• 山と雪

8,000m峰4座登頂の登山ガイド・岩田京子、南米アコンカグアに登る(ひとりで)── 登頂編_その2

2023.03.10 Fri

岩田京子 登山ガイド

 遠路はるばる、日本からアルゼンチンのメンドーサへやってきた登山ガイドの岩田京子さん。めざすは南米最高峰のアコンカグアの山頂ですが、出発から約1週間が過ぎてもまだ登山の起点となるベースキャンプに……(詳細は「8,000m峰4座登頂の登山ガイド・岩田京子、南米アコン カグアに登る(ひとりで)——登頂編_その1」に)。登っては下りの高度順応を繰り返し、手続きに装備にともろもろの準備を整え、いよいよ山頂へのアタック行程がはじまります。




12月25日 ベースキャンプ〜C1キャンプカナダ往復
 当初はレストの予定だったが、さほど疲れはなかったのと、登頂用のブーツの様子をみたかったので、昨日、予定を変更した作戦にしたがって、この日は5,000m付近にあるキャンプカナダへ向けて日帰りで順応をしに行く。ベースキャンプでのんびりと朝食をとり、身支度を整えた。太陽もあがり、あたたかくなってきた10時30分ごろ、ベースキャンプを出発する。
 
 キャンプ地を通り過ぎたあと、急な斜面をジグザグと登りはじめ、高度を稼いでいく。砂走りのような場所やガレ場なども多く、歩きにくい。斜面にはいくつものルートがあり、ポーターが使うものや下山時に使うルートなど紛らわしい道がたくさんあった。そんな何本ものルートから、自分にとって歩きやすいルートを選びつつ、目印となるものを探しながら進む。荷上げをする際に休憩すべきポイントや暗闇だった場合、目印になりそうなものなど、考えうる限りの想定をしながらルートを歩いた。およそ2時間半でキャンプカナダに到着した。思ったよりは時間はかからなかったが、やはり心拍数は上がり、呼吸は苦しい。この標高に少し身体を慣らすために30分ほど滞在して、下山を開始した。登りとは別ルートがあり、試しにそちらを歩いて下りた。時間短縮ができ、ベースキャンプに45分くらいで下山できたが、足に負担が掛かるので今後は利用しないことにした。

 下山して14時30分ごろからダイニングテントで、のんびりしながらひとり反省会。今日は高所靴で上がったが、やはり歩きにくくペースも上がらないため、荷上げするときなど上部キャンプへ上がる際には、いつもの登山靴で上がる方がいいなとか、歩いていても暑くはならないが風が冷たいので、着こみ過ぎないようにするほうがいいなど、いろいろとわかったことがあった。そんなことを整理しながら、午後の時間を過ごしていた。しばらくすると、外が薄暗くなってきて夕方から予報通りに雪が降ってきた。夕食の時間になると積雪も多くなってきていた。思った以上に多い。山頂に向かっている人もいるだろう、大丈夫かな……と思いながらテントに積もった雪を払ってから湯たんぽをシュラフに放り込み、就寝。夜、23時ごろから何やら無線の音が多く、寝ているテントまで聞こえてきていた。翌朝、スタッフに聞くとロシア隊が遭難して下りてきていないとのこと。ベースキャンプでもかなりの積雪だったので、山頂付近では荒天だったと思われる。ホワイトアウトで方向が分からなくなりビバークしたのではないかと想像する。なんとか無事でいてくれるといいのだが、と願う反面、天候が悪いことは分かっていたのになぜ上がったのだろうか……などと頭のなかでさまざまなイメージが回っていた。

 

12月26日 ベースキャンプ_休養日
 この日は休養&準備の日。9時30分ごろ、朝食を食べてからメディカルチェックに向かった。このチェックで医師からのOKが出ないと、山頂に向かうことはできない。血圧140で、なぜかアウトという話。ドキドキしながらチェックを受ける。私の血圧は120だった。平地だと100前後なので、やはり高所にくると血圧は上がるようだ。SpO2(血中酸素濃度)の数値も問題なしだった。ホッとした。これで準備はすべて整ったことになる。山頂へ行ける! と浮足立つ気持ちでダイニングテントへ戻った。
標高4,367mのベースキャンプにある世界最高所のアートギャラリーテント。ギネスブックにも認定されている。
 昼食を食べてのんびりしたあと、「世界最高所にあるアートギャラリー」ということでギネスブックにも認定されているギャラリーを訪問。そこにはミゲルさんというアーティストがいる。なんでも毎年、シーズン中はベースキャンプにあるアートギャラリーに住みこんで活動をしているそうだ。
アコンカグアにも登頂したというアーティストのミゲルさんと。ミゲルさんは、アートギャラリーの主催者だ。
 テントに入ると、本人が書いた絵が一面に飾られている。どの絵も力強くパワーを感じる作品だった。販売もしているので、気に入ったものがあれば購入も可能。本人も登頂した経験があり、しかも山頂で作品も描いているらしい。そんなミゲルさんからパワーを分けてもらった気がした。登頂してからまた来るね! と約束してギャラリーをあとにした。

