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<書籍紹介>もう読んだ⁉︎『無人地帯の遊び方 人力移動と野営術』ができるまで

2021.07.14 Wed

藤原祥弘

藤原祥弘 アウトドアライター、編集者

「その旅で起きたことは、誰にも語ってはならない」

 そんなルールで、仲間と10年ほど続けてきた旅がある。メンバーは高橋庄太郎、土屋智哉、小雀陣二、矢島慎一、池田 圭、そして私。誰かが欠けたりゲストを迎えることもあるけれど、年に1、2度こんな顔ぶれで集まり、1週間ほどかけて人が住んでいない地域を歩いている。

 遠征先の選定の条件は「道がなくて、人がいないこと」。定住者がおらず、登山道もない地域から、数日で歩き通せそうなルートを探し出して挑戦する。

 旅はたいてい、古い資料をきっかけにして始まる。「南洋から漂着したワニと住民が闘った逸話」とか「今では森に飲まれてしまった、強制労働のあった炭鉱の記録」とか「地方出版の出した廃村の聞き書き」などだ。

 現場に到達したからといって、何があるわけではない。かつては人の営みがあった場所でも、数十年、数百年が過ぎるうちにすっかり緑に覆われている。しかし、登山における山頂のようなハイライトのない旅では、そんな目標があるだけで旅に芯が通る。砕けた茶碗や石垣だけが残る場所での野営は、いろんなことを考えさせる。

胸まで浸かって遠浅の湾をショートカット。このときはワニはいなかった。

 そんな旅を繰り返すうちに、行動中に食料を現地調達するスタイルができあがった。たまには沢も歩くが、大人数での渓流釣りは環境に与えるインパクトが大きいので、ほとんどの旅で海岸線を歩いている。

 情報発信によって口に糊するメンバーが多いなか「旅の内容を他言しない」と取り決めたのも、場荒れを防ぐためだった。面白い場所は誰が歩いても面白い。そして、人が入れば入ったぶんフィールドは疲弊する。人が集中しないように、その遠征の話は漏らさないことにした。

歩きながらその日のおかずを調達していく。

 縦走、ULハイキング、野外料理、野生食材の利用……。それぞれのふだんの活動の分野が異なるだけに、一緒に歩くだけでも刺激的だ。同じフィールドを歩くのに、各々の装備はまるで異なる。ほかのメンバーの道具を「そういうのもあるのか」と盗み見たり、繰り出される道具や技術に驚くのは毎度のこと。いつしか合同遠征は、個々人の凝り固まった固定観念をほぐしあい、補正するイベントとなった。

 道がない場所を歩くのは面白い。休む場所や眠る場所どころか、足を置く場所も一歩ごとに自分で選ぶ。大岩を巻くかくぐるか。それとも海側を泳いでかわすか。私たちが歩く場所は技術的には難しくなくて危険度も低いが、常に判断を迫られるので手応えがある。

 食糧を調達しながら海岸線を長く歩くという遊び方は、技術が確立されていないところも魅力的だ。それなりにキャリアのあるメンツが集っているが、誰も正解を知らない。ときに道具を自作したり、アウトドアとは違う分野の道具を試したりしながら、ひとつのまとまった技術論を編むのは楽しい取り組みだった。

 そしてこの夏、ひょんなことから旅を基にした本をつくることになった。タイトルは『無人地帯の遊び方 人力移動と野営術』というものだ。書名の通り、背負った装備だけで人がいない場所をできるだけ長く旅する技術を紹介している。

 タイトルはちょっと大袈裟だが、技術的に難しい話はしていない。執筆陣のそれぞれがふるいにかけてきた知識を統合して、間違いがないものだけを残したら、内容はとてもベーシックなものになった。

 いかにして装備を選ぶか。それらをどうやって運ぶか。補給ができない場所ではどんな技術が必要か。その技術をどうやって身につけるか……。野外活動の技術をすべて網羅すると、辞典のような厚さになってしまうので、細かい技術はそれぞれの分野の専門書に譲り、『無人地帯〜』では人力の旅のエッセンスを紹介した。

