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森に生まれ土に還る。木工家 須田二郎の木の器

2019.12.26 Thu

藤原祥弘 アウトドアライター、編集者

 その木の器と出会ったのは、友人とのキャンプだった。友人が道具箱から出した器を見て、ひと目惚れしたのである。

 どんな技法を使ったのか、器は全体が緩やかにねじれていたが、いびつだとは感じさせなかった。不思議な形の流木や岩石でも風景に馴染むように、その器ももとからそうあるべきだった、といったふうの自然な曲線を描いていた。

「え! その器、どこの!? 誰の!?」

 私は前のめりで聞いたが、

「うーん、わかんない。セレクトショップに並んでたのを買ってきただけから。雰囲気があるのに軽いし、キャンプ向けだよね」

 と友人。おいおい、すごく素敵な器を手にしたのに、そんな感想なのかよ! なんで作家の名前を確認しないんだよ! と心のなかで毒づきながら、私はその器の姿を脳裏に焼き付けた。

 そして数年後、私はかつて見たあの器が並ぶ個展の案内を手に入れた。作家の名前は須田二郎。グリーンウッドターニングと呼ばれる、生木から器を削り出す技術の日本の第一人者だという。

 鼻息も荒く個展に乗り込んだ私を須田さんは笑い、「そんなに気に入ったんなら、現場に遊びにおいでよ」と誘ってくれた。

 須田さんの器作りは、材の確保から始まる。現場は東京近郊の放置された里山や工事現場だ。整備のために伐られた老木や工事現場で伐られた生木を手に入れ、年代物のチェーンソーで玉切っては山仕事用にカスタマイズしたジムニーへと積み込む。愛車のジムニーはラダーフレーム時代のもの。荷台には鉄板を貼ってクレーンを設置。人力では載せられない材も積むことができる。チェーンソーのチェーンオイルに使うのはサラダ油。器はもちろん、木を伐った現場に残す負荷にも心を配る。
「若い頃はいろんな仕事をした。パン屋もやったし野菜も作った。木こりは7年くらいやったかな。そのときの仲間たちは木を切るだけで満足していたけれど、僕はそれではダメだと思った。みんな利用することばかり考えて、森を健全に保つことを考えていなかったんだ」

 日本の原風景のひとつである里山は、江戸時代の人口増加と農業技術の発達によって誕生し、昭和30年代までは堆肥と薪を供給する薪炭林として利用されてきた。しかし、エネルギーが化石燃料へと移行したこと利用されなくなり、人との関わりによって維持されてきた豊かさは急速に損なわれつつある。

 そんな里山を間近に見てきた須田さんは、森を育てること、伐った木を長く生かすことを考え続け、そのなかでグリーンウッドターニングと出会う。木工旋盤を手に入れ、洋書を手本に技術を深めること数年。作家として一本立ちしたのは40歳を過ぎてからだった。

「僕が器を作り始めたころ、林業家や木工家には雑木の器なんて売れるわけがないと馬鹿にされた。最初に価値を認めてくれたのは料理研究家やフードスタイリストたち。そんなこともあって、陶芸の世界の生活雑器というジャンルに間借りして飯を食ってきた。認知度が高まってきたのは、ほんの3、4年前かな」

全ての空間が工具で埋め尽くされた工房。雑然としているが、須田さんは上から下から道具を引っ張り出しては驚きの速度で作品を削り出す。使いやすさを極めた末の収納の完成形。

 工房に材を運び込んだ須田さんは、チェーンソーで材を繊維方向に半割りにした。木屑の上に材を横たえると、チェーンソーで角を落として半球状に整えていく。チェーンソーの刃を当てるたび、切り口からは木屑とともに鮮烈な木の香と水しぶきがほとばしる。材はまだ、生きている。