 夕食までのあいだに、翌日からの荷上げのための準備に時間を費やした。一度ではすべてを荷揚げできないので、2回にわける想定。1回目の荷上げでは、登頂の際にしか使わないものを上げる。高所靴、高所ダウン、アイゼン、ピッケル、ヘルメット、サミット用のザックやそのほか小物など。なんだかんだで、おそらく14kgくらいになったと思う。これを背負ってはたしてこの標高で標高差1,200mを歩ききれるのだろうか……。不安を抱きながらも身体を休めるため、早めにシュラフにもぐり込んだ。
 

12月27日 ベースキャンプ〜C2ニド往復
 C2のニドまで1回目の荷上げ。7時にダイニングテントで朝食を済ませ、昨日準備したものを背負って8時にはベースキャンプを出発した。もう少し遅めの出発でもよかったのだが、ペースが上がらなくなることを想定して、できるかぎり早めの出発を決めた。
この日のベースキャンプ出発時には、14kgほどの荷物を背負うことに。 
 一昨日から降り積もった登山道の雪は、あまり溶けておらず、だんだんと深くなっていった。深さが増してきた雪が靴の中に入らないように途中でゲイターを装着。脛くらいまでになり、軽くラッセル状態。この日は日帰りの予定で、天気が崩れる前には下山したかったこともあり、ベースキャンプを早めに出発をしたのだが……。降雪によりルートも不明瞭で、レンジャーよりも早く出てしまったのでトレースもない。後悔しながら進んだ。ルートをまちがえないように神経を使いながらの歩行で、思ったよりも時間が掛かってしまった。想定より30分押しの10時55分ごろ、なんとかC1のキャンプカナダに到着。
C1のキャンプカナダ。これは、まだ雪がないときの様子。めざすはもうひとつ上のC2ニド。
 行動食を食べ、水分補給をしているとベースキャンプから上がってくる人の姿が下部の斜面に小さく見えた。11時過ぎ、キャンプカナダを出発。太陽が山の端を越えはじめ、サングラスをしていても眩しいくらいに雪面からの照り返しがきつくなってきた。グラスの奥で目を細めながら歩く。日焼け止めも塗り直しているにも関わらず、頬がヒリヒリしてくる。1時間ほどのトラバースを歩き、休憩ポイントの目印となる岩が見えてきた。ここから直登の広い斜面を見上げる。けっこう上がるなぁ……とつい口走りたくなるようなはてしない斜面だった。

 距離にするとたいしたこともないが、5,000mを越える標高と背中の荷物が重くのしかかり、ペースを奪う。1歩を踏み出すのも重い。淡々と足を動かすという作業を続け、見えていた斜面の半分くらいを登ったところで上部を見上げると、C2のレンジャーステーションにある吹き流しがみえてきた。広大で目印のない斜面を歩いていると本当に進んでいるのだろうかという錯覚に陥ることが多いので、そんな少しの変化もすごく嬉しかった。しかしまだ遠いなぁ、と絶望的な顔をしていたのだろうか、前を歩いていた人が「あと10分くらい、もう少しだよ!」と励ましてくれた。でも、「本当?」と疑いたくなるほどなにも見えず。その言葉が信用できないくらいの斜面が私の目の前に立ちはだかっている。

 気を取り直してふたたび歩きだすも、やはり10分では到着せず。13時25分、C2のニドに到着した。この日の荷上げが今回の登山でいちばんの心配ごとだったので、C2に到着したときは登頂したかと思うくらいに嬉しかった。到着してからも思ったよりはダメージが出なかったので、明日の2回目の荷上げも行けるな! と確信を得ることができた。
C2のニドにあるエージェントのテントにて。目印は、この黄色。
 荷物をザックから出してエージェントテント内にデポ。C3までのルートを目視で確認して、13時50分ころにはニドを出発し下山開始。16時15分にベースキャンプに到着できた。

 ダイニングテントでのんびりする。山頂へ向かう前には身を清めたかったので、陽の光があたたかいうちにシャワーを浴びる。いよいよ、明日から山頂へ向けての出発となる。そわそわしてくる気持ちを落ち着かせ、2回目の荷揚げの準備を済ませる。夕食時に最終確認で天気予報の変化がないかをチェックして、作戦通り明日から山頂へ向けて出発する気持ちを固めて、就寝した。
山の中とは思えないほどにきれいなシャワールーム。
 
