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8,000m峰4座登頂の登山ガイド・岩田京子、南米アコンカグアに登る(ひとりで)—— 登頂編_その1

2023.03.03 Fri

岩田京子 登山ガイド

 ひとりでのアコンカグアへの登頂を思い立った登山ガイドの岩田京子さんは、日々の仕事に山の準備にもろもろの手配にと、さまざまな困難を乗り越え、やっとのことでアルゼンチンのメンドーサに到着。詳細は、前回の「8,000m峰4座登頂の登山ガイド・岩田京子、南米アコンカグアに登る(ひとりで)——準備編」にある通りですが、本番はここから。山頂はまだまだ遠い……。




12月21日 メンドーサ→プエンテ・デル・インカ
 朝食をのんびりと食べたあと、午前中は現地のエージェントとミーティング。事前に用意しておいた書類を渡して、パーミットの手続きを依頼した。最近はレスキューに関しての保険が厳しいらしく、私の保険証書を見て、担当してくれるスタッフは心配していた。もし許可が出ない場合は現地の保険に加入することになるかも、という条件付きでとりあえず許可事務所に行ってくれる話になった。スタッフに申請を任せているあいだ、私はホテルから徒歩圏内にあるアウトドアショップへと向かった。青空が広がるメンドーサの気温は約25度。みんな、半袖短パンという服装。太陽は眩しいがサングラスをしている人は思いのほか少なかった。

 アウトドアショップでは、登山中の上部キャンプで使用するガスカートリッジとアコンカグアの地図を購入した。ホテルに戻り、再度、スタッフとミーティング。保険も問題なかったようで無事にパーミットを受取ることができた。たった紙切れ1枚なのだが、手渡されたとき、これで山に向かえる……と改めて実感し、身が引き締まる思いだった。そんな気持ちが湧くと同時に、山に受け入れてもらえた気がして嬉しさも込み上げた。
アコンカグアに登るには、このパーミットの取得が必要に。やっと手に入れた一枚に、嬉しさが込み上げるとともに身の引き締まる思いに。
 最後に、レンタル予定だった緊急無線を受取って、登山の準備はこれで完了。いよいよ、スタート地点へと出発となる。送迎車への連絡をしてもらい、ホテルのチェックアウトを済ませてロビーで待っていると、昨日と同じ運転手が迎えに来てくれた。荷物を積み込み、スタッフに挨拶をしてホテルを出発。メンドーサから北上して登山口近くにある、プエンテ・デル・インカという1泊目の宿泊場所へと向かった。

 街中を抜けると建物が減り、景色はぶどう畑に変わっていく。メンドーサはマルベックという種類のぶどうでつくった赤ワインの産地でも有名なので、広大なぶどう畑があちこちに広がり、ワイナリーもたくさん存在する。
メンドーサからプエンテ・デル・インカへと向かうにつれて、周りの景色はどことなく赤茶けてくる。
 さらに景色は変わり、荒涼とした大地が広がり、遠くには山も見えてきた。その山肌が近づいてくるとだんだんと植物も減り、乾燥した赤茶けた土壌が増えてくる。そんな場所をしばらく走っていると、突如として緑が茂り、色とりどりの建物が目につく場所を通過した。そこは、ウスパジャータという街だった。なるほど人工的な感じがするわけだ。登山口に行くまでの間に、休憩したりランチをとったりする場合はここを利用するとのことだったが、今回はパスした。
 
 その後しばらく走った場所にある、ペニテンテスという場所を通過。ここはスキー場があるところで、以前はここにあるロッジに宿泊をしていたようだが、現在は閉鎖されてしまっている。そのため、今回は少し先のプエンテ・デル・インカという場所での宿泊となっているようだ。
荒涼とした大地に目印のように現れる黄色いテント。これがダイニングテントだ。
 15時30分ごろ、標高2,760mのプエンテ・デル・インカに到着。道端からも見える黄色の大きなテントがふた張、グレーの小さなテントが点々とあるところに車は入っていった。

