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【トルデジアン走ってきた #5】ワ~ォ(*/▽\*)衝撃のシャワー事情、無双モードからの睡眠不足、迫る関門…レース中盤もドラマチックだ

(2018.03.05)

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9/13 20:41 GRESSONEY 205.9km サラとの出逢い

 4日目の夜、ライフベースに着いたのは、関門2時間20分前だった。いよいよ、時間が足りなくなってきた。ライフベースでは、入る時間と出る時間のそれぞれに関門が設けられている。入ってから出るまで2時間の猶予がある。IN23:00、OUT1:00。それがこのライフベースの関門とされていた。

 関門2時間20分前に到着したので、4時間はある。その猶予を利用して、とにかくマッサージを受けたかった。もう脚が上がらない。マッサージのスタッフに予約できるのか? と聞くと並んで待てという。でも、日本のように行儀よく並んでいる人などいない。それでも並べという。仕方がないので、ベッドではなくその場で寝袋に入って並びながら寝ることにした。

「ここで寝ているけど、マッサージの順番待ちをしているから、私の番になったら呼んでね」

 知っている単語を繋いでスタッフに説明して、持ってきた寝袋にエマージェンシービビイを被せて、明るい体育館の床で横になった。起こされて時計を見たらもう2時間も過ぎていた。ぽつんとミノムシみたいな私だけが残されていた。どうやら忘れられていたらしい。

 寝過ごしたこと、忘れられていたことに焦りと悲しさが込み上げて、マッサージを受けながら涙を浮かべるわたしに、「痛い? 大丈夫?」とスタッフが聞いてきた。そういうわけじゃないけど、説明する気力もなかった。足裏を故障しているのだと勘違いされて、柔らかいジェル状のシートのようなもので足先をぐるぐる巻きにされた。手早く巻かれたその処置は、日本では見たことのないようなものだった。が、しかしそれがその後のわたしの足を守ってくれることになるとは思いもしなかった。

 ライフベースは閑散としていた。何十台もの机と椅子が並んでいる。だけど空席率は80%くらいだ。すでにエイドINの関門を過ぎていて、入ってくる選手が拍手で迎えられ、当人達はうなだれている。声を上げて泣く選手もいた。

 そんな終了勧告を受けて泣く声を聴きながら、荷物を整理しなければならない。心はどんどんすさんでいく。頭が回らなくて、何をすれば良いかさえもわからない。床に荷物を広げて、途方に暮れていた。床に涙がぽとぽとこぼれた。

「ヘイ、ガール?」
 スタッフが近づいてきた。
「アーユー、オーケー?」
 顔を上げると優しそうな女性だった。

「だいじょうぶ? どうしたの? ひとり? 友達はいないの? ひとりなの?」

 仲間達はもう先に行ってしまって今はひとりだと説明する英語が出てこなかった。頭を撫でられて、黙って荷物の整理を手伝ってくれた。パスタや飲み物も持ってきてくれた。エイドの隅の床でパスタを食べるわたしの話し相手になってくれた。サラという名前の彼女はクールマイヨールに住んでいるらしく、毎年スタッフをしているそうだ。

「ハウオールドアーユー?」
「サーティスリー」
「・・・ワォ」

 よっぽど幼い子だと思っていたんだろうか。背が低く童顔のわたしは子供だと思われることが多かった。エマ、こっちを向いて、と言われて写真を撮ってくれた。後から送られてきた写真には見たことない生き物が写っていた。

スマホでいくらでも可愛くできるこの時代に、無修正で人間こんな潰れた顔になれるなんて奇跡。

 サラが手を振るライフベースを出たのは23:43、関門の1時間20分前だった。最も恐れていたものが迫ってきていた。関門という悪魔だ。絶対に、絶対に、捕まってはならなかった。震える手で、日本の仲間にメッセージを送った。時差があるのに、すぐにメッセージが返ってきた。わたしはひとりじゃない。友達に、会いたかった。

手が震えてフリック入力がうまくできなかった。牛肉関門て・・・。

 次の小屋までは川沿いを走る比較的フラットな道だった。良いのか悪いのか2時間近く寝たおかげで眠気はなくなり、そのまま淡々と走ることができた。次の小屋でもサラがいて、友達のように「エマー! グッジョブ!」とハグで迎えてくれた。寝るといいよ、と薦められて小屋の二階に上がると、二段ベッドのふかふかの布団に真っ白なシーツが敷いてあった。キャンプ用コットが何十何百台も並ぶ野戦病院のようなライフベースとはまるで違う空間だった。

 やっぱり睡眠は大事だった。30分ほど眠り、また楽しい気分が戻ってきた。下りは爆風が吹き荒れていて前の選手が飛ばされて転んだりするほどの強さだったけれど、そんな光景すら笑ってやりすごせた。広大なスキー場を駆け下りた麓のリゾート地の中にCREST小屋という場所があった。

