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【ベストバイ】ほろ酔いライター麻生弘毅が選んだ「究極のお散歩パンツ」

(2016.02.03)

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aso

あそう・こうき 1973年生まれ、フリーランスライター。カヤックや、バックパックを背負っての長い旅が好き。著書に『マッケンジー彷徨』(枻出版社)がある

「よくもまあそのパンツを履いて……(あなたみたいな人が表を歩けたものですね)」

 隠しきれない本音をにじませるのは、フリークライミングをこよなく愛する女性編集者。そう、ぼくが愛用するのは、プロクライマーの小山田 大がプロデュースするingaの「ムードラパンツ」だ。

 この10年で5本ほど履いただろうか。今年も一本新調したのだが、いま履いているこれは何年前に買ったものか。この「こなれた感」が過去のクライミングからくるものならば、かなりの男に見えるかもしれないが、ぼくはそのような緊張感に満ちた世界とはまるで縁遠い、ふやけた人間だ。

inga/ムードラパンツ

幅広のゆったりとしたデザインで、小さくもよおしたときも裾をあげて横からさっとできて楽ちん。軽量なナイロンモデル「ムードラN」もラインナップされている。サイズはXS~L。10,000円+税

 ではなぜこのパンツを愛用しているかというと、そもそもこいつがまとう緊張感のなさに惹かれたから。いまでもやわらかい履き心地の「ムードラパンツ」だが、デビュー当時はいまのような「コットン100%」ではなく、ヘンプ素材が混ざっており、そのふぁふぁな感触は「ふ●ちんよりも履いてない」ほど。その脱力感ともいうべき心地よさは、多少なりとも緊張を要する原稿書きにすら向いておらず、その際はもう少しタイトなジャージに履き替えるくらいだ。同様にゆるんだ履き物に、いわゆる「タイパンツ」がある。あれはあれでいいもんだし、寝るときなどはまことに塩梅がいい。ではこの「ムードラパンツ」がその真価をいつ発揮するのかというと、近所のふらふら散歩でだ。

 海山の狭間に暮らすぼくは、こいつを履き、ビーサンを引っかける。そうして海っぺりを歩き、小さな沢を遡っては、肴になる海藻や貝、セリやクレソンを見つけるたびに、膝のドローコードを引いて裾をたくし上げ、ためらいなく水に入る。メーカーのサイトを見ると「登る課題やコンディションによっては、裾の太さや丈の長さが邪魔になる場合もあるため……」などとむずかしいことが書いてあるが、水辺に食べ物や生き物を見つけたら追わずにいられないぼくにとって、これほどありがたい機能はない。


水に入るとき、イノコヅチのようなくっつき草がはびこる野に分け入るときは、膝にあるドローコードを引く。ドローコードの引き方によって、丈を短くすることも、裾幅をしぼることも、また、丈、裾ともに調整することもできる。ローテクの極みみたいな顔をして、やるときはやるぅ!

 もうひとつの特徴は、お尻にきちんとした大きいポケットがあること。採取した獲物や文庫本が楽に入るというのは、前述のタイパンツにない利点だ(ポケットを持つタイパンツもあるけれど、それらは「ついている」というだけで、ものを入れるにははなはだ頼りない)。書けない原稿を投げ出してはこいつに履き替え、ふらふらと摘み草をしつつたどり着いた浜でビールなど飲みながら文庫本を読む……そんなことのために作られたはずもないが、そうしてくださいと言わんばかりの空気感がこのパンツにはあふれており、そのやさしさに耽溺している。


大きなポケットの収納力はご覧の通り。アシタバの新芽も散歩の友も、記臆のしっぽも楽々入る

 山に持っていくこともあるけれど(テン場でのリラックス着として)、気分がなじむのは南のカヤック旅か。あちらの岬、こちらの島と渡り歩いては、居心地のよさそうな浜を見つけて上陸する。銛を手に深みへと潜り、その日の肴を捕まえたら、小さな火をおこして、すっかりぬるくなったオリオンビールの栓を開ける……そんなときにこいつを履いていないと、それこそふ●ちんみたいな頼りない気分になってしまう。

 緊張とは正反対の、緩和の極致。

 小山田さんはよくもまあこのパンツを履いて世界最難関のボルダーを登ったものだ。だけど、そういう局面では意図してゆるめた心持ちでいることが大切なのかと想像してみたり……みたいなことにも向いていないようなので、今夜の肴を探しに、夕焼け散歩に行ってきます。

 
 
ライター
Akimama編集部
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