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【アウトドア古書堂】自然派人間には大いなる癒しを、自然を壊し搾取する人々には未来永劫の後ろめたさを与える、珠玉の写真集。

2021.05.08 Sat

大村嘉正

大村嘉正 アウトドアライター、フォトグラファー

 絶版、しかし今だからこそ読まれるべきアウトドアの書をラインナップする「アウトドア古書堂」。今月は、アメリカを代表するネイチャーフォトグラファーの傑作写真集だ。



■今月のアウトドア古書
オオカミの群れとなって、森を駆ける
『ブラザー・ウルフ』

 衰退止まらぬわが町、近所に空き地がまたできた。毎度のことながら、そこにどんな家があったのか思い出せない。なじみの景色でもこうなのだから、めったに訪れない大自然では、「なかったこと」になるのはたやすい。

 たとえばダム巡礼。けっこう人気があるらしい。ダムの底に沈んだ渓谷や集落のことを気にしない、知らない人が多い、ということだろう。彼らにとっては、そもそもそこにうつくしい自然も山里の暮らしも存在しなかったのだ。
『ブラザー・ウルフ』。副題(和訳?)は「我らが兄弟、オオカミ」。あやしい探検隊の椎名誠氏が序文を寄せている。 
 そんな「歴史改変」に抗うには記録しかない。有効な手段のひとつは写真であり、今回紹介する『ブラザー・ウルフ』はかなりパワフルな証言者となるだろう。

 舞台はアメリカ合衆国(ミネソタ州)とカナダの国境にまたがるバウンダリー・ウォーターズ。千の湖を有する北の大森林地帯で、合衆国側には「バウンダリー・ウォーターズ・カヌー・エリア・ウィルダネス」という自然保護区(約4,000平方km、石川県とほぼ同じ面積)がもうけられている。そこに暮らすオオカミがこの写真集の主役だ。
バウンダリー・ウォーターズではないが、白夜の国の森にて(その1)。 
 著者は合衆国を代表するネイチャーフォトグラファーのジム・ブランデンバーグ。日本の写真家にたとえれば星野道夫さんのような存在だろうか。作風は、事実を冷徹に切り取るドキュメント性と、心象を存分に映す芸術性の融合。その自然写真からは、目に映りにくいものさえ見えてくる。
この写真集のカバーは、数々の称賛の言葉で飾られている。日本で出版されたジム・ブランデンバーグの写真集としては『白いオオカミ(JICC出版局/絶版)』もある。彼はナショナルジオグラフィックにも写真と記事をいくつも掲載している。 
 ページをめくれば、森の四季とオオカミの日常が始まる。ジム・ブランデンバーグは「衝撃の瞬間」ではなく、1日のほとんどを占めるオオカミの姿——群れで森を移動する、じゃれる、意識を集中する、気分をほぐす、警戒する、子の世話をする——にページをあてている。

 驚かされるのはオオカミの表情。そこに、容赦のない捕食者の狂気は感じられない。人間にとってどこかなじみ深く、同志的な親近感さえある。彼らがこちらを見据える写真では、その目から心の動きが伝わってくる。本を閉じたあとも、遥か彼方の原野のときの流れが、森を駆けるオオカミの気配が、心のどこかに住み着いてしまう写真集だ。
『ブラザー・ウルフ』の目次。 
 このオオカミたちの森はいま危機に瀕している。オバマ政権はバウンダリー・ウォーターズとその上流部での採掘権を禁じていたのだが、前大統領トランプによって2017年に覆された。現在、バウンダリー・ウォーターズの上流部で硫化銅の採掘許可を申請している会社がある。採掘は自然保護区の外だが、採掘により排出される有害物質がバウンダリー・ウォーターズを汚染することは、ほぼまちがいないという。
バウンダリー・ウォーターズではないが、白夜の国の森にて(その2)。 
 採掘を望む、または賛成する人たちにとって、この写真集は悪魔のような存在だ。もしバウンダリー・ウォーターズを汚染し、自然生態系を壊したなら、この写真集はなにを損ねたのかを雄弁に語る。そして、開発側の人々に、末代までの十字架を背負わせるだろう。

 よりよい地球環境と社会を求める「叫び」を内包しながら、うつくしい。この写真集には、自然を伝える者の創作の理想がある。

 
ブラザー・ウルフ
1995年3月28日 第1刷発行
著者 ジム・ブランデンバーグ
発行所 株式会社 講談社
本体価格 5,631円(税別)

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