 入口にここはエイドではありません、という但し書きがある。中を覗くと、ペンション風の素敵な宿だった。

「エマー!」
「サラ!」

 ここに並ぶ食事は、まるでホテルのビュッフェだった。生クリームのような濃厚なヨーグルトが大きなガラスボウルにたっぷりと入っている。それに頬が落ちそうなほど美味しい手作りのフルーツジャムを入れて食べた。パンも焼き立て、カフェオレもあった。パスタを頼むと、キッチンでわざわざ調理したお肉と野菜たっぷりのソースがかかったごちそうが大きなお皿にたっぷりと盛られていた。サラと色んな話をしながら、ごちそうを頬ばった。サラに会えたのはこれが最後だったけれど、わたしがゴールするまでfacebookの投稿に何度も応援のコメントを送ってくれた。

 小屋で十分に休み、次のエイドはトイレだけ寄ってすぐに出た。もうほとんど選手はおらず、エイドの食べ物も飲み物もすっかり無くなっていて、遅れを嫌でも痛感することになり、慌てて出て行ったという方が正しいかもしれない。トイレで念入りに化粧をしているミニスカートの選手が仲間に「Hurry up!」と怒られていた。

ここで合っているのか不安になるほど人がいない。

いままでの賑やかさが嘘のようなエイドでは片付けが始まっていた。

旅は道連れ? ヨシダさんとの出会い

 眠気を恐れて、色んな人に話しかけながら進むことにした。日本人男性を見つけて、声をかけた。彼は、ほとんど登山の経験がないという。トルデジアンは一応、「過去に100km以上かつ累積標高5000~6000mの大会に出場していること」が推奨されているが、言ってしまえば誰でも抽選に当たりさえすれば出場することができる。

 高所登山の経験がないというのは珍しい。最高地点で標高3000mを超え、岩もあり天候も不安定、山がはるかに険しいトルデジアン。日本ならばアルプス縦走などで経験を積んでから挑む人が多い。シューズも、数日前に購入したと言っていて、ソールはすでに剥がれかけていた。色んな人がいるものだ。

長く続く登りでの眠気対策は、コミュニケーション。

立ち寄る小屋で仲良くなって一緒に外へ出ようというようなことも何度かあった。

 男性はしばらくわたしを引っ張ってくれたが、猪突猛進な彼はわたしとの間が離れていくことに気付かなかったらしく、あっという間に遠くへ行ってしまった。ふと振り返ってわたしがいないと気付いた時には驚いただろう。せっかく引っ張ってもらって申し訳ない気持ち半分、その様子が目に浮かぶようでちょっと笑えた。

 しばらくするとまた他の日本人と一緒になった。彼の名前はヨシダさん。ヨシダさんとレース中に話したのはその時が初めてだったように思う。ここまでの区間で眠気に散々苦しめられた話をすると、そういう時はしりとりがいいと言う。彼は制限時間60時間を超えるレースに何度も出た経験があった。そのほとんどをわずかな睡眠時間で完走したというから、説得力がある。

 傾斜の緩い下りになると、ヨシダさんが「ちょっと眠くなってきた」と言うので、試しに二人でしりとりをはじめた。

「リ・・・リンゴ」
「ゴ・・・ゴリラ」

 声が聞こえる間隔を保って歩く。足取りが重くなると、2人の距離が離れて声が聞こえなくなり、しりとりが成立しない。

「ラ・・・ラッパ」
「パ・・・パ・・・ンダ」
「ダ・・・ダンス!」
「ス・・・スイカ」
「カ・・・カメ・・・・・・カ・・・メ・・・ラ」

ダメだ! ヤバイ! せっかくのしりとりも、ありきたりすぎてヨシダさんが寝そうだ!

「ラ・・・ラクロス!」
「え~・・・ス? ス・・・スミレ」
「レ、レ、レ、スポンス!」
「またスかよ・・・・」

 わたしはしつこいお題出しに精を出し、かなり頑張った。ライター根性だ! 語彙力勝負だ! 濁音や半濁音のお題も積極的に考えた。

単調な下りが眠気を誘う(写っているのはヨシダさんではない)。

「ピ・・・ピ・・・・zzz」
「おいっ! 寝てるだろ!」

 こんどは難しいお題を考え込みすぎてわたしも眠くなってしまった。よくわからない難解なしりとりをヨーロッパアルプスの麓で小一時間繰り広げた。あたりが薄暗くなり、5日間晴れ続けた空から、ついにぱらぱらと雨粒が落ちてきた。2人とも、しりとりどころではなくなって、5日目のライフベース、VALOURNENCHE(239.0km)に飛び込んだ。

しりとりよりも雨にやべーやべー言いながら駆け込む。

つづく

(写真提供=トルデジアンの仲間たち)

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ライター
中島 英摩

ライター。テント泊縦走から雪山登山まで1年を通じて山に通う。趣味が高じてライターとなり、トレイルランニングの取材・執筆をメインに、国内外の長距離レースにも出場している。特技は走りながら取材すること。

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