世代の過剰な消費をやめて、地球を未来の世代へ」という哲学の面でも。
『冬のライオン』の帯より。
 この時代、井の中の蛙にならず、どれだけ「世界の窓」を持っているかが肝心だろう。新型コロナウイルスや東京オリンピックのニュースを見聞きするかぎり日本の大手報道機関の仕事ぶりは「なんだかなあ~」だし、インターネットの情報は玉石混交、SNSはこちらの趣向に寄り添ったサイトへと誘導していく。

 残念ながら、この『冬のライオン』みたいに「世界の窓」になるノンフィクション書籍はあまり売れず、たいてい初版絶版になる。買い逃さない思い切りのよさを、そして駄本——ノンフィクションと謳いながらじつはフィクション——をつかまない審美眼を鍛えるには、さて、どうしたらいいものか……。



冬のライオン
2010年7月5日 第1版刷発行
著者 セバスチャン・ユンガーほか
発行所 日経ナショナルジオグラフィック社
本体価格 1800円(税別)

※書籍は絶版、しかしkindle版はあります。

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