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古くて新しい雪遊び。野辺山で愛犬と犬ぞり体験

2022.02.04 Fri

渕上健太 林業従事者、ライター

「犬ぞり」という言葉から思い浮かぶイメージはなんだろう? 北極圏を犬ぞりで旅した冒険家の植村直己や、ベストセラーになった「カラフト犬物語」を思い出すのは、少し古い世代なのかもしれない。もともとは北米大陸などの先住民族が冬場の移動手段として発展させたもの。本場ではいまも大規模なレースが毎年開催されているという。

 一方、日本ではドッグスポーツとしての知名度が低く、地球温暖化によるフィールドの減少も加わって愛好者は年々減っているようだ。国内ではなじみが薄い犬ぞりだが、じつは、はじめての人でも積雪があれば愛犬といっしょに、首都圏から日帰りで体験できるエリアがある。今回は、古くて新しい雪遊びともいえる犬ぞりと、スキーを履いて犬に引っ張ってもらう「スキージョアリング」を愛犬といっしょに体験して感じた魅力をお伝えしたい。息を合わせて練習すれば、あなたのわんちゃんも立派なそり犬になれる!?


牧場がフィールド
 都心から車で約二時間半でアプローチができる八ヶ岳山麓。その東側に位置する野辺山高原(長野県南牧村)は、高原野菜の栽培が盛んな農業と観光の村だ。その一角にある標高1,375mの観光牧場「滝沢牧場」が犬ぞりのフィールド。専用コースが整備されているほか、犬ぞりや犬に着けるハーネスなどをレンタルできる。観光客向けの犬ぞり体験はしていないが、愛犬を連れて来て道具をレンタルすれば体験できる仕組みだ。

野辺山 滝沢牧場 犬ぞり 犬ゾリ 野辺山高原 スキージョアリング 八ヶ岳 犬力舎 雄大な八ヶ岳連峰を背景に、10ヘクタールの広大な敷地に広がる滝沢牧場。

野辺山 滝沢牧場 犬ぞり 犬ゾリ 野辺山高原 スキージョアリング 八ヶ岳 犬力舎 レンタル用の犬用ハーネスと専用リード。

 コース設定などで中心になっているのが「犬力舎」の名称で活動する山口晃明さん、国子さん夫妻。埼玉県在住で、大型犬のアラスカンマラミュートを飼っていた20年ほど前に国内で犬ぞりが体験できることを偶然知り、以来その魅力に取り付かれて国内各地のレースに参加してきた。

 関東や中京圏から日帰りできる練習場所を探すなか、初心者向きの平坦な地形が広がり、通年営業でトイレや駐車場などが整備されている滝沢牧場に着目。2015年から犬ぞりコース設定の検討をはじめ、牧場側の全面協力のもと、レンタル用のそりなどを用意して初心者でも楽しめる犬ぞりコースを翌年にオープンさせた。

野辺山 滝沢牧場 犬ぞり 犬ゾリ 野辺山高原 スキージョアリング 八ヶ岳 犬力舎 滝沢牧場の滝沢恒夫社長(右)と犬力舎を主催する山口さん夫妻(左)。

野辺山 滝沢牧場 犬ぞり 犬ゾリ 野辺山高原 スキージョアリング 八ヶ岳 犬力舎 愛犬たちと息の合った滑りをみせる晃明さんによるデモンストレーション。


わが家の愛犬でも!?
 専用コースは1~3頭程度でそりを引くのに適した長さで1周約800メートル。取材では山の中を走り回ることが大好きな、わが家の雌で5歳半の雑種犬「どん」といっしょに参加し、基本を教えてもらった。

 まずは、そりのハンドルを握り、滑走板の上にしっかりと立つのが基本姿勢。スピードが出過ぎたときは、左右の靴のかかとを雪面に押し付けて速度を落とす「フットブレーキ」を使う。どんは、山口さんたちが連れてきた大型犬たちの存在に多少興奮しつつも、ハーネスやそりにつながるリードをセットしてもらい準備オッケー。ふだんから野山を駆け回っている体力抜群の犬だけに期待が高まる。