「オラ~!」と、テントから出てきたスタッフに挨拶をする。施設を案内してくれたのはマリーさん。まずは、ベッド付きのドームルーム。そして、別のテントにはきれいな水洗トイレとシャワールームもある。いずれもシンプルだが必要最低限のものがそろっている。思っていたよりも豪華でグランピングのような施設に少し困惑。
テントの中は超が付くほどの快適空間。ベッド付きのドームルームの中は、こんな具合に。
 マリーさんには「落ち着いたらダイニングに来てね」と告げられたので、靴を脱ぎサンダルに履き替え、トイレを済ませてダイニングへと向かった。テーブルにはウェルカムフルーツやドリンクが準備されていた。
もはやおなじみとなってきたウェルカムフルーツにドリンクの数々。シリアルもたくさん。食べすぎないように注意しなくては......。
 想像もしていなかったのんびりとした贅沢な時間に、緊張の糸が完全に切れた。山へ向かうのに、不安ではち切れそうだった気持ちをゆるめてくれた、このゆとりの時間とスタッフに感謝。おかげでスッキリとした落ち着いた気持ちでスタート地点に立てそうだ。しばらくして部屋に戻る。ドームテント内は暑いが、外は風が吹いているので入口のドアを開けているとちょうどよい温度になっていく。ほかにだれもおらず、静かな時間を過ごした。気がつくと1時間ほどウトウトと昼寝をしていた。

 天気もよかったので陽が落ちて寒くなる前にシャワーを浴びる。その後、19時には夕食の時間となり、ダイニングテントへ向かう。テーブルセッティングされたところに着席すると、スープが運ばれてきた。そして「ワイン飲むよね?」と言われ、うなずく。夕食にはワインが出されるシステムに驚きながら、クリームソースがかかったラビオリを食す。最後には洋梨のデザートまで出てきた。ふたり分はあっただろう食事の量。残してしまうには惜しいほどおいしいので、がんばって今回は食べたのだが、これが続くと、身体が重くなる懸念もあり、今後は少し考えて食べなければと反省。しかし、今日1日で、エージェントのサービスシステムが、かなりしっかりしているのを実感。これならば心配なく、安心して登山に集中できると確信できた。準備段階から心配ごとが減らずに、ずっと気を張り続けていたが、少しだけ肩の荷物を下ろすことができたような気がした。

 

12月22日 プエンテ・デル・インカ〜コンフルエンシア
久しぶりにゆっくりと眠れ、気持ちよく目覚めることができた朝だった。ダイニングテントでのんびりと朝食をとったあと、出発の準備をする。ムーラ(馬とロバの混血)という動物に荷物を運んでもらうため、ダッフルバックを預ける。9時45分ごろ、車で5分ほどのオルコネスと呼ばれる場所にあるビジターセンター(2,950m)へと向かう。
入山手続きはこのビジターセンターで行なう。パーミットを提示して、しっかりと説明を聞く。
 ここでパーミットを提示し、入山手続きをする。簡単な説明を受け、パーミット番号が書かれたゴミ袋とプーバッグ(うんちを入れる袋)を受け取り完了。この袋をなくすと罰金200ドルらしいので、大事にザックに入れた。
これがプーバッグ。手書きでパーミット番号が書かれている。これをなくすと大変!
 ふたたび車に乗り込み、1㎞ほど先にある、登山口へと送ってもらった。そこでドライバーにお礼を言って下車。いよいよここから歩きはじめだ。乗り物での移動ばかりだったここ数日でなまった身体をやっと動かせるとあって、ウキウキしながら出発できた。初日の目的地は、コンフルエンシア(3,414m)というキャンプ地まで、約8.7kmの距離、440mくらい標高を上げる。想定では3時間程の道のりだ。

