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すぐそこにある外国! ホーボージュン「オホーツクの風と謎だらけの巨大島サハリン」後編

(2017.08.21)

登山のTOP

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大雲海と緑に燃える山

 短い休憩を何度も挟みながら僕らはグイグイと登っていた。セルゲイさんの歩くペースは速いが、休憩は小まめにとってくれた。だいたい20分に1回は立ち止まり、立ったまま小休止する。集中力が途切れない快適なペースだった。

 そうやって1時間半ほど歩くと森林限界が訪れ、まわりは岩とザレ石の岩稜帯になった。夏の太陽が岩肌をギラギラと照らす。斜面はますます急になっていった。

「ジュン! ケイジ! ついに見えたぞ!」

 先行していたセルゲイさんが稜線の上で大きく手を振っている。これまで見たことのないはしゃぎ方だった。いったい何事だろう? 這いつくばるようにして稜線に上がる。すると

「うおおおおおおおお~!」

 思わず雄叫びをあげてしまった。全身に鳥肌が立つ。興奮で両脚が震えた。「うひょー!」

 ケイジ君も呆然としている。

 僕らの眼前に現れたのはどこまでもどこまでも続く雲海だった。オホーツク海にかかる雲海だ。その白い海はたゆたうようにして水平線まで続いていて、正面から差し込んでくる太陽の光が無限の白い広がりをキラキラと輝かせていた。まるで深い深いパウダースノーを見ているような気持ちだった。

 そして僕らの行く手にはナイフリッジが続いていた。それはゴツゴツしていてまさにドラゴンの竜骨を思わせた。稲妻のように折れながら、トゲのように尖りながら、ナイフリッジは南方のピークへと続いていた。

「あそこにそそり立って見えるのがヴァディミロフカ山(Gora Vladimirovka )だ。まずはあの頂上まで登る。そこからいったん大きく高度を下げ、そのあとジュダンカ山に登り返す。ジュダンカ山まで行けるかどうかは時間とみんなの体力次第だ」

 まるで歩兵師団に作戦行動を説明する師団長のように、セルゲイさんは男らしく言い放った。本人も興奮していることは目の奥の輝きでわかった。 それにしても、なんという絶景だろう。左手には大雲海、そして右手には緑の山々がどこまでもどこまでも続いている。木々の緑は短い夏に一斉に命を燃やすように吠えている。命の炎が、緑の炎が、地平線を焼きつくすように燃え広がっていた。

 ここから先にはトレイルも踏み跡もなかった。セルゲイさんを先頭にナイフリッジを慎重に進んでいく。今日は無風で天候がいいからよいものの、視界が悪い時にはとてもじゃないが進めない。昨日登山を断念した理由がここに来てよくわかった。

 日本の常識に当てはめればかなり危険な、そして緊張感を伴う山行になったが、僕はそれよりも嬉しさと楽しさで足を踏み外しそうだった。
 

こ、こんなトコロを行くんですか?

 ヴァディミロフカ山の登りはキツかったが、絶景が僕の足を軽くしてくれた。こんな天国のような山ならいくらでも歩ける。だけどところどころに尻込みするような場所もあった。ろくなホールドもない絶壁の岩肌をロープなしでトラバースしたりするのだ。

「こ、こ、こんなトコロを行くんですか?」

 セルゲイ師団長、さすがにこれはマズイですよ。大キレットとまではいいませんが、これは日本では明らかに「難所」と呼ばれる部類の場所ですぜ。こんなところにおじさん連れてきて、なんかあったらどうするんですか……。

「左足をその岩に乗せて、そのまま上半身を伸ばせば上のクラックに手が届く」 セルゲイ師団長は僕の抗議にはまったく耳をかさず冷徹に指示を出す。もはや僕に選択の余地はなかった。おそるおそる崖下をのぞいたらあまりの高度にキンタマがぞわぞわした。いかんいかんいかん。余計なことを考えると身体がすくんで動けなくなる。ここはもう勢いで乗り切るしかないのだ。

「ファイト!一発!」
 僕はアドレナリンを絞りだしながら、果敢に足を前に進めた。
 

絶景とは心の窓だ
 ヴァディミロフカ山を無事に踏破し、ジュダンカ山へと登り返すとそれまで海にかかっていた雲海がスッーと消え去り、その下から真っ青なオホーツク海が姿を現した。

「うわ……」

 言葉が出てこない。瞬きもできない。僕はその場に立ちすくみ、ただただ息を飲むしかなかった。

 これまでさまざまな国のさまざまな山に登ってきた。北極圏ラップランドから南米パタゴニアまで、モンゴルの奥地から台湾の高山まで。でもこんな光景はまるで見たことがない。ドラゴンの背中に跨がり、左足を真っ青な海に、右足を緑に燃える山に突っ込んでいるのだ。

 まさかサハリンに、すぐそこの隣国に、こんな絶景が広がっているとは……。 いま日本では「絶景本」が大ブームだ。人気シリーズともなると50万部以上を売り上げ、Facebookでは70万を超える「いいね!」が付く。フォトジェニックな風景を求めてフォロワーが現地に押し寄せる。同じ画角でシャッターが切られる。

 でも絶景というのは人に教えられて知るものじゃない。キュレーションメディアで集めるものじゃない。だれかの「いいね!」をたどって出会うものじゃない。絶景はポストカードではない。ポイントカードでもない。僕はそう思う。

 それはきっと心の窓だ。こうして旅に出て、自らの足で歩き、迷い、引き返し、出直し、やり直し、夜に包まれ、眠り、また歩き始め、汗をかき、水を飲み、空をみつめ、後ろを振り向き、ふと顔を上げたときに向こうから飛び込んでくるものだ。

 それは目でなく心に突き刺さる。それを求めていた人に刺さる。自分にしかわからないもの、自分にしか見えないもの、自分が見つけるもの、自分が気づくもの。きっとそういう類のものだ。
 
 僕は絶句したまま、いつまでもこの絶景に抱かれていた。

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ライター
ホーボージュン

全天候型フリーライター。6,000mの高所登山からシーカヤックの外洋航海まで、フィールドとスタイルを問わない自由な旅を続けている。『山と渓谷』『ビーパル』『PEAKS』『Field Life』などアウトドア各誌で連載中。公式Twitterアカウントは「@hobojun

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