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「やろうと思えばなんでもできる」今日で生誕75年。植村直己は、いまも生きている

(2016.02.12)

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『青春を山に賭けて』(植村直己著/文春文庫)。幼少期から登山、冒険へと目覚めていった半生を描いた自叙伝。

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大統領の名にちなんだ「マッキンリー」あるいは、先住民の言葉「デナリ」と2つの名前で呼ばれてきたが昨今はデナリと呼ぶことが多い。標高は最新技術の測量で二転三転。

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映画『植村直己物語』1986年公開。出演 西田敏行、倍賞千恵子、井川比佐志、古尾谷雅人他。エベレストやアラスカで撮影された。

 1984年2月12日。植村直己は世界初のマッキンリー(デナリ/北米最高峰6,194m)冬季単独登頂をめざし、みごと達成する。しかし、翌日13日の交信を最後に消息を絶った。その後、母校・明治大学山岳部のOB会が中心となって捜索を行なったが、発見にはいたらず手がかりもつかめぬまま、3月8日午後に捜索は打ち切られた。「…時が経ってしまったので、われわれは残念のひと言に尽きます…」捜索にあたったOB会の面々は、かたい表情で語った。

 自身の誕生日である2月12日にようやく思いを遂げたものの、そのまま帰ることはなかった植村直己。彼は稀代の冒険家として、日本国内のみならず世界でその名を知られている。現在活躍する著名な冒険家や登山家、山岳ガイドたちが、影響を受けた人物として植村の名前をこぞって挙げる、誰もが憧れる冒険家だ。著作『青春を山に賭けて』は、そんな若い登山家や冒険家のバイブルといっても過言ではないだろう。

 1970年には、松浦輝男とともに日本人初のエベレスト登頂を果たし、同年、世界初五大陸最高峰を成し遂げる。そして、アマゾン川単独筏下りや、犬ぞりでの単独北極点の到達など「初」の文字が躍る数々の記録を、次々に打ち立てていった。そうした輝かしい実績はもちろん、多くの人々はなによりも彼の生きざまに共感し、人柄に惹かれていた。

 植村直己に関する本が多く出版されているが、そのほとんどは1984年以降に出版されている。1986年には、映画『植村直己物語』が公開され、俳優の西田敏行が主演した。日本全体が植村直己の存在を惜しむように、次々にストーリーが綴られ、めんめんと語り継がれている。

「物質に恵まれているなかでは、人間本来のものは失われている」

 そう感じていた植村は、日本で野外学校を作りたいという夢を抱いていた。そして、アメリカ・ミネソタ州にあるアウトワード・バウンド・スクール(現・Voyageur Outward Bound School)に、生徒として参加を希望する。しかし、植村の実績から、逆に指導を欲しいと依頼され、指導者として携わる傍らで野外教育について学んでいった。このスクールに滞在していたのは、マッキンリーで消息を絶つ直前のこと。そして、世界初のマッキンリー(デナリ)冬季単独登頂をめざして、ミネソタを離れるときに、子どもたちに次のような言葉を残したという。

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君たちに僕の考えを話そう
僕らが子どもの頃、目に写る世界は新鮮で、すべてが新しかった
やりたいことは何でもできた

ところが年をとってくると疲れてくる
人々はあきらめ、みんな落ち着いてしまう
世界の美しさを見ようとしなくなってしまう
大部分の人は夢を失っていくんだよ

僕はいつまでも子どもの心を失わずに
この世を生きようとしてきた
不思議なもの、すべての美しいものを見るために
子どもの純粋な魂を持ち続けることが大切なんだ
いいかい、君たちはやろうと思えばなんでもできるんだ

僕と別れたあとも、そのことを思い出して欲しい

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マッキンリーでの捜索が打ち切られた翌日に、夫人の公子さんは会見を行なっている。百人にもおよぶ報道陣を前に気丈に臨んだ。
 

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いまでも植村が生きていると信じています
冒険とは生きて帰ってのことだと、いつも言っていましたので、
少しだらしがないんじゃないの、と言ってやりたい
植村と一緒に暮らせて幸せでした。めぐり会えて良かったと思います

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 2016年2月12日。もし、植村直己がいたならば、75歳だ。どんな年の取り方をしていただろうか。やはりいくら月日が流れても、惜しまずにはいられない。あらためて思うのは、冒険とは生きて帰ってこそ。

 いまなお人々は彼の冒険に勇気をもらい、残した言葉に励まされている。植村直己は、いまも生き続けているのだ。偉大な冒険家が生まれた今日という日に、夢とは、生きるとは…少し思いをめぐらせてみたい。

 
 
ライター
A kimama編集部
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