 ゴールとなる40メートルほど先に家族がスタンバイしたのを見届けて、大きな声で「どんちゃんゴー!」の合図を送ると……。どんはそりを引いて走り出すどころか、私のほうを向き、どうしたらいいか分からずに困ってしまった様子。ゴール地点で待つ家族や、ほかの参加者が大声で呼んでも、動揺して動かなくなってしまった。

 国子さんによると、散歩中にリードを引っ張らないように、人のペースに合わせてゆっくりと歩く習慣が身に付いているため、ハーネスを介して負荷を感じると、そりを引っ張るのをやめてしまうのだという。こうしたケースは珍しくないとのこと。「ふだんと逆の指示を犬に分かってもらうのはむずかしいけれど、お気に入りのおもちゃを投げて、それを目がけてそりを引かせるなど、練習を続ければそり犬としてデビューできますよ」と励まされた。

野辺山 滝沢牧場 犬ぞり 犬ゾリ 野辺山高原 スキージョアリング 八ヶ岳 犬力舎 はじめての犬ぞり体験で困惑してしまった様子のどん。
(撮影:犬力舎)


ベテラン犬で滑走!
 どんに引いてもらうのはむずかしかったので、山口さんの雄の愛犬「ハルク」に選手交代。5歳で体重40㎏のハルクは、北米でそり犬として活躍する「アラスカンマラミュート」と呼ばれる犬種だ。ハルクはリードを付けられてもさすがに落ち着いた様子。

「ゴー!!」

 国子さんといっしょに合図の掛け声を送るとゆっくりと走り出し、なめらかにそりが雪面を滑りはじめた。あっという間に加速し、風を切って音もなく進む。このままではゴール地点の先にある積雪のないエリアに突っ込んでしまう! あわててフットブレーキをかけて減速し、ゴール地点の手前で停止した。その間わずか10秒ほどだろうか。乗り手が雪面を足でけって加速させないとそりは進まないと思っていたが、実際は平坦な地形であればハルク一頭でも自転車並みのスピードが出ることにおどろかされた。信頼を寄せる犬にかけ声を送りながらそりを引いてもらい、雪面を風のように疾走する……。爽快感や犬との一体感は想像通りで、非日常の感覚に気分が高揚した。

 山口さん夫妻によると犬の心身のコンディションは日々ことなり、そりを引くモチベーションも変わるという。

「その日の犬の気持ちを考えながら上手にコミュニケーションを取っていっしょにそりを滑らせることが、むずかしいけれど面白いところです」

 まさに「人馬一体」ならぬ「人犬一体」だ。

野辺山 滝沢牧場 犬ぞり 犬ゾリ 野辺山高原 スキージョアリング 八ヶ岳 犬力舎 力強くそりを引っ張るハルク。犬とともに風を切る疾走感が犬ぞりの魅力。
(撮影:犬力舎)


スキーで手軽に
 犬にそりを引いてもらう練習として、飼い主がスキーを履いて腰にハーネスを付け、ハーネスに付けたリードを介して犬に引っ張ってもらう「スキージョアリング」も海外では人気だという。これなら雪が積もった林道などでも楽しめそうだ。今回は自宅から革製テレマークブーツとステップソールの細板、それにストック代わりのトレッキングポールを持参。腰に付けるハーネスは牧場でレンタルし、山口さん夫妻のもう一頭の愛犬であるアラスカンハスキーなどの血が入った雌の「ジェリー(6歳)」に引いてもらい、コースを一周した。

 生粋のそり犬として、北米で改良されてきた血筋のジェリーは、ハルクより一回り以上も小柄だが、寡黙でさながら職人のようなたたずまい。こちらがとくに指示を出さなくても山口さん夫妻の合図で勢いよく走り出した。イメージとしてはゆっくり目の速さで走るスノーモービルに引っ張ってもらっている感覚だろうか。平らなところではぐいぐいと引いてくれ、気持ちよくスキーが滑る。犬という動物に引いてもらいながら雪の上を移動していく感覚がなにより新鮮だ。

