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【宮川 哲のALL TIME BEST】 25年は連れ添った無骨でシンプルで可愛げのないフォールディングトースター

2019.10.28 Mon

宮川 哲 編集者

海、山、川、原野……。
それぞれのフィールドを遊ぶ達人たちに
長年連れ添った相棒を聞く新連載【ALL TIME BEST】
第二弾は、山にフェスに出没するアウトドアライター
宮川 哲のお気に入りです!


 いつのときも最高のものを、つまりは史上最高。身の回りの山道具を手にとって、さてどれが最高なのだろうかとあれやこれやと考えてみた。

 ときにこいつはいいやと思えたものでも、いつしか手にすることもなく、いまでは道具箱の底のほうに転がっていたりもする。とすれば、そいつはあるときだけの“BEST”であって、“ALL TIME”ではない。となれば、“ALL TIME BEST”とはなんぞやとなる。

 そう考えてみると、いつのときもそこにあるもの、が正解なのではなかろうか。記憶の糸を手繰っていくと、いくつかの道具が思い浮かぶ。長期の旅でよく背負っているのはマックパックのTorre90だ。アズテックはいつになってもその性能が色褪せることがない。どこまでも自分の足にフィットするのは、スカルパのトリオレGTXの旧モデル。スマートでいながらもその堅牢さに惚れ込んだ。当然、登場回数も他の登山靴たちの群を抜いている。
(左)大型のバックパックといえば、いまだマックパックの出番が多い。自重がとてつもなくあるけれど、その収容能力と背負い心地は文句なし。軽いモデルが多いいまとなっては、物好きか頑固者しか背負ってない!? (中)スカルパのトリオレは本当に履きやすい。すでにソールは平らで剥がれそうになっている。早く張り替えないと。(右)アンチショックモデルは多いですけどね、ブラックダイヤモンドのファジィーな具合がなんとなく手になじむんです。

 さらに、どの山のシーンでも手元にあるのが、ブラックダイヤモンドのトレイルショック・フリックロック。どこもかしこも傷だらけでもうボロボロだけど、いまだ現役。令和のいまから見れば前時代的な道具ばかりかもしれないが、長年連れ添えるのは、使いやすく自分になじみタフであればこそ。壊れなければ買い替える必要もなし。山道具ってのはこうでなければいけないと思う、個人的には。ある意味、命を預けるものでもあるわけだし。

 みな10年選手くらいではあるが、それでも自分が持っているもののなかでは“ALL TIME BEST”の範疇に入ってくる山道具たちである。でも、たったの10年か、と少し寂しく思う気持ちもある。山を始めてかれこれ30年近くは経つ。もっと長く使っているものがあはずだ、と道具箱をひっくり返す。

 あった。見つけた。まちがいない。

 こいつは古い。しかも、繰り返しの使用度は半端ない。つい先日の現場でも使っていた。でも、なんのことはない。平凡極まりない代物である。

 それは、プリムスのフォールディングトースター。
プリムスのフォールディングトースター。新品であれば、ステンレスの銀色にうつくしく輝いているはずなのですが……。なかなかでしょ、この使い込み具合。

 こいつが名品だなんて思ったこともなかった。ステンレススチールでできたメッシュネット付きの組み立て式の網。おそらく購入したのは四半世紀くらい前。もはやどこで買ったのかも覚えていないが、道具箱にはいつもの定位置があり、必ずやそこにあった。

 気になったので、ネットでそのディテールを調べてみる。思えばこいつのスペックなんて調べること自体がはじめてだ。重さは186g、サイズはW140×D167×H15mmとある。
それぞれのパーツを折りたたむと、なんとなく平たくはなる。それにしても、本当に単純な構造である。でも、名品とは得てしてこういうものなのかもしれない。

 186g。荷物は軽く、が常識のいまの思考からすれば、その役割に比しては重い。ただ、むかしは重さなんて気にもせず、無理繰りにでも詰め込んで持って上がっていたように思う。ここ最近は仕事柄、山よりもイベント現場が増えたこともあり、バックパックよりも車の道具入れに収まっていることが多いが。

