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<書評>天災、戦争、経済破綻…そのとき日本を救うのは「ダーチャ」かもしれない。『ダーチャですごす緑の週末』

2019.01.31 Thu

藤原祥弘

藤原祥弘 アウトドアライター、編集者

 40歳以上の人ならソ連邦の崩壊間際の様子を覚えているだろう。物流が滞り、買えるかどうかもわからない食料を求めて、がらんどうのスーパーに人々が長蛇の列を作っていた。

 あんな状況でもロシア人が飢えなかったのには理由がある。ロシア人は「ダーチャ」で作った野菜を食べていたのだ。

「ダーチャ」とはロシアで楽しまれている菜園つき別荘のこと。しかし、日本人がイメージする「菜園つき別荘」とその実態はだいぶかけ離れている。なにせ、ダーチャの菜園は600㎡もの広さがあり、別荘は自作の小屋なのだ。

 ダーチャの歴史はソ連時代(と帝政の時代)に遡る。ダーチャの語源は「与える」を意味する「ダーチ」。もとは、国から国民へと無償で提供された土地のことだ。

 ロシア人は与えられた土地を菜園に変え、井戸を掘り、小屋を建てた。週末にはそこへ通い詰め、長い夏休みにはダーチャに長期滞在して小屋を手入れし、せっせと野菜を作る。ダーチャでの自給的な暮らしを通じて、ロシア人は自主独立の精神を育むという。

 モスクワ市民の3分の1がダーチャをもち、ロシアの全世帯の8割は菜園を所有する。ロシア国内で作られるジャガイモの92%は、この家庭菜園で作られたものだ。ロシア人は、根っからの農耕民族なのである。

 こんなロシアのダーチャ事情を紹介しているのが『ダーチャですごす緑の週末』(豊田菜穂子/WAVE出版)。ダーチャの歴史とそれがロシア人に与えた影響、そこで営まれる暮らしぶりを丁寧に活写する。

 本書によればロシアの都市部の住環境は、決して恵まれたものではない。平日に住まうのは広いとはいえない集合住宅。その代わり、週末は郊外にあるダーチャへと出かけて、広々とした空間での生活を謳歌する。

 ロシア人は電気やガスが無いダーチャで、雨水やコンポストトイレを駆使し、ロシア風サウナ「バーニャ」やキノコ狩り、ロシア式BBQのシャシリクなど、アウトドアライフを存分に楽しむ。

 本書で紹介されるロシア流のオフグリッドライフは、DIY派の興味をくすぐるし、ロシア人のおしゃれでかわいい家と庭は、女性の目を楽しませるだろう。

 しかし私は、二地域居住を志す人や、サバイバルに興味があるプレッパーや、Bライフをめざす隠棲志願者や、売れない造成地を抱えるデベロッパーにこそおすすめしたい。ダーチャには「自分の命に自分で責任をもつこと」へのヒントがあると思う。

※「プレッパー」とは、天災や戦争そのほかの破局に本気で備える人のこと。Bライフは「寝太郎」が提唱する小屋を中心に作り上げるお金のかからない暮らしのモデル(ひと言では説明できないので興味がある人は「寝太郎ブログ」にあたってほしい)。

 私がダーチャに興味をもったきっかけは、天災だった。

 東北の震災以来、都市生活者向けの防災の記事を何度も作ってきたけれど、その度に「3日や1週間ぶんの備えでは、都市での大震災では焼石に水」という感想を抱いてきた。

 もちろん、2、3日ですべてのライフラインが復旧する程度の天災なら、その間をしのぐ備えはあったほうがいい。それでは、内閣府が想定する「今後30年間に70%の確率で起こりえる首都直下のM7クラスの地震」ではどうだろうか。

 内閣府「首都圏直下地震対策」によれば、地震とともに多数の家屋が倒壊し、火災旋風が巻き起こる。古い木造家屋が密集する地域では消火が追いつかず「燃え尽きるのを待つ」ことになるという。