12/28 ベースキャンプ〜C2ニド
 山頂へ向けて、出発する日となった。8時、いつものようにダイニングで朝食を食べ、身支度と荷物の最終チェックをして、9時40分にベースキャンプを出発。10時50分、毎度の休憩ポイントであるピナクルに到着。12時ごろ、C1に到着。10分ほど休憩して出発。ここまでは毎度のルーティンだ。

 背中に荷揚げの荷物を背負っているが歩行ペースも変わらず、調子もいい。順応はうまくいっている。13時10分、休憩ポイントの岩場着。10分ほど休んでから出発した。C2のニドには14時30分着。これで、2度目の荷上げもできた。身体の調子も問題なし。少し休んでから、防寒具を着込んでC2での行動を開始する。まずは水づくり。降り積もったきれいな状態の雪を袋に集め、バーナーで溶かしていく。夕食用、朝食用、行動用が必要となるため、かなりの作業となる。この作業をしながら、テント内を整え、翌日の準備をする。少し多めに夕食を食べた。翌日は早朝に出発となるので、21時ごろには眠りに就いた。
C2のニドのキャンプはもう雪景色。降り積もった雪を溶かして水づくりに励んだ。
 
12/29 C2ニド〜山頂往復
 予定では、C2のニドより10時間くらい掛けて山頂をめざし、登頂後にニドまで戻り、パッキングをして、その日中のうちにベースキャンプまで下山するというスケジュールを立てていた。なにもトラブルがなければ、歩き切れると考えた行程だった。

 1時に起床のはずが、なんだかんだで1時30分。身支度をしながら、まずはお湯をつくりはじめる。朝食を食べながら、出発の準備。積雪が多かったのでアイゼンを装着し、ヘッドライトの灯りを頼りに真っ暗な状態のC2を3時30ごろに出発。暗いのでルートが分かりにくく、なかなかペースが上がらない。でも、天気予報の通り、風もなく思ったよりもあたたかい。プラスな理由を見つけて気持ちを持ち上げながら、上部をめざしてもくもくと歩き続けた。

 6時15分ごろ、標高6,000mほどのC3のコレラに到着した。もう明るくなりはじめている。ほかの隊はもう出発したのか、キャンプ地は静まり返っていた。上部を見上げると、立ち並ぶテント場を通り抜けた先の斜面をジグザクに上がりはじめている登山者が見えていた。
C3のコレラは6,000mほどの標高に。上部を見上げると空が近い。
 呼吸を整え、私もあとを追うように斜面を上がっていく。明るくなったことにより、今まで見えなかったいろいろなものが目に入ってきて、テンションも上がる。途中、振り向くと眼下に広大な絶景が広がる。名前はわからなかったが、かたちのいい独立峰も見えた。

 さらに朝陽も上がってきたころ、あたりを見回していると“影アコンカグア”が現れた! 思わず「すごい、すごい! みて、みて!」と口に出していた。ひとりきりであるいていたので、だれかに対して言ったわけではないのだが、今この景色を見ることができるすべての人に気が付いて欲しかった……たぶん、そんな想いが言葉に出てしまっていたのだろう。ふとわれに返って、周りにだれもいないことに落胆し、仕方なく写真に収めた。
ここに居なければ見ることのなかった、影アコンカグア! すごい、すごい! みて、みて!
 7時45分ごろ、約6,200mのピエドラス・ブランカスといわれる大きな白い岩が目立つ休憩ポイントに到着した。少しだけ立ち止まり、呼吸を整えながら行く先を確認してから、また歩きはじめた。9時45分ごろ、約6,390mにある、インディペンデンシア小屋に着いた。先行パーティーが休憩していた。リーダー風の人がビニール袋に入ったミックスナッツをみんなにひと口ずつ配っていて、近くで休んでいる私にも、どうぞと、同じグループでもないのにわけてくれた。
インディペンデンス小屋で休憩をしていたら、先行パーティーからミックスナッツのお裾分け。
 そのとき、ハッと気が付いた。「私、補給してない……」。ルートミスをしないように歩くことに一生懸命になりすぎて、水分補給とエネルギー補給をほとんどしていなかった。まずいと思い、日本から持ってきていたエナジーゼリーを半分飲んだ。ここまでのあいだ、補給していないことに気が付かなかったため、このあとに後悔することになるとは思いもよらず。