 見た目は使用歴に比例するのか、本当のボロとはこういう姿をいうのかもしれない。網はひしゃげ、ハンドルは波打ち、ステンレスの本体は黒光りしている。バックパックの奥底に押し込まれその圧力に耐え忍び、焚き火の業火に焼かれてもくじけることなく元のかたちをキープする。こいつの立場から見れば、使い主はなんともひどい奴だ。でも25年の長きを現役でいられる山道具なぞ、そうそうあるものでもない。そういう意味でこいつは立派な“ALL TIME BEST”だといえる。
25年近くも火に炙られ続けても、その性能が衰えてしまうようなことがまったくない。これこそ、信頼の証なのだと思う。ただ扱う側はひどくズボラで、こびりついた油や肉は焚き火で焼き切るのが基本。拭いたり洗ったりしたことはほとんどない。だから、この黒ずみは25年分の積み重ね。さまざまな食べ物でコーティングされているのだ。じつは、触れるだけで手が真っ黒くなる。

 この網にはいろいろなものが乗っかってきた。本来の焼き物である食パンが乗ったことは数えるほどしかない。側面の立ち上がりの3cmの高さ(さっきネットで調べた数値は収納時のサイズだった。組み上げて実測すれば、高さは3cm)が、焼き物にじっくりと熱を伝え、ただのソーセージもとびきりの仕上がりとなる。パリッパリのプリップリのジュワッである。

 肉でも魚でも野菜でもなんでも焼いてきたが、トースターとして焼くだけがこいつの役割ではない。焚き火であれば、火のついた薪の上に置くだけで立派なストーブとしても使えるのだ。置き場所を調整するだけで、火加減だって自由自在。その状態で、網の上にシェラカップを置けば湯を沸かすこともできるし、チーズを溶かすことだってできる。その気になれば、コッヘルで鍋をつつくことだって。はたまた、熱いフライパンを置くための鍋敷きとしても役に立つ。焼く煮る揚げる置く。想像力を膨らませていけば、さまざまな調理にも対応できるはず。
食べる、は人の活力の基本。このプリムスのフォールディングトースターがどれだけぼくのお腹を満たしてきてくれたことか。ただのソーセージもこいつで炙られると絶品になる(と、信じている)。実際、炎とのあいだにあるメッシュによって熱が広範囲に広がり、じんわりと伝えられる。そこに高さ3cmの空間が加わって、ソーセージは時間を掛けてじっくりと焼かれていく。時間と空間、この組み合わせの絶妙さはフォールディングトースターならでは。

「もっと便利な用具、たくさんあるじゃん」なんて声が聴こえてきそうだ。もちろん、ほかにも便利なギアは数多くあるだろう。でも、だからってこいつを排除すべきじゃない。25年も変わらずにいられるのには理由がある。その構造のシンプルさ。何をしたって壊れようがなく、たとえ壊れてしまっても自分で直すこともできる。そんな道具だからこそ、捨てられることもなく時間を積み上げていくことが可能なんだ。技巧にとらわれることなく、企みもなく、ただ素直に道具としての役割を果たす。素敵なことじゃないか。

 この感覚、まったく忘れていたけれど、そういえば山道具とは使う側の心持ち次第の部分も少なからずあった。この遊び心を理解しつつ、選び、使う。それが山道具を持つ醍醐味のひとつでもあったのに……アァ、歳をとるとはこういうこと。嘆いても致し方なし。この原稿を書いて、山道具選びのワクワク感を思い出せただけでも良とすべしか。

 さて、プリムスのフォールディングトースター。いまのお値段は、とプリムスの最新カタログをめくってみると。あれま、ない。もしや廃番になっている!?

 どうやらいまは、国内の取り扱いからはこぼれちゃっていますね。一度買ったら25年も買い換えないんじゃ、売る側としてはあまり魅力的ではないのかも……。でも、ご安心あれ。地味な存在ではあるけれど、世界のプリムスが誇る名品、というか超定番品のひとつ。スウェーデンの本国ではまだ取り扱っているようです。この時代、手に入れようと思えば、なんとかなる!!

 25年も使えるんだから、絶対お得。太鼓判押しちゃいます。

▪︎プリムス/フォールディングトースター


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