 しばらくは平坦なハイキングコースをたどる。観光やハイキングで訪れる人のために周回ルートがあるようで、高台には遠くに見えるアコンカグアといっしょに記念撮影ができる場所があった。
遠く左手に見えているのがアコンカグア。白く雪を被っているのがわかる。山頂をめざさない一般のハイカーはここで記念撮影をするらしい。
 さらに歩いていくと、茶色い水が流れる川に掛かる吊り橋を渡る。ここから先は登山者の領域となる。パーミットを持つ人だけが歩けるところ。そう思ってひとりでニヤケている自分がいた。少し進んだ場所の大きな岩が鎮座しているあたりから、ゆるやかに登っていく。広い青空のもと、歩けることが本当に幸せでご機嫌な気持ちで歩いた。
 
 そんな気持ちのせいで足早になっていたのか、あっという間にキャンプ地が見えてきた。予定よりも早く2時間ちょっとで到着。レンジャーステーションでパーミットを提出しチェックインをして、エージェントのテントへと向かう。
コンフルエンシアに到着。いよいよ山の領域に入ってきた。白い建物は、レンジャーステーションだ。
 キャンプ地にはすべてのエージェントがそれぞれのテントを設置しており、自分の手配した会社のテントに行き、そこで案内された場所を使用させてもらうという仕組みになっている。

 私のエージェントテントは黄色テントの「Aconcagua vision」。テントまで行き、自己紹介をすると「待っていたのよ!」と明るいスタッフがハグして迎え入れてくれた。「調子はどう?」などと会話をしながら、宿泊エリアを案内してくれた。
宿泊用のテント内には、2段ベッドが並んでいた。
 そして、「ジュースやフルーツを準備しておくから落ち着いたらダイニングに来てね」とのこと。とりあえず、靴をサンダルに履き替え、ダイニングに行くと、ジュースとフルーツ以外にも「ランチ?」と思えるくらいの量の食べものがテーブルに並んでいる。ピザ、アップルケーキ、ナッツなどなど。これだけ並べられると、ついつい食べてしまう。そして、Wi-Fiまでも完備されているので山間の中にいるとは思えない豪華さだった。
ここでも豪華なおもてなし。ウェルカムドリンクとか言っていたけれど、もはやランチだ。
 シャワーを浴びて、午後は昼寝でもしようと思っていたが、テント内は暑くてサウナのようで、とても昼寝どころではない。仕方なく夕食までのあいだは、ダイニングで時間を過ごすことにした。順応するためにも水分を多めにとる必要があるので、フリードリンクの紅茶やハーブティなどを飲みながら読書タイム。そして19時に夕食。この日も昨日同様、登山者はいなかった。広いダイニングテントにて、ひとり寂しく食事をとる。スタッフは気にかけてくれて、たまに「味はどう?」「必要な物はある?」など、ことあるごとに声を掛けにきてくれる。かといって、しつこくなくほどよい距離で接してくれる。静かに心を落ち着けたままで過ごしたかった私としては、そんな気遣いが嬉しかった。
夕食はやっぱりワイン付き!
 

12月23日 コンフルエンシア〜プラザフランシア
 登山2日目。この日は、コンフルエンシアからプラザフランシア(4,200m)まで、順応トレッキングをする1日。片道10.25km、810mの標高差という行程を歩く。この標高で、往復20km超えになるという距離なのだが、どこまで歩けるのかが不安だった。考えても始まらないので、無理せず行けるところまで行ってみることにした。6時30分頃起床。テント内の気温は5℃。ダイニングテントで朝食を食べ、スタッフがつくってくれた昼食用のサンドイッチを受け取り、7時30分にキャンプ地を出発した。
プラザフランシアまでのルートは、赤茶けた大地をもくもくと歩く。目印があまりないので、要注意。 
 通常どれだけの時間が掛かるものなのかわからなかったので、出発前にレンジャーのお姉さんに聞きにいったところ、片道4時間と言っていた。しかし歩きはじめて、分岐にあった看板には、5時間と書かれていた。1時間の差は大きい……。どちらを目安にするか迷ったが、人によってペースもちがうので、細かいことは気にしないようにしようと気を取り直し、歩き始めることにする。目印もなく、山々に囲まれた谷沿いをひたすらゆるやかに上がる。そして、歩きながら自身の体調を整えていく。そろそろ南壁が見えはじめてもいいころだよなぁ、と思っていた場所には看板が立っており、撮影ポイントになっていた。あとで調べたところ、奥のプラザフランシアまで行けない人はここで折り返している人もいるようだ。そこより先の1時間くらいの道のりは、ルートがかなり不明瞭で迷いそうになりながらも、見えてくる前方の景色を目印に進んだ。
眼前にアコンカグアの南面が迫るプラザフランシアに到着。絶景なり。
11時15分ごろ、プラザフランシアに無事到着。アコンカグアの南面の大迫力! 刻一刻と変化する不思議な雲のかたちを楽しみながら30分ほどを過ごす。