 インディペンデンシア小屋の目の前に立ちはだかる、広い斜面をジグザクに70mほど登りきった場所に立つと、向かう先に長くのびるトラバースルートが見えてきた。その上部には、めざす山頂もしっかりと捉えることができた。このときは、行けそうだな、という思いも出るくらい余裕はあった。
もう山頂は見えているのに、その直下には長い長いトラバースルートが。ここの足元は2,000mは切れ落ちていた……。
 淡々とトラバースを行くと、途中に大きな立岩がある場所に着いた。そこからは先を観察すると、少しずつ傾斜も増し、膝下まで埋まる積雪が残る感じが見える。降ったばかりの柔らかい雪のため、踏み抜きや踏み外しの懸念もあったのでアイゼンの装着具合を確認した。歩きはじめると、案の定、右下が切れ落ちているのっぺりとした斜面で、遠くの下方にベースキャンプが見えていた。足場をミスするとおそらく2,000m下のベースキャンプまで滑落するだろうと容易に想像できる。積雪の状態も風の影響か、5~8cmくらいのウィンドクラストが表面にはあるが、降ったばかりの雪なので内部はかなり柔らかい状態。そこにルートがジグザグと切られているので、いつ雪崩れてもおかしくない状況だった。さすがに通過するのが怖かった。

 高所のため苦しくてペースを上げることはできないが、なるべく時間を掛けずに進もうと周囲の異変に気を配りながら慎重に進んだ。雪が深く、柔らかい雪で、股関節まで踏み抜いたり、バランスを崩したり、体力と時間をかなりとられた。それでも、12時30分、約6,680mの地点にあるラ・クエバと呼ばれる大岩にやっとのことで到着できた。ここまでが本当に辛かった。なのに、ここからさらにグランカナレーターと呼ばれるところを上がらなくては山頂に到達しない。

 自分の中での見込みでは山頂まで1時間~1時間30分くらい。14時を回ると下山させられるという話を事前情報で得ていたので、ギリギリ間に合うかも計算して歩きだす準備をしていた。するとレンジャーが上がってきた。まずい! 降ろされる前に到着しなきゃ。彼らが出発する前に先行するため、急いでザックを閉めて歩きはじめる。ところが歩きはじめると、さっきのトラバースよりもきつかった。ここから山頂までの標高差は約240mなのだが、途中の補給ミスもありダメージが尾を引いているようで1歩が重く、ペースが上がらない。振り返ると、レンジャーが少し離れた後ろを上がってくる。何度も振り返りながらも、登り続け、15時15分に山頂に到着。
岩田京子、6,960.8mのアコンカグア山頂にたどり着きました! 標識がコンドルなんて、いかにもアンデスです。
 山頂には、ベースキャンプで顔見知りになった日本人のバックパッカーが先に到達していて、みんなで喜びを分かち合うこともできた。ホッとしたところで、飲んだり、食べたりして休憩をとっていると、しばらくしてレンジャーが上がってきた。14時を過ぎていたのでなにか言われるかと思って様子を見ていたが、なにも言われる様子もなかったので、ゆっくりと写真撮影などをして、15時45分には下山開始をした。

 思った以上の脱水とエネルギー不足で途中からバテてしまったのが尾を引いて、下山もペースが上がらず、朦朧としながら歩いたりもしていた。途中から、今日中にベースキャンプには戻れないと判断し、持っていた無線でべースキャンプのスタッフにその旨を連絡。ニドまではたどり着けるはず! と、気力を振り絞り歩き続けた。だいたいの人はC3のコレラに1泊してからの下山のようで、コレラから下は歩いている人がいなかった。とぼとぼと歩いていると、この山には私ひとりしかいないのでは? と思ってしまうほどだった。やっとニドのキャンプ地が見えたのだが、ここでルートミスをしてしまい、かなりの遠回りに。気持ちがゆるんだのか、判断ができなかったのか、今となってはわからないが、「こんなことではダメだ、ちゃんと帰らなきゃ」と気持ちを強く持ち、ルート修正をしながら歩いた。
 
 ニドのテントに到着したのが20時30分ごろ。すでにオレンジ色の夕陽が沈み始めていた。なんとか真っ暗になる前にテントに戻ることができた。が、テントに入って、とりあえずの飲み水をつくらなくてはならないのだが、頭も身体もあまりいうことをきいてくれない。ライターで火をつけるのも時間がかかる始末で、疲労はMAXだった。なんとか時間を掛けながらもお湯をつくりだすことができ、甘いミルクティーを2杯飲み干した。少しだけ元気になって、翌日の朝の分の水をつくってから、食事もとらずに靴だけを脱いで、寝袋にもぐりこんだ。