 荒削りが済んだら材に座金を打ち込み、旋盤のチャックに座金を咥えさせる。材を回転させながら、鑿を当てて削り出していくのだ。

「グリーンウッドターニングは伐ったばかりの木を旋盤と鑿で挽く技法。削り出された器は乾燥しながら形を変えていく。材料になる木は伐られたそばからねじれ、木口からはヒビが入る。手際よく削れなくては飯は食えないな。僕ほど速く削る人は、そうはいないと思うよ」

 その言葉のとおり、須田さんは旋盤を最初から高速で回転させる。まだバランスの取れていない材はブンブンと唸りをあげ、強烈な遠心力が働いているのが見てとれる。そこに須田さんはためらいもなく鑿の刃を当てる。 ジッジッジッジ……と木の角と鑿がぶつかる音を立てたのは最初の数秒。それ以降はシュルシュルシュル……と音が変わり、木肌が2回も鑿で撫でられると、器の形が現れた。

 鑿の先からは撃ち出すよう木屑が排出されるが、これは切れる鑿があってこそだ、と須田さんは言う。鈍った刃先では高速で回転する木に鑿が食われ、弾き飛ばされてしまう。顔面めがけて飛んでくる木屑をものともせず、高速で削り進んでいく。
鑿の切れ味こそ淀みない作業の要。刃先が鈍ると須田さんはすぐに刃をつける。

 外側のラインを整えたら器の高台を削り出し、今度は高台を旋盤のチャックで咥えて器の内側を削り出していく。内側をえぐり出すのは大きくカーブした鑿。器の外形に沿って刃先を潜りこませることで、器の内側を半球状にえぐりとる。えぐり取られた材は、ひと回り小さいボウルへと加工される。高台を削り出したら前後を転換。カーブした鑿で内側を母材からくり抜く。

 外と内を削り出すのにかかったのは合わせて15分ほど。木の塊はあっという間に器へと変身した。

 成形が済んだらヒートガンで乾かしながらサンドペーパーを当てる。表面を磨いた器は棚で2週間ほど寝かせ、水が抜けて形が整ったところで食用油を塗り込んで仕上げる。乾かしながらやすりがけして表面を仕上げる。チャックで咥えるために大きく突き出していた高台を削りこみ、ニッパーで落として完成。2週間かけて乾燥させ、外形が自然に変化するのを待つ。

 大きさにもよるがひとつの器にかかる時間はおよそ30分だという。ひとつ削り終えると、須田さんは次なる材を割ってまた削り始めた。

「僕はアーティストではなく木工家。高すぎては気軽に買ってもらえないし、数が売れなくては森の再生にも繋がらない。だからこそ、速く削れなくてはいけないんだ」

 須田さんの器はサラダボウルで¥8,000、皿は¥2,000から販売される。須田さんの後進たちの作品と比べてもかなり値ごろ感がある。生活の道具として使われることを望んでの値つけなのだろう。

「汚れを気にする人は使う前に何度か食用油を塗り込んでもらうといいね。油が木肌に染み込めば、食物の汁が中まで浸透しなくなるから。使い始めは油の多いドレッシングをかけたサラダなんかを盛ってもいい」

 カシ、ナラ、ヤマザクラ……。素材に使われる樹種はそのまま里山の木々を反映している。須田さんの皿が並ぶ食卓は雑木林を取り込んだような賑やかさがある。器の耐用年数は数十年はあるが、いつか役目を果たした末には土に還ってその場所を肥やす。道具の理想的なあり方だと思う。

 個人のサイトもギャラリーも持たない須田さんの作品は、全国のセレクトショップで開催される個展でしか購入できない。現在、定期的に個展を行なうのは「無垢里」、「夏椿」、「空樒」、「KOHORO」、「shizen」、「OUTBOUND」といったギャラリーと生活雑貨や器のお店。

「須田二郎」「個展」のキーワードで検索をかけ続けていると、これらのお店で開かれる告知が見つかる。欲しい側としてはたいへん不自由な売り方だけれど、そんな商売っ気のなさも、須田さんの器を美しくしている理由のひとつなのだろう、とも思う。

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