 右に曲がるときには「ジー」、左に曲がるときには「ハー」というマッシャー(そりを操作する人)用の掛け声を送るが、走り慣れているコースのようで「そんなこと言われなくても分かっています」というような雰囲気。さすがに上り坂になると引っ張るのが大変そうなため、こちらも全力でスケーティングをしながらジェリーの負荷を少しでも減らそうとがんばる。一生懸命に滑っていると「大丈夫?」というような表情で、時折振り向いて様子をうかがってくれるのがいじらしい。

野辺山 滝沢牧場 犬ぞり 犬ゾリ 野辺山高原 スキージョアリング 八ヶ岳 犬力舎 コース終盤付近。ジェリーとの一体感を少しずつ感じられるようになった。

野辺山 滝沢牧場 犬ぞり 犬ゾリ 野辺山高原 スキージョアリング 八ヶ岳 犬力舎 今回使った道具。クロカン系のバックカントリー用品がジョアリングと好相性のようだ。

 息切れがしてきたころに平坦地へ戻ってひと安心。再びぐいぐいとスキーを引っ張ってくれ、雄大な八ヶ岳主峰の赤岳をバックに無事ゴール地点へと滑り込んだ。


温暖化の影響
 国内では北海道や東北を中心に犬ぞりの愛好者がいて、定期的に大会が行なわれている地域があるものの、犬ぞり人口は減少傾向のようだ。そり自体も国産は少なく、北米製が主流だという。国内での退潮が指摘される背景に、大型犬を飼う人の減少や、地球温暖化に伴う全国的な積雪不足がある。

 滝沢牧場では、5年ほど前までは年末から犬ぞりを楽しめる年が多かったものの、ここ数年は積雪が少なく、1月中旬から2月上旬ころまでの限られた期間しか滑走できない年が増えたという。地元の自治体や商工会の協力で2017年と18年に開催された「野辺山高原犬ぞりレースin滝沢牧場」は、19年と20年は積雪不足で開催できず、以降はコロナ渦もあって開かれていない。

 八ヶ岳山麓で暮らし、林業に従事する自分自身も温暖化傾向を肌で感じていて、1月や2月の厳冬期でも標高1,000メートル以上の場所で雪が降らず、雨や湿ったみぞれが降る光景が当たり前になりつつある。取材をした今年1月下旬も犬ぞり用のコース上では一部、土や牧草が出ている部分があった。

「あと5年ほどたてば、もうここでは犬ぞりができなくなるかもしれない」と国子さんの表情は晴れない。それでもクラウドファンディングを利用してスノーモービルを購入し、コース整備に役立てたり、積雪が少ないときはコース外から雪を運んできたりと、犬ぞりの魅力を多くのひとに体験してもらおうと懸命に活動している。

「柴犬やチワワなどの中小型犬でも、ジョアリングはもちろん、犬ぞりでも滑走距離を短くしたり、飼い主が雪面をけりながらそりを滑らせたりすればいっしょに楽しめますよ」と体験を呼び掛ける。

野辺山 滝沢牧場 犬ぞり 犬ゾリ 野辺山高原 スキージョアリング 八ヶ岳 犬力舎 野辺山での犬ぞり愛が伝わってくる犬力舎のバン。山口さん夫妻と犬たちは、この車で国内各地のレースに参戦してきた。

 雪という天からの恵み。そして太古から人とともに暮らしてきた犬という生き物。犬ぞりという遊びを通して、人間が自然や生き物たちの声に耳を傾け、ともに呼吸を合わせて生きていくことの大切さを感じ取ることができるのかもしれない。温暖化の進行が懸念されるなか、国内の「犬ぞりカルチャー」をどう存続させ、盛り上げていくかは、わたしたち自身のこれからの暮らし方にもかかっているといえそうだ。


▶︎滝沢牧場
住所:長野県南佐久郡南牧村野辺山23-1
電話:0267-98-2222
※冬季は不定期営業。犬ぞりコースの使用は事前の積雪確認や予約が必要。

【犬ぞりコース使用料】
<ビジター>
ひと家族=1,000円
利用する犬は1頭につき=500円  
<シーズンパス>
ひと家族=6,000円(コース利用料、犬の料金込み)

【レンタル料(1日)】
犬ぞり(専用利用):2,000円(予約制で先着一組のみ)
   (ほかの利用者と共用):1,000円
ハーネス(人用、犬用):各500円

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