 ずっと見ていても飽きないくらいの絶景を見ながらスタッフがつくってくれた、あまりにも大きくて笑ってしまうくらいのびっくりサイズのサンドイッチを食す。しかし3分の1くらいだけ食べてギブアップ。
ビックリサイズのサンドイッチ。中にはフライドチキンが2枚も入っていた。
 11時45分、プラザフランシアを出発。来た道をひたすら戻る。時折、風速15mはあるかなというくらいに風が強くなり、上手く歩けなくなることもあるほどだった。だんだんと不安になっていたのか、いつのまにか急ぎ足になっていた。ところが、これから上がってくる人も多く、2~3グループとすれちがう。そのたびに「オラ!」と声掛けをすると、安心感が増すから不思議だ。まだ、ひとりでいることに緊張しているのかも。
 
 いままでの経験上、緊張していたり、気持ちが焦っていると、呼吸数も上がりよくないサイクルに陥る。悪い方向に向かわないようにするためにも、もう少しリラックスしなきゃと言い聞かせながら、自分の身体と対話しつつキャンプ地へと戻る。14時30分ごろ、コンフルエンシア着。ティータイムのあと、シャワーを浴びてテント内で少しのんびりする。

 19時に、メディカルチェックを受けに行く。このチェックは登山中、全員がこのコンフルエンシアとベースキャンプの2ヶ所で受けることが義務になっており、医師によるOKのサインをパーミットにもらわないと上部へは進めないことになっている。
 
 チェック内容は、血中酸素濃度(SpO2)と血圧、そして問診。「水分はどのくらい飲んでいるかとか、調子はどうか?」など聞かれたが、元気そうに見えたからなのか、かなり適当な感じだった。とりあえずは合格点をもらうことができたので、明日はベースキャンプへ向かえる。ここで足止めされたらどうしようと、日本にいるときからずっと心配だったのだが、なんともあっけなく終了。ホッとしてテントへ戻り、夕食をとり、明日の長時間行程に備えて早めに就寝した。

 