最初に考え方を示して、自分たちが使う道具から間違いないものを紹介した。

 本書の内容は目新しいものではない。そんなにたくさんは売れないだろう。必要な人に細く長く売れたらいいな、と自分たちも版元も思っていた。

 ところがどっこい、蓋を開けてみると予想以上の売れ行きを見せている。初版はひと月を待たずに市場から払底し、慌てて刷った2刷もなくなった。70〜90年代のアウトドアの教書で育った世代からは「懐かしい」と言われ、若い世代からは「新鮮!」と驚かれている。

 考えてみれば、最近のアウトドア界の情報発信は「物欲」と「便利さ」と「お作法」に偏重していた。自分たちも物欲を煽る商品紹介か、失敗しないお買い物指南や守るべきマナーの発信ばかりに注力して、すべてのアウトドアの礎である「野外活動の基本的な技術と考え方」の紹介をおろそかにしていたかもしれない。

 本来の野外活動の魅力は、野外で生命を維持する技術を身につけることにある。背負えるだけの荷物で旅をすると、生命の維持に本当に重要なものだけが洗い出される。野外活動は生活技術の最小単位を教えてくれる。自分の身体と生命をかけるだけに学びは深い。生活や社会が複雑になりすぎた現代では、生き物としての自分の輪郭を実感できるのは野外活動くらいだろう。ベテランが買うべき道具を示し、守るべきルールを押し付けるのは、本来の野外活動のあり方から外れている。

「カメラがあったら楽しめねーじゃん」と巨匠・矢島はこの旅では撮影を拒否。そのため、参加メンバーによる荒々しいスナップで構成されるページもある。

 獲物を調達し、それを焚き火で調理し、野外で安全に眠り、効率よく移動する……。バックパックひとつぶんの道具と、基礎的な自然科学と物理の知識があれば、10日程度の行動は難しくない。食料の豊富な海辺ならなおさらだ。炭水化物だけ多めに持てば、タンパク質は魚介類から、ビタミン類は植物から補給できる。こんな旅は野外活動の喜びを味わい尽くしている手応えがある。

 生産力の低い高山ではこうはいかない。個人が自然体験を謳歌するには、高山の自然は脆弱すぎる。「登山道を外れない」というルールは、弱い自然を多くの人が楽しむために必要だ。その点で干満や嵐によって撹乱され続ける海辺は、人のインパクトに強い。食材となる生き物も多く、むき出しの砂利の上は焚火をしても影響が小さい。アウトドアの基本技術を身につけるなら、海辺のほうが無理がない。 

岩壁が海に迫る場所では、マスクとスノーケルをつけて海中に足場を探しながら歩くことも。

 この20年ほど、アウトドア界は「登山道を外れることがゆるされない高山」と「管理されたキャンプ場」のどちらかだけをフィールドにしてきた。ルールやマナーが明確なフィールドしかないことで、自分の頭で考える楽しみも失われていたかもしれない。

 とはいえ『無人地帯〜』は人目のない場所での無法をすすめているわけではない。管理されていない場所だからこそ、与えるインパクトや利用法についてはキャンプ場や登山道以上に考え抜かなくてはいけない。執筆陣の導き出した答えを書くのは簡単だが、それは読者の「自分で考える」体験を奪うことにもなる。規範と禁忌については、最低限のアドバイスだけに留めた。

 万人が必要とする本ではないけれど、自分が15歳の頃にこんな本がほしかった。誰かの本棚や図書館を通じてこの本が子供たちに届き、そのうちの何人かが原野に出てくれたら素敵だと思う。

『無人地帯の遊び方 人力移動と野営術』
高橋庄太郎、土屋智哉、池田 圭、藤原祥弘、小雀陣二、矢島慎一
グラフィック社
¥2,200

01 計画と準備
02 道具術
03 行動術
04 生活術1
05 狩猟採集術
06 調理術
07 生活術2

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