 このほかにも、凄惨な想定が淡々と紹介されるが、これを読めば、人口密集地だけに拠点をもつことが博打であることに気づく。

 さて、東京が燃え盛る3日間を生き延びたとして、その後は長い復興の時に入る。東北、熊本、北海道……。この数年の間に大きな災害に見舞われた被災地は、比較的人口の少ない地域だったが、体育館や公民館が溢れかえったのはご存知のとおり。東北にいたっては、震災から8年が過ぎても依然数万人の避難者がいる。

 人口が少ない被災地を全国で支えてもあの状況なのだ。東京のような大都市が被災したときに避難所や救援物資、ボランティアが足りるとは思えない。「被災の数日後から物資を継続的に受け取る」前提で、防災用品をそろえるのは見通しが甘い。

 内閣府が想定する規模の地震に見舞われたら、復旧は数年間にわたるだろう。被災直後は、数週間から数ヶ月は都市を離れることになるかもしれない。公共交通機関が麻痺したなか、徒歩で逃れられる距離で、水、火、電気、寝床、食料を自給できる場所……。

 これらの条件を満たすものとは……つまり、ダーチャである。都市生活者にこそ、継続して自給的な生活が送れる場所と、そこを活用できる技術が必要だ。

 ダーチャに注目した理由がもうひとつある。猛スピードで繰り出された高度プロフェッショナル制度、種子法の廃止、水道の民営化、消費税の増税、年金を投じた株価の維持などである。

 弱者から際限なく奪い、国の富を捨てるような政策に一度は驚いたが、あるとき気がついた。これは、未曾有の国難に備えて都市への一極集中を解消し、循環型社会を実現するための安倍総理と自民党からの贈り物である、と。

 戦争や天災を考えれば、都市への一極集中はリスクが大きい。地方へ人を分散させるには、効果的な制度が必要だ。都市にいたら際限なく働かされ、食料も水も高いとなれば人々は都会を離れていくだろう。

 増税によって生活必需品と食料が高騰すれば、人々はものを大切にし、自給を志す。大量生産・大量消費は鈍化し、40%以下という日本の食料自給率も、国民が自給を始めれば高まっていく。換金するたびに、税金が取られるなら、物々交換や贈与も加速するだろう。

 自分の土地で食料を自給するようになれば、国民の環境への意識も高まる。自分の田に引く水をすすんで汚す人はいない。明日の種になる親魚を獲り尽くす人もいない。大地と海の利用は持続性が高い方法に改められる。

 日本人の老後の支えになるはずだった年金は、株価の維持のためにじゃんじゃん投下されている。年金が払われないことを知れば、国民は年老いてからの働き方を真剣に考える。「老いた体で必死に技術の更新を追いかけたり、年下の上司の命令をきかずに済み、高齢でも食料を確保できる働き方」として農業を選ぶ人もいるだろう。

「人生と労働力を搾取されるな。自分のために使え。都市を離れて鄙に入れ。水を引き、土を耕し、種を蒔け。資源を大切にしろ。富を換金して減じさせるくらいなら贈りあえ。経済が破綻して円が無価値になっても、徳はなくならない。人々に優しくしろ」

 非情にも思える自民党の政策には、こんなメッセージが込められているのだろう。経済を徹底的にぶっ壊すことで、金に頼らない社会へと日本を転換するつもりなのだ。自民党、本気である。

 天災で都市が損なわれても、経済が破綻してお金が焚きつけになっても、大地とその恵みの価値は減じない。

『ダーチャですごす緑の週末』では牧歌的なダーチャライフが紹介され続けるが、最終章では「核戦争で都市が破壊されたときに備える」という側面があった、というダーチャの秘密が明かされる。

 幾度となく、大きな社会の変革を体験し、破局が身近なものだったロシア。ロシアの人々を支えたダーチャには、次の時代を生き抜くヒントがある。


『ダーチャですごす緑の週末 ロシアに学ぶ農ある暮らし』
豊田菜穂子
¥1,600+税
WAVE出版

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