12月24日 プラザフランシア〜ベースキャンプ
 いよいよ、4,367mのベースキャンプへ向かう。17.58km、977mの標高差。8~10時間の長距離、長時間の歩きとなるこの日に問題なくべースキャンプに到着できるかで、この先の登山が上手く行くかが決まると言っても過言ではないという話もあったので、呼吸を荒げず高所の影響を出さないよう、できるだけ慎重に行動する。朝、ムーラに運んでもらう荷物を預け、自分は軽めの荷物で負担を減らす。
いよいよベースキャンプをめざしての行動開始。まずは、荷物をムーラに預ける。
 しっかりと朝食を食べ、ランチのサンドイッチ、行動中のスナックを受け取り、スタッフに挨拶をして、7時40分に出発した。昨日の晴天から一転し、この日の朝は雲が空一面に広がり山の半分くらいまで下がってきている。いまにも降り出しそうな雰囲気だった。防寒具を着たままで歩きはじめた。
ベースキャンプまでの道のりは長いので、朝食はがっつり。歩き出しは、曇天だった。
 序盤はだだっ広く平らな道をひたすら進む。だんだんと砂が小石に変わり、小石が大きくなり、広い河原のようなところに変化していった。水が流れる場所の近くは、ムーラの歩いたあとや登山者の踏み跡が多く、明確なルートが判断しにくくなるため、惑わされないように歩くことに神経を使う。さらに途中には、いくつかの渡渉箇所があった。前を歩いていた登山者が流れの中にある石にうまく乗れずに滑ってしまい、水流に落ちて靴を濡らしてしまっていた。
心なしか寂しげな乾燥したトレイル。砂は小石に変わり、小石は大きくゴロゴロとした岩へと変わっていく。ただただ、ひたすら平らな道を進む。
 それを見た私は慌ててストックを出して、慎重に渡った。渡渉箇所を乗り切り、少し行った先にはベースキャンプまであと4時間と書かれた看板があった。このあたりで半分か……。標高は約3,800mの地点。時計は11時を指していた。水分補給と行動食をとり、少し休憩をしてからふたたび歩きはじめた。あたりには大きな岩も出てきて、登りが始まる。1時間ほど歩いたところから、前方上部にチラッとベースキャンプが見えた。目的地が見え少しテンションが上がったのだが、見えてはいるが遠いんだよね、きっと……と思いながら、焦らずに歩みを進めた。
目印となる小さな看板には、ベースキャンプまであと4時間とある。ここでやっと半分。 
 アップダウンを繰り返した先には急斜面が立ちはだかる。最後の登りでペースを乱さないように要注意との情報を事前にもらっていたので、ここからはさらに慎重に歩く。斜度もあり、頭くらいの石がゴロゴロと浮いている砂地。滑ってしまったり、バランスを崩して踏ん張ろうとしても、富士山の砂走のような感じのためうまく力が伝わらない。なるほど、これでは動物でも踏ん張れずに転がっていくなぁーと想像できた。そこらにムーラの骨が落ちていたのも頷ける。登りきって終わりかと思ったところからは、新たな登り道が見えていた。まだなのか……と深いため息をついていた。

 気を取りなおして前方に見える、吹き流しをめざして行くとキャンプ地が一望できる高さまで来ていた。突然現れた人工物に安心する。14時10分、ベースキャンプのプラザデムーラスに到着。ここ数日の空模様の観察では、16時以降に風が強まったり、あられが降ったりと天気が崩れる傾向が多かった。崩れる前に到着したかったので早めに到着でき、ホッとした。
コンフルエンシアと同じく目印は白い建物。こちらが、ベースキャンプのレンジャーステーション。
 レンジャーステーションでパーミットを提出してチェックイン。そして、エージェントテントへと向かった。スタッフに挨拶をすると「歩いてきたの⁈」とびっくりされた。「なんで?」と聞くと、ヘリコプターで上がって来るのかと思っていたらしい……。人によっては、体力温存するために登山口からベースキャンプまでの長い行程を省略して、往復ヘリコプターでベースキャンプを出入りする人もいるとのこと。または、ヘリコプター代を払ってでも時間を短くしたい人か、もしくはお金持ち。私は時間もあり、順応もしたい、ヘリコプターのお金を払うよりも歩くことが好きという考えだったので、歩きを選択したことに満足している。

 ベースキャンプ到着後は、毎度ながら準備してくれるウェルカムジュースとフルーツをいただきながら、標高に身体を慣らすために1時間ほどを過ごした。到着時はバクバクしていた心拍数もだいぶ落ち着いてきたので、まずはテント設営に取り掛かる。スタッフが「手伝うよ」と数人が集まって来てくれた。ベースキャンプでは風が強かったり、砂地だったり、石が混ざっていたりするので、ペグを打って固定するというよりは、細引きと石で引っ張って固定するという方法をとることが多く、スタッフが石を集めてくれた。そのあいだに日本から持っていきたテントを広げていると「これで寝るの? 小さいね~!」と苦笑いされる。