 
12月30日 C2ニド〜ベースキャンプ
 疲労のせいかあまり眠れず、7時ごろには起床。お湯をつくり朝食を摂る。といってもあまり口にできなかったので、甘いコーヒーとスナックを少しだけ食べた。早々にテントを撤収して、パッキングを済ませる。少し早めだが、ベースキャンプで調べていた事前情報では、午後からは雪が降り始める予報だったので、天気が崩れる前に下山を開始することにした。

 出発の無線をベースキャンプのスタッフに入れる。すると「登頂おめでとう! ベースキャンプで待ってるよ!」と返答が返ってきた。下山をすることで自分の頭がいっぱいで、昨日登頂したことをすっかり忘れていた。改めて言われた言葉に涙が出そうだった。無線連絡を終え、9時ごろにC2のニドを出発。荷上げしたすべての荷物を背負い、登頂したんだなぁ~と、実感のわかない気持ちを整理しながら、陽が当たり始めたばかりの斜面を降りた。

 標高が下がるにつれ身体も楽になり、頭もクリアになってきた。9時40分にはC1のカナダに到着。順応のために宿泊している人たちが起きて、テントから出てきている姿が見えた。少し休憩して、歩き始める。ベースキャンプが眼下に見えてくると、戻って来れたんだと、安堵感が込み上げてきた。張り詰めていた気持ちが、ゆるみはじめている。たくさんのテントを目にすると、そこに人がいるという存在だけでもありがたさを実感する。ただいまと帰れる場所があるだけで、本当に幸せだった。スタッフに早く会いたいという気持ちが、パワーを生み出し、最後の急斜面を下りきることができたように思える。無事にベースキャンプまで戻ってきた。10時20分、キャンプ地に到着。

 スタッフに下山報告をして、ダイニングに入り、やっと深く呼吸をする。それでもまだ高揚しているのか、座って落ち着くことができなかった。しばらくは立ったままで運ばれてきたフルーツを食べていた。少し落ち着いたころに靴を脱ぎ、椅子に座って落ち着くことができた。ランチを食べながら、やっと帰ってきたんだなぁという実感を味わう。午後は体調回復のため水分補給をしながら、のんびりと身体を休める。頭と身体がリラックスしてくると、無事に下山できたという安堵の気持ちと、もうちょっとできたはずという悔しい気持ちが交互にやってきていた。
 
 
最後に……。
 今回の登頂日の反省として。休憩の少なさとエネルギー、水分の補給不足のため、最後の200mくらいは意識を持ちこたえるのが大変だった。行く前までは、いろいろとシミュレーションをして準備をしていたはずなのに……。休憩とエネルギーをもう少しうまくとれていたら、もう少し山頂で余裕があったはず。下山した瞬間から、もう一度登りたいという気持ちも出るほどに、悔しさが込み上げてきていた。これも今の自分の実力なのだと納得するまでに時間が掛かった。いや、今でも納得はできていないかもしれない。今回は無事に下山できたが、もし朦朧としていたときに事故を起こしてしまっていたらと思うと、余裕なく歩いていたことは反省すべきだと思っている。

 それでも当初の目的だった、自身での荷上げ作業と登頂&無事下山を達成できたので、今回の遠征は成功ということにしようと気持ちを整理して、前に進むことにした。次回への課題を残してはいるが、きっと何度登っても、下山したあとはこんなふうに反省点が生まれるのだろう。目標に行きつくまでに経た過程は、そのときどきでさまざまな内容が含まれてくる。どんな過程をたどったとしても結果がすべてという人もいるが、私にとっての登山は、この登頂までの過程を大事にしている。

 山を始めたときに、心から感謝をした山と山に関わるすべての人への恩返しが少しでもできたらいいなと……そんな気持ちを持ち続けて、これからも山を歩き続けたいと改めて思えた遠征だった。
アコンカグアの展望台でもあるボネット山の山頂からその山容を望む。あのてっぺんに登りました!! 
 たったひとりで旅立ったときは、不安ではち切れそうだったけれど、とてもたくさんの人に囲まれて、力をもらい、遠征を楽しめたことに今回も感謝。遠征を終えることができました! ムーチャグラシアス!!


岩田京子 登山ガイド

日本山岳ガイド協会認定登山ガイド。アウトドア業界でのイベントの企画運営の仕事の経験を生かし、現在はガイド業をするかたわら、海外添乗員も兼務。プライベートでは、ヒマラヤの山々にチャレンジしている(チョーオユー、マナスル登頂)。2019年5月、エベレストーローツェへの連続登頂に挑戦。見事、成功を収めている。2024年、マカルーへの登頂も果たし、8,000峰は6座目に。
WEBサイト:山plus

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