 通常ベースキャンプで使用するテントは長期間の滞在となるのと荷物が多いので、2~3人用をひとりで使うことが多い。だが今回はベースキャンプでの快適性よりも、自身で荷揚げすることやフライトの重量制限もあったので、1~2人用のテントが限界との見解だった。小さいテントだったので、アッという間に設営も終わり、テント内にふたつのダッフルバッグも詰め込み、マットやシュラフもセッティング完了。着替えを済ませてスッキリしたあと、ダイニングに行く前にトイレに行った。ベースキャンプのトイレはボットンシステムになっていた。見た感じはふつうの水洗トイレに見えるが、水洗ではない。小と大が分かれるようになっていて、大をしたあとには自身で横にあるおがくずをかけるというシステム。そしてこのトイレは毎日数回、スタッフがこまめに掃除をしてくれていて、とてもきれいで匂いもほとんどなかった。ベースキャンプではトイレに困ることもなさそうだ。
ベースキャンプのトイレも快適仕様。水洗ではなく、用を足したあとはおがくずを使用する。
 ふたたびダイニングへ向かった。ダイニングには、すでにベースキャンプ入りして活動を始めているほかの登山者が集まっている。その人たちに自分が欲しい情報の聞き込みをしていく。まずは、お互いの自己紹介。名前や出身地などを聞く。そして、いままでどんなところに登ったことがあるのか、今後めざしている山はあるかなどの会話となる。山で会う人の興味はやはり山ですよね。これは世界共通(笑)。そのあとは、本題のアコンカグアについての質問に移っていく。ベースキャンプにはいつ上がってきたのか、上部のキャンプ地はどんな感じなのか、ルートは問題ないか、あなたのスケジュールはどんな感じの予定なのかなど、相手からでき得る限りの情報を集める。こんな会話をしながら、今後の自分のスケジュールを考えはじめる。

 当初の予定では、ベースキャンプに到着した翌日は休みの日。その後、C1に順応に行き、C2タッチしてベースキャンプに下山。レスト日を挟んで、C2へふたたび上がり、C2に宿泊してC3にタッチしてベースキャンプに下山。またレストしてから、いよいよC2へ上がり、翌日から山頂をめざすと考えていた。しかし、天気予報を見ていると25日の午後から雪が降る予報が出ている。しかも多めの積雪量。そして26日、27日も午後は雪が多少降る予定。そして、28日は雪が止むが、風が強くなる予報。そのあとの予報も「雪・雪・風・ベストday」と4日周期くらいで天候が変化する感じだった。
現地で撮った天気予報のスクリーンショット。これは、のんびりとはしていられない。作戦を練り直さねば!
 これはのんびりしていると、チャンスを逃してしまうかもしれない……と不穏なイメージが一瞬、脳裏をよぎった。落ち着いてシミュレーションをし直し、頭のなかでイメージを固める。どんな行程なら無理なく、山頂へむかえるのか。何度も行程と天候、時間の計算などをしながら作戦の変更を繰り返していた。体調も順応もここまでは順調だったので、最終的には苦手なことを排除できる「風が弱めで降雪のない日」を優先して登頂日を選ぶことにした。ということで、当初の予定よりもかなり早めに山頂へ向かうことに。作戦はこうだ。

25日→ルート確認しながらC1へ日帰り順応
26日→メディカルチェックを受け、荷揚げの装備を準備
27日→C2へ日帰りで荷揚げ&順応
28日→荷揚げ&C2宿泊
29日→C2~C3~山頂~C3~C2~ベースキャンプ

※ただし、途中で体調に変化があった場合は再考するという条件付き。

 ある程度、作戦が見えてきたところで、19時の夕食時間となっていた。スープ、メイン、デザート。そして、赤ワインとスタッフがサーブしてくれる。いままでは寂しくひとりで食事をしていたが、ベースキャンプには登山者がたくさん。その中にはアコンカグアに何度も登っている倉岡さんもいた。また、倉岡さんといっしょに登るというすてきなご夫婦にお会いして、テーブルシェアをさせてもらうことになった。食事をしながら、倉岡ガイドには上部キャンプの様子や登頂に関してのアドバイスをもらうこともできて、自分の再考した作戦もだんだんと不安から確信に変わっていった。だれかと話をしながらの食事は、日本を出発して以来という久しぶりの時間だったのでとても楽しく有意義な時間となった。




 登頂へのイメージも完成し、ついにベースキャンプを出発することに。山頂へ向けてのアタックパートは、次回に続く。


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